いっぱい食べる君が好き「奇遇だな、清河卿」
「……あれ、周瑜さん!こんな所で会うなんて!」
新作の団子が出たと聞いて、清河卿は昼下がりに街の茶屋を訪れていた。星辰や銀屏を誘わなかった訳では無かったが、偶然にも予定が合わず……久々の休日は一人で満喫する事になりそうだと思っていた矢先に後ろから肩をぽん、と叩かれたのだ。
「お待たせ致しました、新作の団子です。淹れ立ての茶と共にお召し上がりください」
「わ~!絶対に美味しいですよ、周瑜さん!……本当に相席して良かったんですか?」
「逆に何故駄目だと思うんだ?」
「ええ、と……だって予約をとっていたのは周瑜さんですし、折角の休日を邪魔するわけにもいかないので」
「折角の休日に清河卿と話せるのであれば、それほど素晴らしい事もないだろう」
清河卿は思わず飲んでいた茶を吹き出しそうになり、ゴホゴホと咳き込む。机を挟んで向かい合っている周瑜はといえばその様子を興味深そうに見つめて来るものだから、何だか気まずくなった清河卿は手拭いでさっさと口の端から垂れた茶を拭ってしまう。今日の周瑜はやけに饒舌で、普段よりもずっと穏やかだ。
「いただきます、」
一皿に二本。新作の小豆をかけたという団子を一口頬張れば、途端に香る甘い匂い。餅の弾力はしっかりとしていて、その分小豆の柔らかさと溶けあう様な見事な味わいだ。食べに来て良かったと追加で一皿頼もうとすれば、その手を周瑜が押し留める。見れば、周瑜は自分の皿を清河卿へと差し出しているではないか。
「ちょ……流石に受け取れないですって!周瑜さんが頼んだ団子ですから!」
「気にするような事ではない。それに、元来私は甘いものをあまり好まない」
「え、じゃあ何で頼んだんですか?」
「まだ分からないのか?」
問い詰めるような台詞に反して、周瑜の表情は酷く穏やかだ。清河卿は自分の空っぽになった皿と、周瑜が口をつけようとしなかった皿とを見比べて「あ、」と声を漏らす。
「もしかして、ですけど……周瑜さん、最初から私が追加で頼むことを見越してたんですか!?」
「はは、やっと気付いたか清河卿。遠慮せずに食べると良い」
「私の事、やっぱり食いしん坊だと思ってるんですね。よく分かりましたよ……」
「そう拗ねるな。清河卿、食べないのか?」
「食べ!ます!」
清河卿は押し出された皿を引き寄せて、団子の串を掴んだ。対面で何事も無かったように茶を啜っている周瑜に、どうして今日は此処まで優しくしてくれるんだろうかとやや不思議そうに視線を投げかければ、ぱちりと目が合う。勿論直接「どうしてこんなに優しいんですか」と聞こうものなら「いつも優しいだろう?」と恐ろしい程に綺麗な笑みを返されるだろうから、その言葉は団子と一緒に飲み込んだ。
「……一本食べ終えてから言うのも何ですけど、本当に食べなくて良いんですか?」
「ふむ……清河卿は私にも団子を食べて欲しいのか」
「だってこんなに美味しいのに、食べないなんて損しちゃいますよ」
「では、一口だけ頂こうか」
「それが良いと思いま──え、一口?」
一本じゃなくて一口ですか?
そう清河卿が問いかけたのが先か、周瑜が動くのが先か。二本目の串を持っている清河卿の手を掴んで、周瑜は団子を一口齧った。ちかちかと星が瞬くように周瑜の紫がかった青い瞳と見つめ合う。ふ、と綻んだ表情は今まで見て来た中で一番優しかった。
「馳走になった」
「……は、はい?お粗末様でした……?」
言ってくれたら取り分けたのに、と頭に軽く10個は疑問符が浮かびそうな顔で戸惑いながら、清河卿は残りの団子を齧る。その様を何処か残念そうに見つめながら、周瑜は湯呑に残っている茶を冷めないうちにと飲み干した。此処までしても尚気付かないその鈍感さは時にありがたいこともあれば、少しだけ憎たらしい事もある。
「顔色一つ変えない、か」
「なにかいいまひた?(何か言いました?)」
「何でもない。清河卿、この後は空いているか?」
「この後は……今日は多分、夜まで暇ですよ」
「ならば、共に街を見て回らないか。茶屋の礼だとでも思ってくれればいい」
「全然良いですよ、あ、お会計は流石に自分の分くらい払わせてくださいね!」
律儀に金を出そうとする清河卿に向けて、周瑜は今日一番の笑みを見せた。
「残念だが、入店した時点でもう払った」