見慣れたはずの知らない街強い日差しを浴びながら、春馬は遅刻してるにも関わらずゆっくりと学校に向かっている。家から学校まではそう遠くなく、歩いて10分程度で着く距離なのでそんなに急ぐ必要は無い。だが一番日差しの強い時間帯なのでかなり暑い。暑さで自然と歩く速度が遅くなってしまう春馬に、繋げっぱなしだった電話から叶汰が急かすように話しかけてくる。
『午後の授業開始まであと15分だけど、ちゃんと急いでる?』
「急いでるつもり…。外暑すぎて体動かしたくないよぉ…。」
今とおっている学校までの近道である住宅街の通路には、この時間帯に日陰のできる場所がない。休憩しようにも暑い場所にただ突っ立っていることくらいしか出来ない為、休憩せずに進んだ方がマシだ。
『俺よりは体力あるんだから頑張れよ…。あ、あと14分。』
分刻みに時間を伝えてくるせいで余計急がされている気になる。そのせいでやけくそになった春馬は、突然走り出した。
「熱中症なって倒れたら叶汰が急かしたせいだからな!」
『ならんように水持って玄関で待つから安心しろ。』
「玄関で待つの?犬?」
『殺す。』
しばらく走っていると、突然電話から叶汰では無い大勢の人の声が聞こえた。
『“…つ………に…び…り………た!”』
電話越しのせいでプツプツと音が切れて聞き取れなかったが確かになにか叫んでいた。
「人うっさいけど、なんかあった?」
『現場見てないしイヤホン両耳につけてたからほぼ聞こえんかった。』
興味無さそうに返しながら食べ終わった物を片付ける音が聞こえた。飲み物を飲んだあと、叶汰は言葉を続ける。
『つーかまだ走ってたりすんの?あと9分だけど。』
「もうほぼ着いた!玄関来といて、死ぬぅ…!」
『はっやキモ。』
なんか酷いこと言われてるけど、疲れてそれどころでは無い春馬の耳には届かなかった。(良かったね)
一旦電話を切り玄関で合流すると、それと同時にもうすぐ授業が始まるというのに怯えたような顔をした隣のクラスの生徒が何人か外に出ていこうとした。
「みんなどうしたん?」
呑気に春馬が声をかけると全員が立ち止まり、その中の一人が話し始めた。
「…見間違いかもしれないけど……見たんだ…。」
なにを?と聞き返そうとする間もなく、話を続けられる。
「お前は見ない方がいい……。まさか本当にやるとは…思わなかったんだ……。俺たちのせいだ…俺たちの…。」
そう言って話してくれた生徒は逃げるかのように出ていった。それに続いて他の数人も同じように去っていく。
「アイツらのあんな顔初めて見たなー…。」
いつの間にか春馬の後ろに隠れていた叶汰がボソッと呟く。
「叶汰、あの人たちのこと知ってんの?」
そう聞くと、叶汰は少し嫌そうな顔で水の入ったペットボトルを春馬に渡しながら答える。
「気に入らない人が居たら不登校になるまで相手を虐めるって有名な奴ら。教師にも手が付けられないらしい…。」
絶対絡まれたくないタイプ…と呟いた後、立ち止まったままの春馬の腕を引っ張って教室に向かう。
春馬と叶汰のクラス、2年3組は4階にある。つまり春馬はほぼ体力が残っていないが階段をいくつも登らなくてはならない。何とか叶汰に支えられながら登っていくが、あと少しで4階だと言うところで授業開始のチャイムが鳴る。間に合わなかったから叶汰が怒る…と思ったがそんな事はなかった。
「…別にもう急かしたりしないから、そんな申し訳なさそうにこっち見んな。」
恥ずかしそうにそう言うと、叶汰は少し赤くなった顔を片手で隠しながら、もう片方の手を階段でまた立ち止まった春馬に差し出す。
「…もう少しだから、頑張れ。」
返事する元気が無い春馬は、差し出された手をありがたく使って階段を登りきった。段差が無いだけで体力が回復した春馬は、余裕が出来たので玄関で会った人達のクラス2年2組で何があったのか気になり、前を通る時覗いてみることにした。見てみると、授業が始まっているのに先生も来てないし生徒たちのほとんどが窓から下を覗いていた。しかも誰一人として一言も発さない。少し不気味に感じる。それに気付いてないのか見ないようにしているのか叶汰は気にした様子は無く、そのまま自分たちの教室に入った。自分たちのクラスには特に変わった様子は、あるはずだった授業が自習になってる事くらいしかなかった。
