期待、切なさのち「主、まだかかりそう?」
「もうすぐ……もうすぐ決めるから……」
横でうんうん言いながら悩んでいる主は、きらきらと陳列されている“くりすますけーき”を見ている。右へ行っては悩み、決まりかけたと思えば左に行って誘惑にあう。そんなことを、ここに来てから何回も繰り返しているのだ。
――もうすぐって言っても、まだもうちょっとかかるだろうな。
横でまた、あれもこれもと視線が動いている姿を見て、そう結論付ける。
「ちょっと向こうの椅子で待ってるね」
「ごめん、村雲!すぐに向かうね」
申し訳無さそうに謝る主に、文句を言うつもりはない。けれど、この買い物に少なからず期待していたから、何処か遣る瀬無い気持ちになってしまうのは仕方がないのかもしれない。
『買い物に行かない?』と主が声をかけてくれたのは、お昼頃のこと。色んな刀が集まる中で、のんびりとお茶を飲んでいた時の出来事だった。主の言葉が聞こえた途端に、部屋のざわめきが少し控えめになったものだから居た堪れない。
「……お、俺?」
そんな中で返せた言葉は、確認のもの。確かに俺と主は恋仲だ。けれど、まさか二束三文の俺を連れ出すと思っていなかったから――。だが、主は満面の笑みでこちらを見ている。
「うん、村雲だよ」
「他の刀は……」
「えっと……村雲と私だけのつもりだったんだけど……」
――やばい。
しょんぼりとした主に焦る。そんな顔の主を見たくなかったから。でも、焦りで頭は動いてくれなくて、上手い言葉が出てこない。
「今日はクリスマスだもん!村雲さんと主さん、二人でお買い物しておいでよ」
「そうそう。村雲も、行きたくないわけじゃないでしょ?」
俺が何かを言うよりも早くに助け舟が出された。援護してくれたのは、乱と加州。どうしようかと思っていただけに、ほっとしてしまった。
「う、うん……」
「じゃ、用意してきてね。半刻したら主を玄関まで連れて行くからさ。主も、とびっきり可愛くしてあげるから行こ」
「あ、ありがとう。村雲、後でね」
「……うん」
加州に連れられて、少し嬉しそうに手を振って部屋を後にした主。良かったと安堵すると同時に、いつだったか聞いた話を思い出す。聖夜は、“恋仲のものたちが街に溢れる日”だと――。
「二人で買い物って……」
そこまでを口に出せば、どうしたって意識はしてしまうもの。
――これって所謂、“でーと”ってやつじゃない?
そう思えば、むくむくと込み上げてくる嬉しさに、どうしたって口の端が上を向く。
「主!早く行こう」
「村雲、まだ早いっての」
「くぅん……」
待ちきれず、主を迎えに行ったところで加州の呆れた声が響く。そんなやり取りをしながら本丸を出た時は、浮き足立っていた。それこそ、空でも飛べるんじゃないかって勢いで。けれど、現実は――。
「本丸のみんなへの買い物なんだよなぁ……」
みんなで食べる為のお菓子やお肉にけーき。『みんな、喜んでくれると良いね』と笑う主を見ると、こんな主を持てて幸せだと思う。不満なんてない。大好きな自慢の主だ。
とはいえ、今日は聖夜。『少しくらいそんな雰囲気があっても』と思えども、残念ながら甘さは微塵も感じられない。
――仕方ない、よなぁ。ちゃんと買い物って言ってたし……。
主はしっかりと伝えていた。それを俺が、勝手に勘違いしただけ。
「ごめんね、村雲!お待たせ!」
「ううん。良いの選べた?」
「バッチリ!」
嬉しそうにけーきの箱を掲げる主を、可愛いなと微笑ましく思う。それと同時に、『けーきが最後の買い物だ』とここへ来る前に主が言っていたから、もう帰る時間が来てしまったことの寂しさが募っていく。
――仕方ない、仕方ない……。
そう言い聞かせて、奥底の主張してきそうな自分の気持ちを見ないように。せめて、この買い物に一緒に来た意味を見出したくて、少しでも役に立とうと主の手にある荷物を持った。
「じゃ、帰ろう」
主に声をかけて、本丸への帰路へとつく――はずだった。くんと上着が引っ張られたのは、何処かに服を引っ掛けたわけじゃない。
「……主?どうかした?」
俺を止めたのは、他でもない主。何かあったのかと声をかければ、少し俯きながらぽそりと呟く。
「村雲に……まだ渡してないの」
小さな手で差し出してくれたのは、手の平に乗りそうな正方形の箱。桃色で綺麗に包装されていて、期待にどきりと心臓が跳ねる。
「これ……もしかして……」
「うん。村雲にプレゼントだよ。本丸だと、みんなの目があるから渡しにくくて」
『恥ずかしくて、村雲を連れ出しちゃった』と照れくさそうにしながら、贈り物を渡してくれた主の頬が赤らんでいるのは、寒さからか。それとも――。
「俺……てっきり、今日はただの付き添いなんだと思ってた……」
「そんなわけないよ!だって、村雲は私の彼氏なんだから」
特別だと言うように。俺だけの特権だと言うように。腕を組んで寄り添ってくれる主に、感動したのだろうか。ちょっと泣きそうだ。
「え⁉どうしたの、村雲!大丈夫⁉」
涙ぐんでしまったのがわかったのか、主は慌てて俺の方を向く。先程の甘さは何処へやら。甘いものから戸惑ったものまで、主の色んな表情を見ているのは、俺だけなんだってちょっと優越感。
「……何もないよ。嬉しかっただけなんだ」
主と反対側の手に荷物を持ち替えて、空いた手で俺より小さな手を握る。じんわりとした主の温かさが、胸まで伝わっては広がっていく。
「早く帰って、贈り物見たいなぁ」
「目の前は駄目だよ⁉一人で見て!」
「えー?どうしようかなー?」
「もー!駄目なものは駄目!」
先程よりも赤く染まった主の顔を見ながら、今度こそ帰路についた。
帰ったら俺も、主に贈り物渡さなきゃ。