待人「暑いよ叶汰ーッ!」
「暑いならくっつくな!」
「暑くなかったら良いんだな!?」
「知らん!どけ!」
体育の授業が終わり、春馬と叶汰は制服に着替えている最中だ。気温が高いうえに運動後のせいか2人とも、というかその場にいる全員の体温は上がっている。そのおかげか更衣室は外や廊下よりも熱気がたまって暑く感じる。だらだらと着替えていると、外から扉を勢いよく開けられた。
「ぁんだ鍵開いてんじゃねぇか…チッ、早く着替えてくんねー?次使うんだけど。」
扉を開けた正体は先輩である拓海だった。「次使う」と言う割に着替えを持っていない。よく見ると拓海の後ろにいる友達らしき男子生徒に持たせているようだ。
「春馬ぁ、おめぇが一番遅ぇぞ」
「すいやせーん……俺しか知らんだけじゃん」
「おいなんか言ったか」
「なんでもないっす!!!」
拓海に急かされたおかげで春馬は素早く制服に着替え、脱いだ服を片付けてる途中の叶汰を無理矢理引っ張って更衣室を出ると、走って教室へ向かって行った。
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春馬たちが学校へ行き、リムは客人の対応をしているせいか、いつもバタバタしている廊下は不自然なくらい静まっている。そんな中、シュアンの小さな足音と掠れた鼻歌が微かに響いている。悲しげな声色で歌われるその曲は、彼が幼い頃よく母親に歌ってもらっていたコサックの子守唄というロシア民謡だった。
「なんか歌ってるー!珍しいね!なんて歌ー!?」
どこから現れたのか、エリフィナが飛び出してきた。
「……ロシアの…やつ、名前は知らない…」
「ロシアってなにー!?」
「……えと………僕は…詳しくない、から…!」
そう言い残してシュアンは逃げるようにリムの部屋へ行こうと階段を駆け上がって行った。リムの部屋の扉を開けると、丁度用が済んだ様子の客人が2人出てきて、そのうちの1人と勢いよくぶつかった。
「!…ごめんなさ…」
「おや、この前の子じゃないか」
シュアンが顔を上げるとそこには雅楽と絢斗の姿があった。
「まだお父さんはお迎えに来てないのかい」
雅楽はわざとらしく嫌な笑顔をシュアンとリムに向けた。
「子供をいじめるのは辞めてあげてくれないか〜?大人気ないよ」
「いじめてるつもりは無いさ、気になった事を聞いただけだよ?そうだ、それと…」
雅楽はしゃがんで、ぶつかった衝撃で転んでしまったシュアンを立たせて、追い討ちをかけるかのようにそっと囁いた。
「はやく、“お兄ちゃん”も見つかるといいねぇ」
「まーつーゆーきーうーたーくーん?」
冗談っぽく雅楽を止めるリムは真面目な目をしていた。
「悪かった悪かった…そうだ、私らが来た事はそのガキ以外にバレないように頼むよ。特に彼が居たことが“あの子”に気付かれると面倒だ」
“彼”と呼ばれた絢斗は、雅楽の少し後ろで気だるげに頷いた。
「最後まで面倒な人たちだなぁ〜」
「おいカラス!雅楽様に向かっ」
「怖いよアヤちゃ〜ん ^^」
馬鹿にするような態度で、リムは絢斗の言葉を遮った。絢斗はまだ何か言い返そうと悔しそうな表情をしているが、雅楽にも止められた。
「黙ろうね桐野江くん」
「はい」
雅楽は絢斗に荷物を持たせ、一瞬シュアンの方を見てから何も無かったかのように、ただ嫌な雰囲気だけを残して帰って行った。
「はぁ…ごめんねシュアン、何かあった?」
シュアンは何も答えないで下を向いた。雅楽に言われたことを気にしているようだ。
「…お父さん、くるよね…?」
「あぁ来るさ、約束したんだろ?」
下を向いたままクマのぬいぐるみを強く抱きしめながら頷いた。震える手の罅(ひび)が小さく軋むような音を立てながら開き、その隙間から小さな赤い花が顔を出した。
