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    rokuta456

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    rokuta456

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    色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ

    鶯の歌の練習に付き合うフーシーの話(鳥/フシ)「春告げ鳥」とは、人間がつけた私たちの別名である。
    春先になると一斉に鳴きはじめるからそのような名前がついたのだというのは、物知りの仲間から聞いた話だ。確かに、梅が咲き始める頃合いになると、私たちは冬の地鳴きから声を変え、じつに伸びやかに鳴くことができる。さまざまな生き物たちが目覚める春の野山でも、私たち鶯の鳴き声は一際にその賑わいを彩った。そのことを皆誇らしく思っている。だからこそ、梅に鶯などという言葉を聞くと、どうにも腑に落ちない気持ちになるのだ。頻繁に間違われるが、春先梅の枝によく留まっているあの薄緑の鳥、あれはメジロで、鶯ではない。たしかに大きさは似ているかもしれないが、色が違うし、私たちはメジロや雀のように気軽に人に近づいたりはしない。
    全く人間とは、実に適当な生き物である。
    もっとも、それは私たちも同じで、人間のことなど禄に知りはしないのだが。
    早々に話が逸れた。

    早朝の冷え込みも随分と穏やかになり、霞がかった空が山上を覆うように広がっていた。あたたかな春の陽気に、まるで羽を伸ばすように木々の蕾が一斉に綻び出す。
    乾いた藪の枝先にとまると、私は胸をいっぱいに膨らませた。
    「ホーーーーッ…キョピッ」
    想像の中では美しい音程をいくらでも思い浮かべられるのに、実際に囀る声は随分と頼りないものだった。しん、と山が静まる。どこかで鴉があざ笑うような甲高い鳴き声をあげて羽ばたいていった。他に仲間の気配がないのを確認して、誰もいないことにほっとする。
    鶯は、生まれながら皆があのように美しく鳴けるわけではない。親鳥の鳴き方を聞いて、それを真似して練習し上達していくのだ。それだって、もちろん個鳥差がある。雄が鳴くのは繁殖と求愛のためだ主だが、当然、美しく鳴けるほうが雌鳥からのウケがいい。思い鳥ができた時、うつくしく鳴いて番になれるように、私たちはめいめいにその歌を磨くのだ。
    私の親鳥は、鳴くのがとても上手だった。繁殖期が近づくと、それは美しい声で囀っていた。けれども、早くに姿を消したので――おそらく、どこかで野生の猫か何かにやられたのだろう――私はろくにその鳴き方を習うこともないまま、他の鳥たちの声を聞いて育った。
    意中の鳥こそいないが、それでも私は恋をしていた。殆ど一目惚れだった。相手は鳥ではなかったが、種族の差など、最早ささいなことだった。なんとしてでも、その相手を射止めたいと思っていたのである。それで、こうして今日も一生懸命に練習をしている。