「あれ?叶汰〜?授業あるんじゃなかったの?」
授業があるからと叶汰に急かされて頑張って走って来たのに、授業が無い事を不満に思った春馬が叶汰を冗談っぽく睨みつける。すると別の友人が代わりに答えてくれる。
「なんか急に教員全員集められることになったらしいよ。」
叶汰が春馬を迎えに行ってる間に担任から伝えられたのだろう。放送で伝えれば良かったのに。
「ふーんなるほど、叶汰ごめん★」
謝る気無いだろ、と背中を割と強めに叩かれた。
席について適当に教科書を出していると、春馬の隣の席の女子生徒が春馬に話しかける。
「野田くん、今日もヘアピンいる?」
この子はいつも春馬の前髪のピンを貸してくれる子だ。
「助かる〜!まじありがと!そういえば隣のクラス、なんか不気味なんだけど何かあったの?」
すると答えにくそうに少し首を傾げながら困ったような苦笑いをされた。
「お隣さん怖くてよく知らないから…でもたしかにお昼凄い叫び声聞こえたよ。」
「なんて叫んでたの?」
怯えるような顔で間をあけてからゆっくり口を開く。
「……“あいつ、本当に飛び降りやがった”って…多分誰か自殺したのかもしれない…。」
それを聞いたクラスの全員の表情が強ばった。
「…でもそれなら警察とかが来るはずでしょ。」
普段クラス全員に注目されるのが苦手で発言をしない叶汰が口を挟んだ。…珍し。
「それが飛び降りた痕も遺体も残ってないから通報しても状況説明したら信じて貰えないの。」
そう言いながら良いタイミングで担任教師の山中先生が入ってきた。
「それで最初聞いた時私もみんなが嘘ついてるのかと思ったんだけど、あまりに目撃情報が多くて…。警察に連絡しても信じて貰えないし…もうどうすればいいのよ…。」
何か思いついたように春馬が突然口を開く。
「飛び降りた人って教室から飛び降りたの?」
突然の質問に少し困惑する素振りを一瞬見せつつ、先生は冷静に答える。
「多分屋上からって聞いたわ、ちょうど隣の2組に見えるような位置で飛び降りたって…。」
なるほど、とニヤつきトイレに行くと嘘をついて春馬は屋上へと向かった。
「…先生、少し嫌な予感がするので僕ちょっと春馬について行きます。」
春馬の行動を察した叶汰は先生の返答を待つことなく、春馬にバレないようについて行った。
屋上に着くと、春馬は教室の位置を確認する為に身をフェンスから乗り出して下を見ていた。2年2組の位置がわかったら、多分こいつは飛び降りる。そう思った叶汰は屋上の扉を勢い良くあけて春馬を止めた。
「春馬!!お前どういうつもりだ!!!」
驚いた様子で春馬が振り向く。すると春馬は満面の笑みで喋り出す。
「飛び降りた目撃情報がめっちゃあってさ、遺体が見つからないってつまり死んでないってことじゃん?てことは…」
喋りながら背の低いフェンスに足を組みながら腰掛けて、自信満々に両手を広げる。
「その飛び降りた人は偶然異世界行ったんだよ!!」
ドヤ顔で訳の分からない事を言う春馬を叶汰は唖然として見つめる。
「ふふん、俺天才だろ!てことで、俺も行ってくるわ!」
フェンスの外側にひょいっと移動し、春馬は飛び降りようとする。
「待て!やめろ!!!」
叶汰が必死で止めようとするのを見ながら春馬は笑顔で後ろに倒れかける。落ちる前に引っ張りあげようと春馬のそばまで必死に走る。するとフェンスを越えようとした時、片足を引っかけてしまい春馬を下敷きにする形で2人一緒に落ちていった。_____
ー春馬…。
あの夢で聞いた事のある優しい女性の声が聞こえる。
ー春馬…やット…。
いつもは謝られるだけのあの夢。今回は何か俺に話しかけてきている。
ーヤッと…会ェルね…。
やっと会える…?