「あぁまた花が増えたね…おいで、薬を打たないと」
「…うん……」
部屋の扉を閉め、リムは室内の椅子にシュアンを座らせた。シュアンは慣れた様子で薬をうつためにぬいぐるみを置き、袖を捲って薬の準備が終わるのを待っている。
「…お父さん、レオンも迎えに行くって言ってた。だから今、僕を迎えに来れないのは…レオンを探してるんだと思うの…」
「うん…そうだね」
リムは返事をしてみたが、シュアンはリムの返事に気付いておらず、自分に言い聞かせてるようだった。
「よし、シュアン腕出して」
「ん」
細くて長い針が小さな腕に刺さっていく。普通なら少し痛むくらいだが、シュアンは病気の影響で痛みを感じにくく、針が刺さった程度だと何も感じない。そのおかげで注射くらいは楽に済ますことが出来るが、怪我をしても気付くことが出来ないのが少々不便だ。
「…僕、そういえば薬のためにここ来たの」
「自分で体の異常に気づけたのかい!偉いじゃないか!!!」
「……声、おおきい…」
シュアンはリムの撫でようとする手をよけながら椅子をおりた。
「…薬、ありがと…またくる……」
お礼を言いながらシュアンはぬいぐるみで手を振って部屋をそっと出ていった。
リムはシュアンを見送って、薬品を片付けた。
「は〜…レオンねぇ……」
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(あと30分…もうすぐ帰れる…頑張れ俺、頑張れ春馬…!)
この日最後の授業、歴史を受ける春馬は眠気に襲われていた。
(マジで、ほんとマジで。なんで俺の知ってる歴史と全然違うの?どの歴史も知らないけども!!こんなに知らんこと他に無いってくらい知らん!なにこれェ!!!)
真面目に授業を受けようにも、苦手すぎる故か教科書の文字を見るだけで眠くなるようだ。教室中をキョロキョロしたり窓の外を見たりして誤魔化しているが意味がないようで、ついには居眠りし始めた。
(あれ、ここどこ…?)
いつの間にか、夏だと言うのに雪と桜が舞う神社のような場所にいた。
『またきたの?』
突然少年のような声がした。声の方を見ると少し背が小さい、狐の耳と尻尾が生えていて、鼻と口だけを覆う狐の口の形をしたマスクのような仮面をつけた少年が鬱陶しそうな顔で立っていた。そして春馬に対しての言葉かと思っていた問いかけは、春馬の後ろにいた桃色の髪の女性…春馬の姉、華澄に対しての問いかけだった。
(またこいつが出る夢か…)
『嫌そうな声色の割にどこか嬉しいって感情の匂いがしたよ』
『…はぁ、今日は何しにきたの』
狐の少年は諦めたかのように華澄に手を差し出した。華澄がその手をとると、境内までゆっくり歩き出した。
『今日は貴方の名前が決まったからそれを伝えに来たの』
『名前…いらないって言ったじゃん』
『もう、そんな事言わないでちょうだい?頑張って考えたんだからっ』
華澄がまるで子供のように頬を膨らませた。明るく話す様子、少し怒ったような顔、華澄のそんな姿を春馬は弟だというのにこの時初めて見た。
『もういい、勝手に何とでも呼べばいいよ』
『そのつもりよ〜っ今日から貴方の名前は狐春(こはる)!狐さんだから〜っていうのと、勝手ながら私の弟の名前から少し取らせて貰っちゃった』
由来を言われても本人はどうでも良さそうにあくびをしている。
『も〜聞いてる〜?』
「おい春馬!聞いてるか!」
「ゔぇ…」
居眠りからさめると、授業終了の号令がかけられていた。慌てて立ち上がって挨拶をすると同時にチャイムが鳴った。
「野田ちゃん相変わらずの歴史アレルギーでめっちゃ笑ったわーw」
「だっろ〜?」
クラスメイトにからかわれて春馬は何故か誇らしげな顔をした。
「褒めてないわwまた明日ー」