    私がその妖精と出会ったのは、ほんのひと月ほど前のことだ。ようやく空気が春の気配を帯びて、梅の花がぽつりぽつりと咲き始めた矢先の頃だった。
    その時、私は他の多くの雄たちと同じように、一際艶やかな薄茶色の羽を持つ同族の雌鳥に憧れていた。みなの憧れのような、うつくしい鳥だった。上手く鳴けるようになったら、もしかしたら振り向いて貰えるのではと、安易にそんなことを考えていたのである。
    歌うのが、好きだった。春を告げる鳥という呼称も、実は少し気に入っていた。人間にしてはいい名前をつけたものだと――うつくしい声で鳴くわたしたち鶯にピッタリだと、そう思っていたのだ。
    「ホーーー……キョケッ」
    だが、浮世とは厳しいものである。
    伸ばした音はまるで安定せず、最後は妙な音程で途切れた。ホーは吸う息、ホケキョは吐く息。小さな頭はそのことをよくわかっているのに、これがどうにもうまくいかない。
    再び息を吸う。声がしたのは、その時だった。
    「この前より上手くなってるな」
    突然の声に、慌てて鳴くのをやめた。藪の隙間からそっと外を伺えば、大きな木の根本に、腰掛けて座っている誰かがいた。人間に姿形がよく似ているが、しかしその気配は人間のそれではないようだ。近づいて、これは妖精だと確信した。春先、草はらにいっせいに咲く花と同じ、深い紫色が印象的ないきものだった。鳴き声がやんでしまったことに気づくと、「ああ、邪魔したか? ごめんな」と妖精は苦笑した。どこかのんびりしたその声は、例えるならば大きなとまり木のような、不思議な安心感があった。かさかさと藪をかき分けて外に出ると、そこにいたのかと言わんばかりに妖精は微笑んで首を傾げてみせる。おいで、と手招きされるまま羽ばたいてその肩に乗ると、特に驚いたふうもなく、いつも練習して偉いな、と笑ってみせた。
    (……上手くなってるってほんとう?)
    「ああ、聞いてればちゃんと分かるよ」
    妖精はフーシーと名乗り、この近くに住んでいるのだとも教えてくれた。ここからふたつほど山を超えると大きな村があるらしいが、この辺りは人も少なく自然も多い。妖精も住みやすそうだし、あるいは麓には小さな集落のようなものがいくつかあったから、そこで暮らしているのかもしれない。褒めてもらえたのは嬉しいものの、先程発した己の声を思えば、とても手放しでは喜べない。
    「なんだ、そんなに自信がないのか?」
    だって、もっと上手な仲間は沢山いるのだと私は言った。そう、こんな民家近くの麓で練習しているのはそのためだ。周りと比べてしまわないように、記憶の中の鳴き声だけを思い浮かべて真似をするように、ひとりで練習をしているのだ。
    しょんぼりしてしまったのを慰めるように、フーシーと名乗った妖精は、首から頬のあたりを指で掻くように触れた。
    「鳥それぞれだろう」
    それにおまえはこうしてちゃんと努力してるんだろう。決して強い声でないのに、その言葉はまっすぐに私へと届いた。本当にそうだろうかと思えてくる、何か説得力のようなものがあった。美しいさえずりとはまた違うけれど、彼の声を、とてもいい音だと、そう思ったのだ。少し前向きな気持ちになって、私はもう一度鳴いてみる。肩から移動して周りを飛ぶと、フーシーはごく自然に手の甲を持ち上げた。その指に止まる。視線があう。悪戯っぽく、彼は目を細める。
    「誰か、気になる子でもいるのか?」
    そう問われて、私はあの雌鳥のことを思い出したが、しかし浮かんだのは一瞬のことだった。目の前の妖精のことばかり、考えていたのだ。
    「振り向いてもうらために練習を?」
    けれど、曖昧に鳴いた仕草を同意と解釈したのだろう。フーシーは暫く考えるように宙を見てから、「よし」と心得たように頷いた。それから、
    「俺も練習に付き合うよ」
    任せてくれ。こういう応援は得意なんだ。そう言って、朗々と笑ったのだ。

    果たしてこの日から、私の練習には明確な目的が出来た。いつか上手くなったら、上手に美しい声で鳴けるようになったら、その時はいちばん最初に、この妖精に聞いて貰いたいと、そう思うようになったのだ。鳥の求愛を妖精が受け取ってくれるかは分からないが、それでも構わない。好きな相手のために歌えるなんて、鳥冥利に尽きるじゃないか。
    そういう感じで、私達は出会った。
    これは春先の束の間、私たちが一緒に過ごした話だ。
        Ⅱ