ーわタシは…ズット蜷帙r蠕▲縺ヲ縺◆
だんだん何を言っているのかが分からなくなってきた。それと同時に、これは夢のはずなのにとても眠たくなってきた。
ー縺ッ繧¥遘√r隕九▽縺代※
もう完全に何を言っているのかがわからなくなった時、俺は夢の中で眠ってしまっていた。
目を覚ますと辺りはすっかり夜になっており、人が誰もいない。普段通っている学校のグラウンド前の通路に春馬は寝転がっていた。体の上に温かさと重みを感じ、見てみると眠っている叶汰が居た。春馬は自分の体だけを起こし、叶汰を抱えたままさっきまで見てた夢と眠ってしまう前何をしていたのかを冷静に思い出そうとする。
「そうか…俺屋上から飛び降りて…。」
小声で呟くと、眠っていた叶汰が目をひらいた。
「おはよう叶汰、もう夜だぜ!」
寝起きで頭が冴えてなさそうな叶汰が寝ぼけた様子で眼鏡を外して目を擦る。
「…ぉはよう……あれ…ここがっこう……ぅぅ…さむい…。」
眠たそうな叶汰の頭を軽く撫で、春馬は今がどういう状況なのか説明をする。
「叶汰、俺たち屋上から落ちたのは覚えてる?あの高さから落ちたのに今生きてるし怪我ひとつしてない、つまりこれはほんとに異世界に来れたのでは!?と思うわけさ!」
だんだん興奮で大きくなっていく春馬の声で目が覚めた叶汰は冷静に辺りを見渡す。
「確かにこの位置は飛び降りたとこのちょうど下だろうな…って!ご、ごめんっっ!!」
自分が春馬の上に座っていた事にやっと気がつき、急いで退き何も無かったかのように話を逸らそうと話題を考え始める。その様子を見て春馬は笑いそうになるのを我慢する。
「笑うなよ…。で、これからどうすんだよ。」
不服そうな顔で話題を切り替える。
「うーん、見た感じ場所は変わってないっぽいよね〜。」
そう言って少しの沈黙の時間ができた。
ーー♪♪
どうするか考えていると、叶汰のスマホに何かメッセージが届いた。母親からだ。
{もう夜遅いけど、晩御飯どうする?
いつもと変わらないごく普通のメッセージだった。
「春馬、晩飯どっかで食ってく?」
“晩飯”という言葉を聞いた瞬間、春馬のお腹の音が鳴った。
「食べよ!!!」
地べたに座りっぱなしだった春馬が勢いよく立ち上がり、校内に入ろうとする。
「待て待て、なんで入るんだよ。」
「へ?なんでって荷物教室に置きっぱじゃん。取り行こ!」
確かに、と春馬の意見を飲み夜の学校内に入ることにした。
校内は電気が廊下も教室もついておらず真っ暗だ。スマホの光を頼りに自分たちの教室を探す。
「なんか肝試しみたいで楽しいな。」
いつも通り楽しそうな春馬。それをよそに叶汰は怖いのか周りをキョロキョロと見渡している。
「春馬…一応夜は学校入ったら駄目なんだからな…もし先生に見つかったら怒られるぞ…。」
「誰だ。」
言ったそばから春馬でも叶汰でもない誰かの声が後ろから聞こえた。恐る恐る振り返るとそこには、1年先輩の巫 拓海(カンナギタクミ)がいた。
「なんだおめぇら。なんでここにいんの。」
赤色の鋭い瞳で2人を睨み付けながらゆっくり近付いてくる。圧力に負け、思わず後ずさってしまう。
「俺たちは…その…忘れ物を取りに来て…。」
いつも元気な春馬でもその圧に負けて視線を逸らしながら話す。
「は?忘れ物?思い出すの遅すぎだろ。休校になってから3日目だぞ。」
「え?休校中なんですか?」
そう聞くと呆れ顔(怖い)で更に近づいてきた。
「馬鹿にも程があるだろ春馬。今この学校は危険区域なんだ。お前らみたいなただの記録員共が来るような場所じゃない。」
そう言うと拓海は後ろを振り返った。振り返った方向から走るような足音が聞こえる。その足音の正体より、拓海から生えている尻尾のようなものが先に目に付いた。尻尾のようなものは、足音の正体が見えるようになるにつれて少しずつ揺れが大きくなる。
「何見てやがる。」
「す、すみません…。」
