三倍返しというけれど「ホワイトデー、三倍返し言うとったな」
そんなことを言って門倉が渡してきたのはどう見てもホットチョコレートの三倍どころではない高級金平糖と日本酒のセット。ニンマリと笑う様子からどうも「足りない分は身体で」を実行する気しかないようだ。
しかし南方とてこうなることは予想していた。予想はしていたからこそ準備を怠るわけがない。
「奇遇じゃの。わしからもホワイトデーの贈り物あるんよ」
南方が用意していたのは高級パティスリーのマカロン。ホワイトデーなら菓子だろうと入った店内に「あなたは特別」なんて意味があるなどというポップと共に並んでいてつい買ってしまったのだ。いくらか詰め合わせたマカロンはなかなかいい値がしたが、元より門倉がお返しと銘打って寄越してくる品の値段と相殺させる目的のため問題はない。
門倉はホワイトデーにも貰えるとは思ってなかったらしく嬉しそうに目を細め受け取っている。
「ああ、足りん分は身体でて言うとったけどこの分は差っ引いてな」
南方がそう続ければそれは予想してなかったと門倉の目に悔しげな色が浮かんだ。だけども門倉とてそう簡単に諦めない。
「これはバレンタインのお返しやけぇ、ホワイトデーのはまた別じゃ」
「またお返しさせるのは悪いけぇまとめてでええ」
互いの主張を一通りぶつけると一瞬、沈黙が流れる。その一瞬で南方が譲る気がないと気づいた門倉は小さくため息をついて尋ねてきた。
「……そがいに抱かれるの嫌か?」
普段はこんな殊勝なことを聞いてくるような人間でもない門倉が聞いてくるとは南方の不満が上手く伝わったらしい。しかし、言葉こそ殊勝なものの門倉の目は正直でなぜ受け入れないと不安と苛立ちが混ざっている。
「別に。こがいなことせんでもシたいならそう言え」
嫌なのは抱かれることではないと南方が言葉で示すと、門倉の目が安堵したものに変わった。かと思えば途端に拗ねたようなものに変わる。
「じゃあ何が不満なんじゃ」
「こう、なんか借金のカタみたいなんは嫌じゃ」
そんな理由があれば絶対無茶させるだろうがと素直に嫌な理由を吐きだす。理由を聞いてなお門倉はまだ不満なようだ。
「たまにはそういうんもええやろうが。どうせ明日は二人とも休みやけぇ困らん」
「困らんでも嫌じゃ、それに明日は出掛ける予定入れとったやろ」
「それは昼過ぎでもええから影響ない」
中々折れない南方に門倉は痺れを切らしてきたらしい。甘えるようにもたれかかってきたかと思えば南方の弱点の一つでもある耳をくすぐるようにして囁いた。ぞわりと背中が粟立つ感覚に南方は思わず流されそうになるもなんとか踏みとどまる。
「んッ……前もそう言ってその昼過ぎまで動けんほど抱き潰したんは誰やったか?」
「知らん」
悪びれることなくシラを切る門倉に南方は少し呆れたように笑った。そういう所も嫌いになれないんだよななんて内心思いつつ、もう一押しとばかりに言葉を続ける。
「一緒に出掛けるの楽しみにしとるけぇ今日は許して」
「……そこまで言うんやったら仕方ないな。今回は相殺したる」
そう言って笑う門倉は南方の説得にようやく折れてくれたようだった。
◇◆◇
「そもそもおどれやけぇ抱かれてやっとるんじゃからな」
「無茶させんな言うといてそれはいかんよ恭次くん」
「なにがいかんの雄大くん」
「なんというかグッときた」
「ほうか」
「そうよ。もうベッド行く?」
「……せっかくもろうたけぇこれちょっと食べてからでええ?」
「ええよ。酒ものもうか」