    身を隠す笹薮さえあれば、基本的に私達はどこでも生息することができる。人里近くで鳴き声を練習し、繁殖期の初夏が近づく頃、番になった鳥と巣作りのため山の奥へ戻っていくのだ。
    フーシーが姿を見せるのは、麓にある笹薮のすぐ近くであることが多かった。開けた場所で、草原には鮮やかなすみれやタンポポが咲いている。大きな木が一本生えていて、彼はその幹に凭れて何をするでもなくのんびりと目を閉じていた。そして、その場所で一緒に練習することが、いつしか私たちの暗黙の了解のようになったのである。
    とはいえ、一緒とは言っても毎回傍で聞かせるわけではない。フーシーは藪の中から囀る声に、何も言わず耳を傾けているのが常だった。時折姿を現して肩の上で鳴いてみせると、「段々最後の方も安定してきたな」とか「この前より綺麗だ」などと言って私を励ました。時々、口笛を吹いて鳴き声を真似してもみせた。私と同じで、最後の音程がてんでデタラメに外れている。あまり上手くはかったが、自分でもそれがわかったのだろう――目が合うと少し照れたように眉を下げ、これじゃ雌は相手してくれないかな、とおどけたように笑っていた。そんなことはないだろうと思ったが、あえて言うのは少し面白くないので、知らぬ顔で私は鳴く。
    まさか自覚がないわけではないはずだ。フーシーはさまざまな生き物に好かれる妖精だった。彼がやってくると、どこからともなく野生の動物たちが姿を見せては傍に寄ってくる。気にしないのか心が広いのか、彼はそんな動物たちに膝だろうが肩だろうが頭の上だろうが簡単に明け渡す。だが、そうなれば今度は私が不用意に近づけないのだ。彼を好くのは何も鳥ばかりではなかった。山栗鼠くらいならまだいい。もっと大きな動物――なかでも山猫は要注意だった。そう、あの猫という生き物、あれが何食わぬ顔でフーシーの膝に乗っているせいで、私が近づけなかったことがもう幾度とある。そうなると、私は藪の中から為す術もなく鳴くしかないのだ。猫め。
    「ホーーーーーキョルルルッ」
    怨みの気持ちで、声も揺れた。フーシーは藪から聞こえた怨嗟たっぷりの声に驚いて、どうしたのかと首を傾げていた。そんな彼の膝上で、猫はのんびりとあくびをしている。本当に、なんというやつだろうか。重ね重ね。猫め。

    私の練習に付き合ってくれるうちに、フーシーの口笛も少し上達したらしい。弟に真似してみせたら好評だったんだと、どこか嬉しげにそんなことを話していた。
    時々、彼は一緒に暮らす仲間の妖精のことを教えてくれる。同じ場所で生まれ、ずっと共に暮らしてきたのだという仲間たち。今は近くの民家に住んでいるが、ほんとうの棲はもっと遠くの場所にあるということも、その時に初めて聞いた。
    (じゃあ、フーシーも人里に降りてきているの?)
    鶯も、人里に降りてくるのは春の最初だけだ。
    その問いにフーシーは一瞬はっとしたように目を開き、ややあって、そんなところだと小さな声で答えた。眼差しは、どこか遠くを見つめているようだった。本当に遠い場所にいるようだとも思った。ここではないどこか――その場所こそが、彼が生まれ育った場所なのだろうか。ここではない、別の土地。彼がいつか帰る場所。
    フーシーも鶯だったらよかったのにと、私はその時はじめてそう思った。そうしたら、春が終われば一緒に山に戻って、ずっと共に暮らせるのに。
    けれど鶯のように鳴けなくても、飛ぶための羽がなくても、いつも穏やかな気配を纏った彼の、その佇まいが好きだった。大地に根ざすように木の下で眠っている様子は、まるで何年も前からそこにいたようだと思ったし、肩にとまれば不思議と落ち着いた。話す声は静かで、人間のそれによく似ていたが不思議と煩さは少しもなかった。
    あたたかな場所の象徴のようだと、そんなふうに思っていたのだ。春に姿があるならば、きっとこのような形をしているのだろうと。


    「……ほきょ」
    「もっと自信もって」
    「ほきょぺっ」
    「うん、そっちの方が元気でいいぞ」
    「ㇹーーーーッ、…けぺぴちょ!!」
    「はは、今のは可愛いな」
    からからと肩を揺すって笑ったせいで、羽を休めていた頭が少し揺れた。羽ばたいて離れると、とまり木を作るように彼が腕を伸ばす。ゆるく握った拳に爪先を置いて、フーシーを見上げる。小春日和の青空が、紫の髪を透かしてよく見えた。
    短い春は、瞬く間に過ぎていく。出会ったころはまだ硬い蕾だった花も、今は殆どが満開を迎えている。
    妖精は、寿命の長い生き物だと聞いている。彼からすれば、それこそ花が咲き散るまでのような、一瞬の出来事だったのかもしれない。
    それでも、私はずっと覚えていた。
    生き物に好かれること。日向で眠るのが好きなこと。声がやさしくて、いつでも穏やかな笑みを浮かべていること。時々、さみしい顔をしていること。
    春に出会った。それ以外の彼は知らなかった。
    私がフーシーという妖精について知ったことは、それで全部だ。