視線に気がついた拓海が春馬と叶汰を一瞬睨み、足音の方にすぐ目線を戻す。だんだん足音はゆっくりになっていき、3人の目の前で走っていたその人は立ち止まった。紫がかった白い長髪の小柄な少年だ。よく見ると顔や手に赤色の小さい花が咲いている。
「……今日は安全…。」
と、一言言い、春馬と叶汰を見て拓海の後ろに隠れる。
「そうか、お疲れ様。」
拓海が少年の手を握りながら春馬たちの方を見る。
「お前ら、こいつの会うのは初めてだろ。」
はい初めてですあなたの尻尾とも!と思いながら2人同時に頷く。後ろに隠れた少年に顔だけ出させ、紹介してくれる。
「こいつはシュアン。監察官と情報処理の担当をしてたけど最近戦闘員になって外に出るようになった。人見知りだけど春馬と違って覚えがいい天才だ。」
拓海の後ろから小声でよろしく、と一言。自分たちが色々知っている前提で話されて頭が追いつかないが、一旦飲み込んだ方がいい。
「シュアンさん、よろしくお願いします。」
叶汰が丁寧に挨拶をする。
「…うん。」
本当に人見知りなのだろう。一切顔を出さずに返事が返ってきた。
「俺もよろしく!!」
春馬は元気に挨拶をしたが、何も返ってこなかった。…嫌われてる?どうでも良さそうに挨拶を交わすのを眺めてた拓海が思い出したかのように、さっきまでしてた話の続きを切り出す。
「んで、忘れもんだっけ。今日は安全らしいけど一応ついて行ってやる。」
上から目線で少し腹が立つが、動物の尻尾が生えた人と植物が体から生えてる人がいるくらいだから何が起こってもおかしくない。春馬と叶汰は現実では有り得ない物を目の当たりにし、ほんの少しの恐怖をおぼえた。拓海とシュアンに護衛を任せて安全に荷物を取りに行くことになった。
何事もなく、教室に着くことができた。教室に入り、電気を付けると荒らされたあとのような光景が目に入った。
「あー、そういえば昨日アイツらが出たのここだったな。」
拓海がつまらなそうにボロボロになった教室を眺めている。……荷物は無事に残っているだろうか…。春馬は自分のロッカー(だった物)を開けようとするが、曲がっていて開けることが出来ない。
「…叶汰どうしよ、開かねぇ。」
「こっちも…。」
その様子を見ていたシュアンが静かに2人のロッカーの前に立ち、手から生えている植物をまるで触手のように動かし始めた。小さかった赤い花は大きな薔薇になり、茎にはさっきまでなかった鋭利なトゲがついている。そのトゲを更に変形させ、ナイフのような形になったかと思えば、2人分のロッカーの扉を切り壊して開けてくれた。
「…あいた。トゲに近づくの、危ない。」
シュアンが扉を開くと、ナイフからトゲに、トゲから何も無い茎に、薔薇から小さい花に、しゅるしゅると逆再生のように戻っていく。
「あ、ありがとう…。」
開いたロッカーの中には、入れっぱなしにされたカバンと、見慣れない緑色のノートが入っていた。ノートの表紙には「記録」とだけ書いてある。中を見るとびっしりと病気や薬、危険区域のメモが書いてあった。これがあれば、この世界のことが分かる。
「忘れもんはあったか。」
眠たそうに欠伸をしながら拓海が問いかけてきた。
「はい、ありました。わざわざ護衛していただきありがとうございました。」
「外も危ねーから早く帰れよ、外まで見送る。」
そしてまた護衛を任せながら校舎の外まで出た。
学校から出ると、突然また春馬の腹の虫が鳴いた。
「そういえば飯のためにこれ取りに行ったんだったな、へへ」
記録帳を見つけた喜びで自分の空腹を忘れていた春馬がニコッと笑う。時刻は午後8時を過ぎていた。
「どこで食う?いつものファストフード店でいい?」
なんでも食える!とまたお腹を鳴らしながらはしゃいで商店街に足を踏み入れると、建物等は変わっていないが、そこにはシュアンのように体から花が咲いている人、拓海のように体の一部が動物のようになっている人、それ以外にも沢山体に異常のある者が大量にいた。見慣れたはずのこの街は、知らない街になっていた。