愛し君へ その日は何時もと何かが違っていた。何が?と聞かれると、明確には答えられないのだが。悪い予感とも違う、空気がざわめく様なそんな雰囲気だった。それは夜がふけるにつれ強くなっている気がした。
チラチラと此方を伺う視線に目をやればいきなり水をぶっかけられ、犯人であるベビー5達を追いかけ回した拍子に足を滑らせ腰を強く打つ。痛みに眉を寄せていれば、離れた場所で舌を出し笑う姿が見えた。
年相応に笑っていて欲しい。
ただ、それだけを願って見守ってきた。略奪も暴力も知らない世界で、子供は笑っているべきだと思っていたが、叶わないのならせめて、おれの目の届く範囲だけでもと。
「何やってんだよ、コラさん。また転んだのか」
溜息混じりの呆れた声に目線を向ける。夜の鍛錬を終えたらしいローが呆れた様子で隣に立っていた。
小さかった身体は大きくなり力も付いてきている。右腕としての教育の賜物だろう。
「ドジった」
「だろうな。ドフラミンゴが呼んでた、日付けが変わったら広間に来いだと。」
「広間に?…分かった、ありがとうなロー」
おそらく伝言役を買ってでてくれたのであろう、わしゃりと頭を撫で身体を起こす。何やらローがベビー5達に言ってる様だったが、邪魔をするつもりは無い。日付けが変わるまで10分はあるが、特にやる事もないからと早めに広間に脚を向けた。
「あ?何をしている、ロシー」
「ドフィ…いや、暇だから先に広間に」
「フッ…フッフッフ。まだ少し早いな。」
広間に向かう途中此方に向かってくる兄を見つけ違和感に首を傾げる。
「…ドフィ」
「なんだ?」
「忙しい、のか?影だろ?」
「フッ、フッフッフッフッ!!良く、分かったなァ。流石おれの弟だ」
「いや、何となく?」
「フッ、忙しいって程でもねェ。暇ならどうだ、少し手伝っちゃあくれねェか。」
「おれが出来るなら」
珍しい事もあるものだ。能力で作り出した影を歩かせている事もだが、ドフィがおれに何かを手伝ってほしいなんて。
「この後に呑む酒を選びてェんだが、お前の意見を聞きたいと思ってな。」
酒を保管する部屋に向かい言われた言葉にさらに首を傾げる。おれは特に酒に拘りはないし、ドフィと違って細かい違いが分かるわけでもない。参考にもならないんじゃないだろうか?
「…あ」
「どうした」
「少し前に呑んだアレ…」
「あ?」
思い出せない名前に記憶を掘り起こそうにもぼんやりとしたシルエットしか浮かばず溜息をつく
「ほら、少し前にドフィと呑んだピンク色のラム」
「あァ…あれか。あれがどうした」
「アレは好きだった。ドフィの色で綺麗だったしな」
ラムにしては珍しいピンク色のそれは、隣に立つ我が兄と似ていて甘く、スパイシーな味だったことを思い出す。
「フフフフフ!お前は本当に!」
「?どうしたんだ?」
急に笑いだし頭をわしゃわしゃと撫でつけられ僅かに混乱する
「おれの色ね。フフフフフ!」
「?アレがあったらまた呑みたいな」
「あァ、ストックはある。コレにするか。」
「…なァ、ドフィ」
「なんだ?」
言っていいものだろうか。朝から感じている違和感を。しかし、あえて泳がせていたとしたら何かの計画を邪魔する事になってしまったら。それは、ファミリーの不利益になってしまう。
何が1番正しく利益を得られるだろうかと、考えを巡らせる。
「おい、ロシー!」
「へ?あ、悪い何だ?」
「また、噛んでる。お前。考え込むと指を噛む癖どうにかしろ」
手首を捕まれ僅かに怒りを含んだ顔で見つめられ視線を自分の指へと移す。あぁ。またやっちまった。
「悪い…」
「で、何をそんなに考えてる。何かあったのか」
「あー…いや、それが」
大丈夫、ドフィなら1番いい方向へと舵を取ってくれる。
「…空気がおかしい?」
「何が、とは言えないんだが。」
「フフフフフ、あぁ、やっぱりお前はおれの弟だ。」
「?」
返された言葉は答えにはならず更にます疑問に首を傾げる。だが、様子からして把握しているようだと認識しそれならいいか。とも思う。
「ドフィが知ってるならいい。そろそろ時間じゃないか?」
「あーそうだな。行くか」
ニンマリと笑ったドフィは何処か昔の兄上の笑顔だった。
「広間に何かあるのか?用だけなら今」
「渡すもんがあってな」
「渡す物?」
「あァ。ほら、開けろ、ロシー」
広間へと続く扉の前で今更な事に気づき問い掛けるが、開けろと促され素直に従う。
ーーパン!!!!!ーー
銃声の様な音に目を見開く。慌ててドフィを庇おうとするも自分の足を踏み転び掛けた
「おいおい、気を付けろ。主役が怪我なんざ笑えねェだろ」
「しゅ、やく?」
顔を上げればそこにはクラッカーを此方に向けたファミリー達とその奥に立つドフィの姿
おれを支えた影はシュルりと解け消える
「ドフィ?」
「こい、ロシー」