「おう〜!叶汰ー!俺らも帰ろー!!」
教科書を机の中へ乱雑に突っ込み、スマホと鞄だけを持って叶汰の席にばたばた駆ける。
「馬鹿、早いよ」
「馬鹿とか言うなよ春馬くん傷付いちゃう!!」
「そんなお豆腐メンタルじゃないだろ」
叶汰は少し強めに春馬の頬をつまんで引っ張った。
「痛い痛い痛い!ごめん!待つ!待つから!」
春馬は叶汰が帰りの準備をしている間、他の友人と話したりSNSを見たりして時間を潰した。
叶汰の準備が終わり玄関に行くと、拓海が待っていたのか軽く手を振ってきた。
「よぉ」
そう言いながら右手をあげる拓海の後ろかひょこっとりこが顔を出した。
「帰りはりこちゃんも一緒に帰っちゃうよお〜♪♪」
ふわふわした動きで1人楽しそうにしている。
「帰んのはいーけどお前らクソカラスに言われてたことやったのかよ」
「「 あ 。」」
叶汰も春馬も、リムから学校にもう少し異変が無かったか教師に確認するように言われていた事を忘れていた。
「そのことなのだが〜〜!!」
りこが元気よく拓海に飛び乗った。
「このりこちゃんがやっちゃったのだ〜!これを可愛い可愛い春馬くんへ授けよう〜♪」
「うわ!あざます!命が助かりました!」
もっと褒めてほしそうな顔をしてるりこに乗られてる拓海は面倒くさそうにそのまま背負った。
「やってあんならさっさと帰んぞ、ねみぃ」
「わあい おんぶだ〜♪」
「落とすぞ」
「やだ〜♪」
そう話しながら上履きのままの春馬たちのことを置いて外に出ていった。
春馬と叶汰は急いで靴に履き替えて拓海とりこを追った。
………………………………………………………………………
「やあやあみんな!おかえり!!!学校はどうだった?!体育ちゃんとサボらずに出たかい!?歴史の授業は寝ずに居られたかい!?!」
「うっせぇカス」
「ンやだぁ…拓ちゃん言葉つよォい!!!」
質問攻めしてくるリムを拓海は強い口調で黙らせようとしたが、更にリムの声量は上がり、何故か少しオネエ口調になった。
「きめぇ」
「あーあ!リム院長泣いちゃったー!!!!!」
「チッ…」
(諦めたなあの人)
リムと拓海のやりとりを見ながら春馬はりこに渡された、教員たちに学校での異常について聞いたことがまとめられたノートを鞄から取り出した。
「あのこれ!頼まれたやつなんすけど」
「りこちゃんがやりたくなったからりこぴんがやっちゃったんだよお〜♪」
すかさずりこが褒めて欲しそうにリムの目の前まで出てきた。
「おぉありがとうねりこ〜!春馬くん達も一緒に今度りこにお礼なんかしようね」
リムはノートを受け取ると拓海に何か話があるようで、拓海とどこかへ行った。それと同時に全員解散して、それぞれ晩御飯を食べたりお風呂に入ったり、自分のしたいことをすることになった。
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「…Спи, младенец мой прекрасный ♪」
シュアンは拓海の帰りを待ちながら、またあの歌を歌っていた。
「Баюшки-баю ♪」
歌詞の意味も知らないまま、家族4人で暮らしていた日々を思い出しながら口遊む。
「Тихо смотрит месяц ясный В колыбель твою…」
そこまで歌うと、突然息が詰まったかのように激しく咳き込み始めた。口からは血と共に身体中に咲いている小さな花や、鋭いトゲの生えた薔薇の花が出ている。
(くるしい、寂しいと思った日は、いつもこうなる、いたい…もういやだ)
止めたくても止まってなんかくれない。薬は体に花が咲く事は止めることはできるか、突然吐き出してしまうこの症状は止めることが出来ない。
