プロローグーごめんなさい。
誰も居ない真っ白な空間のどこからか、女性が謝る声が聞こえる。これは何度か見た事のある夢だ。
ーごめんなさい。
この声はどこかで聞いたことがある。優しくて懐かしい声。だけど何故かこの声を聞いていると嫌な気持ちになる。
ーごめんなさい。
そんな俺の気持ちなんて気にせず、謎の声は謝り続ける。この夢は見慣れているが声を聞いて陥るこの感覚…嫌な記憶を思い出させようとしてくるかのような感覚にはまだ慣れない。
ーごめんなさい。
思い出したくない。大嫌いなあの記憶。声が聞こえる度に少しずつ思い出してしまう。
ーごめんなさい。
もうこれ以上思い出したくない。なんでこんな思いしなきゃダメなの?俺は何もしてないのに…。
ーごめんなさい。
俺は余計な事を考えないように、好きなことを考える事にした。
そうだ、明日こそ遅刻せずに学校に行くんだ。そしたら友達と遊ぶ時間も増えるな。
ーごめんなさい。
声はまだ謝り続けている。だが耳を傾ける必要は無い。俺は引き続き、気を紛らわせる為の事を考える。
そういえば新しく異世界転生モノの漫画読みたいな。読んだことないやつあるか後で探すか!それか…俺が異世界いく!
そんな馬鹿なことを思った時、今まで「ごめんなさい」しか言わなかった声が別の事を初めて言い出した。
ー春馬…わタシは蜷帙r縺セ縺」縺ヲ縺k…
なんて言ったのかは分からなかったが、謝罪以外の事を言われたことが衝撃で別の事を考えるのを忘れてしまった。
「…えっとー、なんて言ったの?」
問いかけても、もうさっきと同じ事は言ってくれない。しかもまた謝罪を繰り返すだけに戻ってしまった。
ーごめんなさい。
俺は謝り続けるだけのこの声に苛立ち始めた。同じ事しか言わないからでは無い。話を聞いてくれないからでもない。ただ、もう黙って欲しい。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
イライラが増すのに合わせるかのように謝罪する頻度も上がってくる。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
…うるさい。もう謝るな。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
謝るな、うるさい、うるさい!
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
ーごめんなさい。
「謝るなって言ってるだろ!!!!!!!」
そう叫んだ途端、目が覚めた。
寝言でも叫んでいたんだろう、たしかに自分の声が聞こえて起きた気がする。寝起きの気分は最悪だ。
夏休みが明けてから約1週間経過したが、1度も遅刻せずに登校できたことがない。まだ少し寝ぼけつつ、目を擦りながら時計を見上げる。今日は学校があるというのに、昼休みくらいの時間に起きてしまった。なにか連絡がきてないかスマホを開くと、友人から何件もの着信とメッセージが届いていた。起こそうとしてくれたのだろう。
朝から電話をかけてくれていた友人の1人に電話を掛けながら学校に行く準備を始めた。
ーー♪♪
呼出音はほぼ鳴る隙なく、友人は電話に出てくれた。
『おい春馬、まさかお前今起きたんじゃないよな?』
不機嫌そうな俺の一番の友人、嶋崎叶汰の声が電話越しに聞こえる。昼食でも食べているのだろう、口に何か入れながら喋ってるように聞こえた。
「おはよ!さすが叶汰ぁ!大正解!ところで何食べ…」
『おはよ!じゃねぇよ!次は絶対遅刻しないって言ったのどこの誰だよ!?!?!』
突然の大声についスマホを耳から離してしまった。
…叶汰そんな声出るんや。
「ご、ごめん…でも今から学校行くしさ?行かないよりマシでしょ?許して欲しいなぁ…」
そう言うと、叶汰は少し間をあけてから大きくため息をつく。
『はぁぁ…じゃ明日からは家まで行って起こしてやる。』
「え!?朝から遊びに来てくれるってこと!?やったぁぁ!!」
『ちげーよバーカ。』
そんな話をしながら野田春馬は学校に行く準備を終わらせ、たこ焼きの入ったクソデカおにぎりを片手に持ち、いつもと変わらない日常をおくるため、学校へと向かった。