手招きされまだ理解の追い付かない頭は素直に言葉に従い奥へと脚を向かわせた。
おれを見るファミリー達は皆笑顔で何処かうずうずしている様にも見えるが、口を開かない。
ドフィの目の前に立ち少しづつ状況を理解し今日は何日だったと、思い出す。あぁ、そうか
「…これって」
「Happy Birthday 、ロシナンテ。」
するりと頬を撫でられサングラス越しに交わる視線に頬が緩む。違和感の正体に気付き笑みが零れるのを止められない。
「ありがとう、兄上」
「プレゼントだ、受け取れ」
バサりと目の前に現れたのは白いフワフワとした何かで、量の多さに全体を把握出来なかった。
「んっ!は、な?」
「ほら。グラス持て」
「ん、」
「グラスは持ったな?ロシナンテの生まれた日に」
「「生まれた日に!」」
「「乾杯!!!!」」
広間に響く祝いの声にじんと胸が熱くなるのを感じる。無作法ながらも軽い音を立てドフィと交わったグラスに口をつける。
「コラさん、おめでとう」
「ロー、ありがとう。…知ってたな?」
「いや、当たり前だろ。コラさん以外は知ってたから」
「マジか…いや、空気が変だなとは思ってたんだが」
「ベビー5達が挙動不審過ぎたな。あ、これ。プレゼント」
「ありがとう!大切にするな!」
「まだ中見てないだろ。後でゆっくり開けてくれ。しかし…カスミソウの花束か」
渡された箱を胸に抱え今は机に鎮座された花束へと移される視線を、同じく追う。あぁ、カスミソウだ、そうだ。母上が、育てていた雪のような小さな花。
「…それに、オレンジのバラが2本…へぇ」
「え、どうし」
「フッフッフッ、ロー。チャックだ」
「…お熱いことで。明日…いや、本番があるんだ。程々にしてくれよ。」
「本番?」
「あァ、分かってるさ。今は前夜祭みたいなもんだ」
何やら2人の間だけで交わされる言葉に首を傾げるが、続いた言葉に別に祝いの席がある事を知り嬉しさに顔が綻ぶ。
「ドフィ、すまない。少しいいかい?」
「あァ。ロシー少し待ってろ」
「ん、大丈夫だって。」
打ち合わせだろうか。ヴェルゴに呼ばれ離れる間際にすら軽く頬を撫でられ小さく笑い頷く。
代わる代わる掛けられるファミリーからの祝いの言葉に感謝を返しながら、ふと。先程から気になっていた事を隣に立つ人物へと投げかけた。
「なぁ、ロー。」
「あ?何だ、コラさん」
「あの花…なんか意味があるのか?」
チラリと視線を花束へと流し、口止めされていたから教えてはくれないかとも思う。
「あー…まァいいか。ずっと黙っていろとは言われてねェ」
ニヤリと弧を描く唇が告げた言葉に思わず赤くなる顔を両手で覆うように隠す。その姿を確認し肩を震わせる人物を指の隙間から覗くが恥ずかしさで言葉すら出ない。
「ま、本番は昼からだ。ごゆっくり?」
「ロー!!」
やめてくれ、どうしてそんなに擦れたんだ。誰だ教育したのは!
「フフフフフ、なんだ楽しそうじゃねェか」
あぁ、教育したのはこの兄だった。
「あ、いや」
「おれも打ち合わせに参加してくる。…改めておめでとう、コラさん。産まれてきてくれてありがとう。」
「…ありがとう、ロー。お前に出会えてよかったよ」
ヒラリと片手を振りファミリーの中へと消える背中に、あの頃の弱さはなく。少し目の奥が熱くなった。
「おいおい、妬けるじゃねェか」
「ローは弟みたいたもんだろ」
「まァな。ところで、あのラムはいつ呑むんだ?開けるか?」
そういえばと、先程選んだ酒の存在を思い出し同時にローから聞いた言葉が頭でリピートされる。
「ロシー?」
「…ドフィ、欲しい物があるんだ。聞いてくれるか?」
「あァ、勿論だ。何が欲しい、スグに手配してやろう。」
こういった思考回路を持つあたり、俺もしっかり〝教育〟されているんだろうな…
「ドフィが欲しい。と、言ったらくれるか?」
「…」
グラスを置き先程自分がされた様にゆるりと、頬を撫でその瞳を見つめて小さく笑う。あァ、やっぱりおれ達は血が繋がっている。困惑の中に愉悦を滲ませる瞳にゾクリと背筋が震えた
「フッ…、フフフフフ!あァ…勿論だ…お前だけにおれをやろう。ロシナンテ」
「ふふっ…大切にする、兄上」
「おれ達は部屋に戻る、本番もあるから程々にしておけ」
広間にいるファミリーにそう告げれば、了解の言葉と共に再び投げられる祝いの言葉に笑みを返し机に置かれた花束をゆっくり抱え淡い香りに息を吐く
「持っていくか?」
「ん…ラムは部屋で呑む」
「そのつもりだ」
腰に回された手に目を細め促されるまま広間を後にし、1番のプレゼントを貰う為に身を委ねた。
カスミソウの花言葉 幸福 感謝 清らかな心
オレンジバラの花言葉 絆 幸多かれ 信頼 熱望
2本のバラの意味 この世界はあなたとわたしだけ
Happy Birthday!!
DONQUIXOTE ROSINANTE!!