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    ru_za18

    @ru_za18

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    限定公開作品

    稲さに
    さにわがアルバムを見ていたら、稲さんが来て一緒に見るものの、「自分が来たのは遅かったのか」と落ち込む稲さんを励ますお話

    思い出を未来へ「お、もいぃ……」
     ふらふらと不確かな足取りで、私が向かっているのは本丸の奥にある書庫。今、足取りが不確かになっているのにも理由がある。思わず口を突いて出てしまった言葉通りだ。両手に書類の山を持ち、腕にはファイリングされた書類たちが紙袋に入った状態でぶら下がっている。歩く度に揺れては腕に食い込んでくるそれは、痕になるんじゃないかと思うほど重かった。
     どうしてこんなにも書類を抱えているかというと、ずっと溜めこんでいた書類をみんなに手伝ってもらって一気に政府へ提出したのが先日のこと。すると、どうか。
    「主さま、お届け物です」
    「ありがとう、こんのすけ……何それ?」
    「政府から届いた書類です。それでは、お届けしましたよ」
    「あ!待って!ちょっと」
     制止の言葉も虚しく、去って行ってしまったこんのすけ。机に乗っている一山を見れば、“確認済み” “受領済み”の印鑑を押された書類たち。政府から『お返しだ』と言わんばかりに書類が大量に返ってきた。なんなら、『一気に提出しやがって』と副音声が聞こえてきそうな圧がある。
    「片付けよう……」
     こうして書類が返ってきたのも、自業自得と言われればぐうの音も出ないほどの正論だ。圧から一刻も早く逃れたくて、なるべく多くの書類を抱えて部屋を出たのが先程のこと。誰かに手伝ってもらえれば良かったのだが、生憎この時間は私の周りに人がいなかった。
     ――そこまで頑張ったら一回休憩する……いや、やっぱり向こうの柱……
     そんなことをしながら気を紛らわせる。そうでもしないと、腕にかかる重さにばかり考えが行ってしまうから。それを繰り返しているうちに、ようやく辿り着いた書庫。
     ――レバーハンドルで良かった
     肘でレバーを押し、少し開いた扉を身体で押して中に入る。歌仙辺りが見たら『横着しない!』と怒られそうな気がするけれど、両手も塞がっているし、腕も限界を迎えつつある緊急時だ。そこは許してほしい。
     中に入れば、書庫に置いてある机に書類を置く。思ったよりも大きな音を立てて置いてしまったが、重さには敵わない。ようやく腕にも血が巡りだしたようで、じんとしている。痛さを和らげようと腕を揉んでいる間に、上に積まれた書類の表紙を見ながら片す位置を確認する。内容によって書類の置き場所を変えているから、ここで先に把握しておかないと後々困ることになる。“自分が”というより、ちゃんとしておかないと長義や長谷部、松井が特に怖いのだ。
    「さ、入れていこう」
     些かましになった腕で無理のない量の書類を取る。書類の中身を確認しては本棚へ行き、見出しを付けて入れていく。それを何回も繰り返し、往復する。あっちへ行き、こっちへ戻っては脚立を使用する。かと思えば、下に書類を入れなくてはいけないからとしゃがみ込む。
    「……あれ?」
     ある場所に置かれていたのは、グラデーションが入った淡い桃色の大きな正方形の本だ。年月が経っているのだろうか。少し表紙が黄ばんでいるようだった。
    「わ、アルバムだ……」
     厚めの表紙を捲れば、この本丸が出来た当初からの写真があった。初期刀と初短刀と一緒に撮ったもの。演練に初めて勝ったときのものや、みんなで畑を耕しているときのもの、お花見や花火などの写真も入っている。
    「あ、これ……わっ!」
    「こんなところで何をしている。随分冷えているが」
    「稲葉さん!」
     突然暗くなった視界に聞こえた低音の声。手を目の辺りに持ってくれば、厚めの服の手触りがした。ずるりと後ろへやれば、どうやらそれはパーカーだったらしい。大きめのフードが後ろへと下がった。
    「パーカー、ありがとうございます」
    「構わん。上に何も着ずにいては冷やす。着ておけ」
     稲葉さんが今まで着ていたからか、パーカーは温もりが残っていてとても温かい。けれど、改めて稲葉さんを見れば、薄着も薄着。ぴっちりとしたインナーが胸板や腹筋を前面に押し出している。
    「いや、稲葉さん絶対寒いですよね」
    「問題ない」
    「問題あります!ここ座ってください。胡座が良いですね」
     不思議な顔をしたまま、胡座をかいて座ってくれる稲葉さん。パーカーを稲葉さんに羽織ってもらって、その胡座の上にお邪魔させてもらう。
    「重いかもしれませんけど」
    「いや、重くはないが……」
    「じゃあ良かったです」
     背中に温もりを感じながらアルバムを広げる。先程見ていたページを稲葉さんへ見せるようにして。
