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    Hyiot_kbuch

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    海外に行く門南のお話。

    #門南
    menan

    言葉を覚える最短の方法 忙しない喧騒の中、死者の日の祭典を前にした街は色に溢れていた。特にどこもかしこにも蒔かれたマリーゴールドのオレンジとその噎せ返るような香りが鼻腔を犯す。
     水替わりに買ったコーラを傾け、タコスの屋台を素通りしていく。ぬるい炭酸と甘ったるい後味。思わず南方は眉を寄せるも水不足のこの土地で、簡単に手に入る飲料がこれかビールしかないのだから仕方ない。
     表向きは長期休暇を利用した観光のための海外旅行。しかし、実際は麻薬カルテルの調査ための渡墨。これが今回、南方にお屋形様から命じられた内容だった。
     事前に受けた指示を元に、情報屋との待ち合わせ場所へと急ぐ。高地とはいえ、赤道に近いため日中の暑さは東京のそれと変わらない気温に汗が流れた。
     無事に待ち合わせ場所へとたどり着けば時間ちょうどではあったものの、国民性なのかまだ来ていないようだ。
    「Hola,amigo」
     しばらく時計を見ながら待っていると後ろから南方へと声がかけられる。漸く来たかと振り向けば、そこにはよく見知った顔。
    「門倉……なんで」
    「先に来とったんよ。しかし、手伝い寄越す言われて来てみたらおどれとはのぉ」
     イタズラが成功したとばかりに笑うしばらく逢えてなかった恋人に、南方はため息を漏らす。直後、タイミングを見計らったかのようにお屋形様からメッセージが届いた。
     ”門倉さんと合流できた?”
     謀られたのか。言われてみれば情報屋として渡された外見の情報は門倉のものと一致していることから二人で口裏を合わせたのだろう。
     目的地へと歩いて向かいながら、日本語で情報を交換する。異国語を話す周りから頭一つ抜けた二人は良くも悪くも目立つようで、時折、観光客狙いのキャッチに声を掛けられる。
     早口で捲し立てられる言葉が聞き取れず、南方がスルーを決めていると隣の門倉が舌打ちを漏らした。何事だと聞いたところ、南方があまりに無視するものだからアジア人特有の切れ長の目をからかってきていたらしい。
    「南方はこっちの言葉は分かるん?」
    「少しだけ、英語じゃと何とかなるんじゃが」
     表の稼業は国内の事件の指揮が主となるため、そもそも外国語を使うことがそんなにない。賭郎に入ったあと学び直したこともあり英語ではあれば日常会話には困らない程度には話せるのだが、メキシコで話されているのはスペイン語だ。今回のために多少勉強はしたが時間がなく最低限の意思疎通程度にしか出来ない。
    「ほーん。あんま使えんのぉ」
     肉壁にくらいにしかならんなどど物騒なことを口走る門倉に眉をひそめ、問い返した。
    「おどれは出来るんか」
    「出来るよ」
     スラングから何からバッチリだと笑う門倉に意外だと驚けば、少し遠い目をしてぽつりと零す。
    「若手の頃に色んなとこ行かされたけぇの」
     南方はその色んなとこについて詳しく聞きたくも、はぐらかしたように笑う門倉に結局なにも聞けなかった。

     門倉の案内にて拠点となるホテルへと到着する。一週間滞在する予定のそこは、門倉と同室となっていた。賭郎側としても個々で泊まるよりも安全性を考えてのことだろう。最低限のセキュリティとツインのベッドルーム。ウェルカムドリンクとばかりに置かれた常温のミネラルウォーターに南方は小さく息を吐く。こちらに着いてからぬるいコーラしか飲んでなかった身体にはありがたい。
     荷物を下ろしベッドに腰掛けながら水を飲む南方にこれを読んでおけとばかりに門倉から紙の資料が手渡される。共に差し出された灰皿から察するに読み終わったら燃やせということだろう。
     久しぶりに恋人と二人きりだというのになんと事務的なことか。だが互いに任務を放り出して蜜な時間を過ごすほどの愚かさも若さもない。
     南方は早速手渡された資料に目を通し、情報を頭へと叩き込む。資料の記載によるとこの後は近くのバーへ行き、ターゲットへと接触するとのことだ。
     一通り資料の確認を終えるといつもの癖で胸ポケットへと手を伸ばす。しかしポケットには何も入っておらず、愛用のブランド物のライターは飛行機に乗るのだからと置いてきたのだったことを思い出す。
    「門倉、火持っとらん?」
    「あるよ」
     投げて渡されたのは現地で買ったものであろうライター。最近買ったのであろうか、死者の日の骸骨が踊っている。
     そのポップなイラストがどうにも門倉と不釣り合いでつい南方の口元が緩んだ。
    「なにニヤケとんじゃ」
    「いや……思いのほか可愛らしいもん使っとるんじゃなって」
    「それしかなかったんじゃからしゃーないやろ」
     そんな軽口を交わしながら書類に火をつける。火災報知器なんて大層なものも着いていない部屋に燃えた匂いを残して灰になった紙束を確かめると、この後の予定をこなすべく立ち上がった。