(怖い、お父さんがいないと、お母さんがいないと、レオンがいないと。拓海がいないと、このからだで生きるのが、こわい、くるしい)
「シュアン?!」
やっと帰ってきた拓海が慌ててシュアンを抱えてムーアのいる部屋まで走った。
その途中何人か心配そうに声をかけてくる人がいたのにも気づかないくらい必死になっていた。
「ムーア!はやくシュアンを診てくれ!」
「は、吐いちゃうのは止めれないですよ!全部吐き出させないと窒息しちゃいます!」
ムーアは吐き気を促すように首元を軽く押したり背中を撫でたり軽く叩いたりした。
「苦しくても頑張ってください…!止めたら死んじゃいます!」
喉には大きな花がいくつも詰まってるようで上手く吐き出せなそうだ。
「もう無理矢理引っ張るしかないです、いいですか?」
「なんでもいいから早くやれ!」
「あああもうっアナタのその頼み方は相変わらずムカつきますが今はそれどころじゃないですね!」
なんとかムーアと拓海がシュアンの喉に詰まったトゲだらけの花たちを引っ張り出して窒息は免れたが、喉や口の中は傷だらけになってしまった。
「……血の味する」
「ごめんなさい…痛いですよね」
ムーアがそう聞くとシュアンは首を横に振ってから拓海の後ろに隠れて顔だけ出してムーアを見た。
「…ふたりに…心配かけた、ごめんなさい…」
「良いんですよ、沢山心配かけてください!」
「それは違ぇだろ。吐いたやつ片付けるぞ」
ムーアと拓海が散らばった花弁や葉っぱを拾い集め始めると、シュアンもそれを真似した。
「お前は先に帰って寝てろ」
「……嫌…」
「お?珍しいですね」
嫌がった事に驚く2人の手が止まってるのをよそにシュアンは黙々と花をかき集めている。
「…僕は、居ても役にたたないの…?」
「そんな訳ねぇだろよし頑張ろうなシュアン」
「でたショタコン…」
「聞こえてんぞクソウサギ」
(否定しないのね?)
出来るだけシュアンの身体に負担がかからないように3人で掃除した。拓海たちの手伝いが出来たのが嬉しいのか、シュアンはどこか満足そうな表情をしていた。
………………………………………………………………………
「ぉっ……!ゔっ…は…っクソ!」
「うんうんいい吐きっぷり〜」
雅楽はレオンが病の症状で花や肉片を吐き出す様子を面白がっている。
「きったね、いやお前の虫よりは汚くないか」
「私は同等だと思うけどね」
「フンッ、汚い自覚があってなによりだね!」
乱れた服装を整えながら吐き出した肉片を踏み潰す。踏まれて破裂した塊の中からは紫色の花弁が散った。
「てか何にしたんだよ虫野郎」
「あぁそういえば用があったんだったね、君が面白くて忘れてたよ」
座っていたテーブルから降りて雅楽はゆっくりレオンに近づく。
「君は自分の弟の事をおぼえてるかい?」
「は?弟ォ〜?」
「その様子じゃ知らないようだね。私の気の所為だったみたいだ、気にしないでくれ」
それだけ言って雅楽はにやりと笑いながら帰って行った。
「…やっぱ変な奴だなアイツ」
………………………………………………………………………
「狐春…」
狐の少年は1人でそう呟いた。
顔にも声にも感情が乗っていないが、少しだけ嬉しそうに尻尾を揺らしている。
「…悪くない無い、と思う」
仮面を外して和菓子を頬張りながら、鳥居をみて微笑んだ。
「ありがとう、名前くれて…って次来た時、言おう…」
狐の少年、狐春は仮面を再びつけて、制限された行動範囲をまた彷徨う。
𓆛𓆜𓆝𓆞𓆟𓆛𓆜𓆝𓆞𓆟𓆛𓆜𓆝𓆞
【書いてるだけの人のくそみたいな言葉】
寂しいと症状悪化しちゃうのさ、シュアンくんの場合無自覚なメンヘラみたいでクソ可愛くない?俺こいつ大好き結婚したい。
あとちゃんと病人らしく苦しそうにしてて可愛いねえお大事にしろhshs((殴
※誤字脱字の確認してないのであったら教えて下さい。