    「さっき、ちょうど稲葉さんが来た時の写真を見ていたんです。そしたら稲葉さんが来て、驚いちゃいました!」
    「扉が開いたままで、通り際に主が見えたのでな」
    「そういうことでしたか」
     両手が塞がったままであったし、ここの扉は勝手に閉じるものではない。稲葉さんの来た理由が私の閉め忘れということに、嬉しくもあり恥ずかしくもあり――。
    「こうして見ると、稲葉さん最近笑顔が増えましたよね!」
    「そうそう増えん。気のせいだ」
    「気のせいじゃないです」
     話題を変えるように話したことは、ふと写真を見て思ったこと。本丸に来た稲葉さんと、喜ぶ江のみんなの写真だ。この写真に比べて、稲葉さんは雰囲気も表情も柔らかくなったと思う。それこそ、最近は微笑んでいる姿をよく見る。
     ――それだけの時間を過ごしてきたってことだもんね!
     “過ごしやすい”と思ってくれているなら嬉しい。ずっと過ごす場所なのだから、過ごしやすいに越したことはない。
    「腕が辛いか。こうすれば見える。膝に置け」
    「あ、はい……」
     突然の稲葉さんの行動に驚いてしまって、それしか言えなかった。確かにアルバムは少し重くて、稲葉さんへ見せるために腕を上げ続けていたから、限界が近くなってきてぷるぷると震えていたかもしれない。気遣ってくれたのはわかる。けれど、いきなり肩に頭を乗せなくても良いのではないだろうか。今、座っているような距離感になることは何度かあった。だが、吐息が聞こえるほど顔が近くなったことはない。
    「次の写真は何だ。松井たちが写っているが……」
    「あ、えっと……これは……」
     距離感に戸惑い、固まっていれば、稲葉さんは気にしていないかのようにアルバムの先を促した。次へ目をやれば、そこに写っているのは正座をして項垂れる私と周りを取り囲む松井、長谷部、長義の姿。正しく、先程思い出していたことだ。
    「これ……答えないとダメですか?」
    「あぁ。話せ」
     どう見たって私が怒られている状況だとわかるだろうに、後ろの男士はそれを話せと言う。深い溜息をついて、重い口を開く。
    「ここの書庫に片付ける書類を、一度確認せず適当に置き場へ片したことがあったんですが……みんなに雷を落とされたときの写真です」
    「そ……そうか……」
     言い終われば、後ろから笑いを堪えたような声が聞こえる。
     ――もう笑うなら、いっそのこと思いっきり笑ってほしい。
     羞恥心に居た堪れなくなるも、肩に稲葉さんの頭が乗っているだけに、いきなり動くことは出来ない。それにしても、こんな時の写真を誰が撮っていたのか。これは後で問い詰めよう。
     その後も稲葉さんからの質問に、当時の出来事を話していく。いつの間にか、稲葉さんとの近さにも緊張はしないようになっていた。当時を振り返るだけでも楽しくて、ついつい多くを語っていく。それと反比例して、後ろからの元気はなくなっていくように感じて――。
    「稲葉さん?どうかしましたか?」
    「……我は、かなり後に来たのか」
     私の肩に顔を埋めてしまって、稲葉さんの表情は見えない。だが、“思い出”と呼べるものが少ないことを気にしているのかもしれないと思った。写真一枚に込められた思い出は、見た人の“記憶”という引き出しを開ける手助けにもなる。いつでも、出来事を思い出せる素敵なものだから。
     ――これでも良いかな?
     胸元のポケットに入れていた端末を取り出し、そのまま稲葉さんが入るように自撮りをした。カシャリと鳴った音に反応して、稲葉さんが顔を上げるけれど、時すでに遅し。
    「珍しい姿が撮れちゃいましたね」
     にやりと笑いながら稲葉さんに見せた端末の画面には、稲葉さんが私の肩口に顔を埋めて、甘えているような光景が写っている。もちろん、稲葉さんは恥ずかしかったらしい。
    「っ消せ」
    「嫌ですよ!これも思い出の一つですからね」
     伸ばされた手を制止して、保存された写真を待ち受けにしてみる。
     ――普段はロック画面で見えないけれど……うん、良いんじゃないかな?
     恋人同士のようなそれは、事実とは違うとしても私と稲葉さん二人だけの思い出だ。ロックをかけてしまえば、稲葉さんも写真を消すのは諦めたようだった。
    「他の江のやつらには見せるな」
    「わかりました。二人だけの秘密っていうのも良いですよね」
    「……どうしてそうなる」
     呆れたような溜息を聞きながら、また一つ大切になった端末を握りしめる。思い出は、無ければ作ることが出来るのだ。だって、私たちには未来があるのだから。
    「今度、どこかへ行って写真を撮りましょうね」
    「あぁ、そうだな」
     耳元で聞こえた声は柔らかく、弾んだように聞こえる。『楽しみだ』と暗に言ってくれているように思えて、喜びに溢れた。
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