階段※フィクションです
※名も無いモブが可哀想な事になる描写が有りますので、少しでも殺生を好まれない方はご注意ください。
段階的に進んでいく怖い話って、あるやろ
例えば、後ろを振り返ると少しずつお化けが近づいてくる、とかそんな話や
俺が体験したのもまあ、そんな感じのやつやったよ
その日は芸人の方の仕事が珍しく向こう三日くらい重なって入ってたから、集められた若手芸人が芸能事務所の方に泊まり込むことになってな
用意されたのが事務所の一室とかやなくて、若手が泊まり込む用の合宿所の部屋やった
一部屋に5~6人が一度に寝泊まりできるように、二段ベッドがいくつか並んだせっまい部屋で
海外のユースホステルとかにこんな部屋有るよな、とか最初は思ってた
まあ、合宿所だけあって風呂も有るし、自炊できるように台所も有って、何より冷蔵庫がでかい
その合宿所から仕事場に通うって説明を受けて、条件は中々悪くないって思った
別にSNSも禁止されてなかったしな
しばらく芸人仕事で配信休みますー!って投稿して、ヒーローの仕事の方も数日仲間に代わってもらうように頼み込んで、いい仕事したろ!って思ったんや
いやほんま、本気で芸人仕事に打ち込むつもりで居たんやで?
少なくとも初日は、芸人仕事100%のスケジュールなんて久々やったからそらもうめっちゃハイテンションになっとった
ひな壇の数合わせじゃ終わらん!絶対爪痕残したんで!って意気込んで
半分ぐらい夢中で喋っとったから、気付いたら収録終わって、合宿所に帰って来てたな
今日は楽しかったなーとか、あのトークのここどう思うよ、とか芸人仲間と話しながら合宿所の入り口まで戻って来て
そこでふと、なんでやろな
なんか振り返らんとあかんな、ってなって
入り口に体半分入った辺りで、後ろを振り向いたんや
合宿所の入り口から後ろを振り向くと、敷地の塀と、向かい側にあるスーパーの正面入り口が見えるようになってて、その日はまだスーパーの営業時間終わって無かったから、店からの照明で結構明るくてな
合宿所とスーパーの間には、車道が有って
その、車道の真ん中あたりに、誰かが立ってた
スーパーの照明で逆行になってて、顔は良く見えんかったけど、大体、俺とそんな変わらん背格好くらいか?背が高くも低くも無い男が立ってんのが見えた
一瞬やったから、スーパーの客かな、くらいに思ったんやけど
「緋八ー冷蔵庫に社長がアイス差し入れてくれてるから食うー?」
「おー!もらうもらうー!」
って、芸人仲間が台所の方から声かけてきてくれたから、そっちに意識取られて、そん時はそれで終わった
夜寝てる時や
俺が寝てた部屋は合宿所の二階で、俺の他に3人が一緒に使って寝泊まりしてた
いわゆる角部屋ってやつでな、二階の廊下上がって、奥まで行った突き当りの部屋で、俺が寝てたのは二段ベッドの上、一番部屋の入り口から遠い場所やった
他の部屋にも何人も若手が寝泊まりしてる状態やし、下の階には管理人さんも寝泊まりするような大きめの合宿所やったから、夜中でもそこそこ人の気配や物音がする
うっすら目が覚めた俺がその時聞いてたんは、誰かが階段を上がって来る音やった
静かに、でも一段一段しっかり音がする
ああ、誰か収録長引いて今頃帰ってきたんかな
そう思いながら、またゆっくり眠くなっていった
だから本当に、誰かが階段を上がってたのかもしれんけど、次の日の朝、管理人さんが作ってくれた味噌汁飲んでたら誰かがこう言ったのが聞こえた
「ゆうべさ、夜中に誰か階段上ったり下りたりしてなかったか?」
「あー聞こえた、うるさくてさー、誰か分かんねぇけどもう少し静かにして欲しいよな、夜中なんだからさぁ」
確かコンビ漫才で売ってる二人やったな
階段上がって一番手前の部屋で寝てたらしいから、俺よりはっきりその音聞いてたんやろな
まあ、夜中に階段の音は結構響くし、起こされたーって思ったら腹立つよな、でも誰なんやろ
話によると、足音は部屋まで来るわけでもなく、階段を上ったり下りたりを繰り返していたらしかった
なんやそれ、ワンチャン不審者ちゃうん?
