獺祭明晰夢という物が有る。
オカルトや心理分析の専門家でなくても良い、中学生くらいの色々好奇心も増して来て根拠のない全能感とパッションとフィーリングで生きてる年頃に少しでも非日常にまつわるなにがしかに触れた人間ならまあ概要は説明しなくてもわかってくれるはずだ。
そう、今この俺、絶対的ヒーロー佐伯イッテツは明晰夢を見ている。
何故明晰夢とわかるのか。
絶対にありえない状況が今ここに起きているからだ。
場所は自分の部屋のような、どこかあやふやなディテールの空間。
多分、いや間違いなく俺はベッドかソファのような、背中が若干柔らかい何かの上であおむけに横たわっている。
そして俺の腹の上には、なんと先日ソーシャルゲームのガチャで入手した爆乳太ももムッチムチ美少女たんが!という状況。
夢か。
間違いないこれは夢だ。
いくらここがバーチャル東京とはいえ、そしてゲームとの境界がだいぶ曖昧でシームレスになってきているとはいえ、彼女はまだ二次元から出てこれない存在である。
二次元からバーチャル東京に出てこれない筈の美少女が何故、此処に居るのか。
……言わせんな恥ずかしい。
俺が若者特有のセンシティブなメンタルのシチュエーションに陥ってるからに決まってるだろう。
ああ、自覚するとなおのこと恥ずかしい。
これあれだろうな、起きたら人知れず風呂場でパンツ洗うんだろうな、俺。
一人暮らしで良かった。
……いや、今俺が寝てるのって自宅だったっけ?
拠点の方の部屋じゃなかったっけ?
あ、もしそうならやばいな?
パンツ洗ってる最中に誰かに見つかったりでもしたら最悪どころの話じゃないな?
外のコラボでは言わないけど一生オフで擦られるやつだよ。勘弁してくれ。
なんて、目覚めた時のあれやこれやを考えながら夢の中でため息をつきたくなってきたそんな時、目の前の美少女に変化が起きた。
「先生ぇ…助けて……」
なんと、あのゲームで聞いた声色で美少女たんがさめざめと泣きだしたじゃないか。
デフォルトの表情もどちらかというとふんわりした、憂い顔にちかい顔だけど、泣くときはそんな顔になるんだね、そんな顔も可愛いよ……じゃなくて、助けまで求められている!?
一体何が起きているんだ。
夢の中だから超展開だって割と簡単に起きるのはまあ、夢だから当たり前だよな。
夢の中なら、俺は俺がモットーとする強制救出の絶対的ヒーローとして、美少女をスマートに助け出すムーブだってできる!はず!!
さあ、今こそヒーローとして、君を助け出しそして抱きしめて見せる!
「ハッ!?」
決意を固めた瞬間目が覚めた。
目の前に広がるのは真っ暗な、恐らく拠点内に構えた自室の天井。
あ、やっぱり夢でしたか、うんまあそうだよね。
上半身を起こし、まずはパンツの中身を確認する。
……セーフ!セーフ!!!!!
大丈夫だった!俺の成人男子としての尊厳は守られた!!!
ところで夢の美少女たんは!?
周囲を確認した俺の目に映ったのは
「は?」
今自分が寝ていたベッドの足元近くで、残機猫数匹に囲まれのしかかられ尻尾や耳を舐められ甘噛みされ、恐らくはよだれまみれに(残機猫によだれなんて物が有るかどうかは俺にもよくわかって無いんだけど)なってる何か見た事無い胴体の長い動物だった。
「なんじゃぁこりゃあああああああああああああ!!!!!!!???」
驚いた俺の大絶叫が拠点内に響き渡った結果、翌日俺はウェン君に割とガチ目にキレられることになる。
うっかり配信に音が乗っちゃったらしい。ごめん、本当にごめんマジでごめん。
今度角瓶の原液提供します。
閑話休題。
「カワウソ?」
捕獲した謎動物をケージに入れて、画像とネットであれこれ比較しながら小一時間。
どうやらこいつはカワウソらしい。
え、カワウソって絶滅したんじゃなかったっけ?
ユーラシアカワウソ?外来種的なあれ?あ、そうなの、居るんだ……。
「年を取ると、妖怪になって人を化かすとかいうらしいな」
ケージの中の動物に興味津々なキリンちゃんを抱きかかえて抑えながらリト君がネットで調べてきてくれたことを説明してくれた。
なんでも、美女に化けるとか。
だから俺の夢の中に美少女が現れたのか……。
俺の脳内の煩悩を読み取ったのか、それとも最近の妖怪はソシャゲ美少女にも造詣が深いのか、後者はちょっと嫌だなソシャゲ課金する妖怪とか居そうで。
「理想の美女には会えたか?」
からかって来るリト君に、うるせぇよと一声返してごまかした。
夏の若干寝苦しい夜の事である。
終
※カワウソにまつわる妖怪伝承は日本各地に残されています
※美少女のイメージはあれですね某ツバキたんですね