    満開を過ぎた花たちが、散る間際の甘い香りを風に放つ。霞がかった山の向こうは朧気にうつくしい。冬の間じっと身を潜めていた動物や鳥もすっかり出てきて、山は俄に賑わいを見せている。
    地道に練習を続けた結果、私は何回かに一度、美しい声で鳴くことが出来るようになっていた。
    フーシーには、まだちゃんと聞かせたことはない。何故か分からないが、まだ早いと、どこか言い訳のようにそう思っていた。
    それから、気づいたことがもうひとつ。
    彼は実に根気よく応援してくれてはいたが、本当は、私が上手く鳴こうが愉快な音色を出そうが、どうだってよかったのだと思う。実際、何だってよかったのだろう。けれどそれは、決して彼が冷たく無責任という意味ではない。どんなふうに鳴いたって、フーシーがちゃんと耳をすませていたことを知っていた。下手だったり滑稽だったりするその声を、彼がいつも静かに聞いてくれていたことを、私はよく知っていた。
    ただ、それだけではなかったのだ。
    この山にいる他の鳥の声や、木々が揺れる音や、土に染み込む春の雨の音を、彼はここで聞いていたに違いなかった。
    フーシーはこの場所が好きだった。他の多くの生き物と同じように、ここで春の訪れを待っていたのだろう。


    「……春告鳥って知ってる?」
    ある日、彼はそう尋ねた。静かな声を頭上に聞きながら、私はその時、無心で木の実をつついていた。フーシーが土産に持ってきてくれたものだ。差し入れだと笑って、よく熟した赤い木の実を手のひらに出してくれる。
    「食べられるか?」
    好物だと私は伝えた。本当を言えば昆虫のほうが断然好きなのだったが、フーシーが土産に持ってきてくれたものだ、食べないわけがない。
    はるつげどり。その聞いた事がある響きに、明るく囀って頭を傾げる。
    「おまえたちの呼び名だよ。冬が終わる頃に里に降りて来るから、人がそう呼んでいた」
    あいつらは何にでも名前をつけるから。どこか突き放したような声でそう言ってから、でも、と続ける。でも、いい名前だと思ったよ。
    「……山から鳥が離れたら、里に降りてくることすらなくなるのにな」
    ひとりごとは、空気すら揺らさず消えていった。風が囁くような微かな声は、少しだけ寂しい色をしている。心配するように覗き込むと、彼はふと気づいたように顔をあげて、急いで笑みを作った。
    「今日は練習はいいのか?」
    今日はエネルギー補給の日なのだと真面目に伝えると、眉を下げてフーシーは笑った。そうか。そうだな、それも大事だ。たくさん食べろよ。
    「きっと、次に来るときはもっとうまくなってる」
    楽しみにしてるな。そう言って、どこか眩しそうに空を見た。
    よく晴れた、それは春の終わりだった。薄雲から零れる光が木漏れ日をつくり、散ったばかりの花弁に柔らかく影をその落としていた。春の風が、フーシーの髪を靡かせた。鮮やかな菫色。
    満開の花をつけた枝を、私はその時ふと思い出したのだ。
    それが、私がフーシーを見た最後だ。
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    rokuta456

    DONE夜行列車に乗るふたり。
    イベントで頒布した本「春の隅」の書き下ろし部分です。
    夜行列車ふと気がつくと、揺れる列車の中にいた。
    そもそもそこから妙だった。


    近頃の私の生活は、いたってごく静かなものであった。館の謹慎期間が明けても与えられた部屋から外に出ることは殆どなく、一日の大概をその部屋で過ごしていたからだ。
    インドアと言えばいくらか聞こえが良いが、ようは単なる引きこもりだ。自覚している。
    だが、別段閉じこもろうという強い意思があったわけでもない。元より兄弟分と違ってあちらこちら動き回るのは向かないたちで、おまけに、思ったより今の部屋は居心地が悪くなかったのだ。
    半ば厄介払いのように妖精会館管轄の牢を追い出されたのは二年前。しばらく監視下での生活を送った後に紆余曲折を経て選んだのが、今のワンルーム。窓が広く、光をよく集める、がらんどうの部屋。そこで日がな一日、特に何をするでもなく静かに過ごす。たまに仲間に呼ばれたら外に出て、買い物なんかをして、人間の店で、あるいは日当たりの良い公園で話をして、また家に戻る。私の暮らしぶりは、どこにいても変わらなかった。かつてはその場所が故郷の森で、今より少し賑やかで、そして少しだけ、暖かかった。違いといえば、そのくらいだと思っていた。私が一日中家にいようが外にいようが、誰と何をしていようが関係ない。
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