管理人さんに聞いてみたけど、一応夜中の0時過ぎたら、門を閉めるようにして、玄関には人感センサーもついては居るらしい
でも玄関の明かりはつかなかった、とか
え、なにそれちょっと怖い話やん
俺も含め、周りの連中はこぞって管理人さんにもっと詳しい話を聞きたがった
いやだって、将来怖い話の案件とか来た時に引き出し出来るやん
その程度の軽い気持ちで話を聞いてたんやけど
まさか、朝話してた二人が、その日の収録で大けがするとは思わんかった
初日よりも少しバラエティというか、身体張るタイプの仕事やったんやけど
身体を吊る用のワイヤーがいきなり切れて、落ちる予定のプールから少し位置がずれた
多分骨が折れたんかな、ちょっとカメラには映せん感じに足が曲がってたから、収録も途中で中止になって、俺ら若手もいったん帰らされて
今日は残念やったなーとか話しながら、事務所で反省会と今後事故に遭わないようなるべく慎重にいこうなって内容の話し合いしてから、また合宿所に帰ってきた
そん時、俺はなんとなくまた合宿所の玄関先から後ろを振り向いてみたけど、その時は別に誰も車道には立ってなかったよ
せやから、昨日見たのは本当にただのスーパーで買い物して出てきた客やったんやろなって思ってた
また夜中に目が覚めた
耳に、階段の板張りがきしむ音が届く
足音だ
管理人さんが見回りしてる音ちゃうんかな、と思いながら、一回開いた眼を閉じる
足音は階段をしっかりした足取りでゆっくりとのぼった後、引き返さずに二階の廊下に足を踏み出したようだった
次の日の朝は、同室の奴に叩き起こされて目が覚めた
「緋八、お前ヒーロー協会の連絡先知ってるよな!?」
「知ってるけど……なんで?」
慌ててるそいつに、正直眠かったからボンヤリうなずいたけど、言われた事で完全に目が覚めた
昨日大けがした二人の、その隣の部屋の奴ら
その中の一人が、朝起きたら首を吊ってたらしい
じゃあまずは警察と119番じゃ無いのかと思ったけど、状況が普通じゃ無かった
そいつが寝てたのは二段ベッドの下の段で、ベッドの柵に、そいつがしがみ付いたらしい指と爪の痕が、割れた爪から流れた血の痕と一緒にこびりついてたんや
まるで、抵抗むなしく無理矢理引きずられて、首を吊られた、みたいに
部屋の中も見せてもらって、俺は、これはヒーロー協会よりも、オカルト系の専門呼んだ方がええなって思った
その日は仕事どころや無かった
なんせ合宿所の中で夜中に人死にが出たもんやから、寝泊まりしてた全員が警察で事情聴取を受けた
うん、まあそれは当たり前の話やね
警察の皆さんお仕事お疲れさまやで
でも正直話せる事は全然無くて、俺以外も似たような感じで
結局、共通してたのは
「死ぬようには見えなかった」
「夜中、誰かが階段を上がって来る足音が聞こえた」
って証言だけだったらしい
まあこれは警察から帰ってきた全員で話して出た情報やから、誰かが嘘ついてる可能性も有るかもな
ただ、俺も含めてほとんど全員、それこそ管理人さんまで、この建物で寝泊まりしたくなくなってた
実際警察からは、捜査協力の為に出来れば今日明日は他の宿泊先を探して欲しいって事やった
今日の予定がつぶれた分、仕事はまだ一日分残ってる
各自自宅に戻るには距離が有るし時間も遅い
どうするか考えて話し合って
階段を上がってくる何かが居るのなら、逆に一階で寝たらどうかって話になった
良い考えやって思ってたんや、その時は
だから、残ってる全員で台所に布団を持ってきて、出り口と勝手口が外から開かないようにモップでつっかえ棒して寝るようにした
本当にな、どっかビジネスホテルにでも駆け込めば良かったのにな
物凄い音で目が覚めた
目を開けた先で、両開きだったはずの台所の扉がどこかに吹っ飛んでるのが見えた
何が起きたのか寝起きの頭では理解できなかったけれど、近くで誰かが叫んでいるのが聞こえる
なんだこれ
スマホのライトで周りを照らすと、台所で一緒に寝てた芸人仲間は全員その場にいた
悲鳴はまだ聞こえている
一階の廊下の奥、階段の方から聞こえてくるのを確認した途端、俺たちは全員合宿所の玄関に向かって走った
そのまま敷地を出て、大慌てで近くの交番に駆け込んだ
管理人さんの姿が無かったけど、それを気にするような余裕は無かった
朝になってから警官と一緒に合宿所に戻ったら、合宿所の中はえらい事になってて、また警察を呼ぶ羽目になった
階段の上、二階の部屋は全部部屋の中がぐっちゃぐちゃになってて
ガラスも何枚かヒビが入ってた
管理人さん?
何処行ったんか、結局見つからんかったわ
今もまだ連絡無いから、行方不明のままなんちゃうかな
あの合宿所は、先月取り壊しが決定したって聞いたから、もう若手が泊まる事は無いと思う
でも、本当になんやったんやろうな
色々とわからん事ばっかりやったわ
怖い話の引き出しにするんなら、もうちょっとわかりやすいオチが欲しいって言われるやろうし、この話は外ではせんようにしとこ
うん、聞いてくれてありがとうな
ほなまた
終