逃げ水の君見上げた空のちょうど真上から、太陽が容赦なく脳天を焦がしに来る。
念のためと思ってコンビニで購入したフローズンドリンクはすっかり溶けてしまった。
田舎の、畑を分断する直線道路が珍しいからと言って、好奇心でバスを降りてはいけないと、茹だる脳内では後悔がしたり顔で腕組みをしている。
うるせぇわかってんだよ黙ってろと自分の脳内で自分が生み出したイメージ画像に悪態をつくと、宇佐美リトは日除けよりもファッション性重視で被っていた帽子を、なるべく目深に被りなおした。
日差しも強いが、足元から立ち上る熱気も加わり、そこに居るだけでじわじわと体力が削られていく。
次のバス停まで歩こう。
都市部の道端に有る、土台にポールだけが設置されたバス停と違い、この辺のバス停はポールのすぐそばに休憩所のような小屋が併設されていることが多い。
そこまでいけば日除けのある場所で少し休めるはずだ。
非番だからと、いつもは胸元に潜り込ませている相棒を拠点に預けてきてよかったと思う。
仮にも小さいが麒麟なので、そこまでか弱いわけではないだろうけれども、無理に暑い思いをさせるのも忍びない。
考えながら足を進めているが、次のバス停が見えてくる気配はまだ無かった。
「田舎のバス停ってマジで離れてんだな……」
昔、SNSか何かで見たことが有る情報なのだが、都市部と田舎ではバス停一つ分の距離が違うらしい。
バス停とバス停の間に山や峠を挟んだりもするので、下手に歩こうとすると数時間を無駄にするのだとか。
知識としてしか知らなかった情報を、彼は今実体験として痛感しつつあった。
異様な暑さの中、歩けども歩けども、恐らく有るだろうと考えている小屋が見えてこないし、小屋が無くても次のバス停くらい無いかと思ったがそれも見えてこない。
本当に田舎を舐めていた。
不幸中の幸いとしては、ポケットから先ほど一回取り出して確認したスマホは、しっかり電波が来ていた事だろうか。
万が一の場合はそれで救援を呼ぶことが可能である。
その救援手段を、暑さのあまりそろそろ使おうかと考え始めた、そんな時だった。
「……?」
目の前、日中にもかかわらずほとんど車が通らない車道に、見覚えのある顔が待ち構えている。
「テツ?」
こちらを見て、猛暑を通り過ぎて酷暑と呼んで差し支えない暑さの中、帽子もかぶらずに立っている白い肌の若者。
普段はリトと肩を並べる仲間の一人、佐伯イッテツが其処に居た。
どうしてあんなところに居るのだろうか。
先日、今回の非番を利用した小旅行に誘おうとした時に、先んじて任務が入っている話を出されて誘えなかったことを記憶している。
たまたま任務で近くに来ていたのか、話しかけようと少し足早に近づいてみた。
「なんでここに」
声をかけたら相手に聞こえるだろう距離まで来て話しかけようとしたところで、奇妙な事に気付く。
距離を詰めたと思っていたのに、視線を上げるとイッテツはまた少し離れた場所に立ってこちらを見ていた。
よく見ると、表情も全く動いていない。
普段の彼なら、こちらの姿を確認した時点で大げさなくらい表情を変えて、むしろ向こうから近寄って来るくらいなのに。
そう言えば、ヒーロー活動時の服装のまま立っているのに、色の白い顔には汗一つかいていないように見える。
「……テツ、なのか?」
もしかしてあれは、自分の目には佐伯イッテツに見えているだけの何か違う物なのでは無いだろうか。
そんな考えが頭をよぎって、更に悪い考えが浮かんでくる。
イッテツに、何かあったのではないか?
オカルトはあまり信じていないが、目の前の奇妙な現象に、ふとそんな事を考えてしまう。
こちらを見ているイッテツらしきなにかは、少し近付くとまた少し離れ、ギリギリ声が届きそうにない位置に立ってこちらを見ている。
本当に、なんだ、あれは。
まるで
「…逃げ水、だっけか」
陽炎の一種で、遠くに見える水たまりが、近づくと無くなって、また遠くに現れる。
あのイッテツのような姿はまるで逃げ水だと、そう思いながらも追いかける足を止めようとは思わなかった。
その、近づいては距離を離されを何度か繰り返した後に、いつの間にかバス停のポールと、その横に併設された小屋といか、鉄骨の上に雨を避けるためのトタンが乗せられた停留所が見えてくる。
やっと次のバス停が有ったと、ほんの数秒、イッテツの姿から目を離した。
「…ん?」
停留所に置かれたベンチに、誰かが寝そべっている。
近寄って確認して見ると、それは
「お前、任務じゃなかったっけ?」
「……ぁあ、もう駄目だ、リト君の幻が見える」
「幻じゃねーよしっかりしろ」
むせ返るような暑さの中で色白の顔を真っ赤にした、汗だくの佐伯イッテツだった。
どうやら結構な時間ここで耐えていたらしく、ベンチの下にタバコの吸い殻が数本と、空になったスポーツドリンクのペットボトルが置かれている。
事情を聴くよりも先にまずは水分を与えなければと思って、リトは自分よりも苦しそうにしている友人に、まだ中身の残っているペットボトルを差し出した。
そう言えばと思って、先ほどまで近くに居たあのイッテツもどきが居るか確認したが、視認できる範囲にはもうあれの姿は無くなっている。
一体あれはなんだったのか
考えているうちに、遠くから路線バスが走って来るのが見えた。
「で、何でお前あそこに居たの?」
「聞いてくれるかリト君、実は俺、乗るバス間違えちゃってさ」
「だろうな?」
終