     門倉との任務は南方が拍子抜けするほど上手くいった。もともと地頭もよいため四日も過ごせば、合間に門倉が教えてくれたお陰で簡単な買い物程度ならば出来る程度には南方のスペイン語も上達している。
     その日も門倉にいくつか言葉を教えて貰い、覚えたて言葉で買い物を済ませ、ホテルの部屋で夕食をとることにする。今日の食事は近くの屋台で南方が買った揚げたトルティーヤに肉や野菜が挟まったものだ。袋を持った南方へ門倉が問いかける。
    「何買うてきたん?」
    「ゴルディータいうんらしい」
    「南方にピッタリやね」
     くつくつと笑う門倉に別に変なものは買ってきてはないのだがと首を傾げる。門倉はしばらく笑ったあと、からかうような笑みはそのままに尋ねてきた。
    「ゴルディータの意味知っとるか?」
    「知るわけないじゃろ」
    「おデブちゃん、て意味やな」
    「なっ……」
     門倉の視線が南方の腹の方へ移るのを感じ思わず狼狽する。確かにこちらに来て少し肥えた気はするが、仕方ないだろう。肉と油が多めの食事に、水の替わりはコーラかビール。日本にいる時よりは歩いてはいるが太らないわけが無い。
    「普通、水が合わんで痩せるやつの方が多いんやけどのぉ」
     体調崩さなくてえらいなと笑う門倉は褒めているのか貶しているのか。どちらにしろ日本に戻ったら体型を戻すためにジム通いすることを心に決める。
     しかし、これを食べないという選択肢は南方にはない。ここまで順調だからこそ忘れがちだが、今はこれから敵対するであろう組織の調査中。相手のホームでもあるこの地で襲われでもしたら次はいつ食事が取れるとも分からない。立会人にとって身体は資本だ。
     門倉とて同じ考えのようで南方が手渡した包みを開けて、油っこいわぁなんて笑いながら口をつけている。体質の差だと分かってはいるも、自分より長く滞在しておきながら体型を保っている門倉が少々恨めしい。
    「……そがいな目でみてなんじゃ、食い足りんのか?」
    「足りとるわ」
     視線に気づいた門倉が怪訝な目で南方を見てきた。人を散々デブ扱いしやがってとすこしカチンとくるも、そもそも自分が料理の名前の意味を知っていれば防げたことだと思い直す。
    「なぁ、他にもなんかそういうんあったらもっと教えてくれん?」
    「そういうのて、食いもんの名前とか?」
    「おん、あとはスラング的なもんも」
     そう頼む南方に門倉は楽しそうに目を細める。これまでちゃんと頼まずとも多少のやり取りは教えてくれる程には面倒見のいい男なのだ。頼まれて悪い気はしないのだろう。
    「¿Por favor」
     弍ィと笑った口から出たのはここに来て初日に習った言葉。お願いしますとの意の言葉を疑問符をつけて投げかけてくるあたりちゃんとスペイン語で頼めとのことか。
    「Por favor」
     門倉の言葉を繰り返すように南方が発音する。意図を汲んできちんとお願いしてきたことに満足気に頷くと、門倉は使えそうな言葉から使えなそうな言葉までいろいろと教えてくれたのだった。

    「¿Me quieres」
     あの日以来夕食の後に行われる門倉によるスペイン語講座も最後かと言った夜、初めて聞く言葉が門倉から投げかけられた。Meが門倉を指しているのはわかるのだが、その次の単語が分からない。
    「どういう意味じゃそれ」
    「んー、教えたらん」
     そう南方が聞き返せばここ三日で初めてはぐらかされた。不思議に思った南方が続けて聞こうとする前に話をそらされる。
    「それよか明日の準備終わっとるんか」
     門倉のいう明日のとは南方の帰国のことだ。長いようで短かった門倉との一週間。結局、調査任務ばかりで恋人らしいことは何一つしないまま終わってしまった。
     その甲斐あってか調査自体は特に大きなトラブルもなく終え、まとめた資料は南方が直接持ち帰ることとなっている。一方門倉はまだいくつか残作業があるようで、もう一週間ほどこちらに滞在とのことだ。またしばらく会えない日々が続く。

     翌朝、予定通り起きた南方は手配したタクシーへ荷物を積み込む。どうやら門倉も空港までは見送りに来てくれるようで南方が荷物を積み込む間にちゃっかり後部座席に収まっていた。
     空港までの道すがら門倉と二人他愛もない話をしながら、景色を眺める。来た時は死者の日一色だった街中も、咲き誇るマリーゴールドを残すのみとなっていた。

     空港に着くと直ぐに搭乗チェックインを済ませ、いくつか手土産を買ってから手荷物検査場へと向かう。ギリギリまで着いてくる気なのか隣を歩く門倉を見れば、目のあった門倉は南方に向かい一つ言葉を放った。
    「¿Me quieres」
     またこの言葉だ。
     しかし、今度は南方がスペイン語で流暢に返す。
    「Te quiero mucho」
     門倉は立ち止まり一瞬驚いたように目を見開いたあと、すぐに嬉しそうににんまりと笑った。
    「ちゃんと調べたええ子には褒美やらんとな」
     そう言って南方の腕を引いたかと思えば、顔が近づき、ちゅっと軽い音がして唇が重なる。突然の、それにこんな人の目がある所での口付け。驚いた南方の頬が赤く染まる様子に気を良くした門倉が抱きしめるようにして耳元で囁く。
    「続きは日本帰ったら、な?」
     思わずこくりと頷いてしまった南方にまた笑うと、門倉は少し名残惜しそうに離れ、時間がないから戻ると立ち去った。
     残された南方は未だ熱い顔を片手で隠し、暫しその場に立ち尽くしてしまったのだった。
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