許されないのなら、許しを得る必要もない織姫と彦星は、年に一度だけ、会う事を許されたという。
それが今日、七夕の日だ。
空は陰っていて、夜には雨すら降り出してしまいそうで。
「なんか……可哀そうだね、」
「何がだ」
「え、賀玄は知らないの? 雨が降ったら、天の川を渡れなくなっちゃうんだよ。年に一度だけ許された逢瀬なのに、雨のせいでまた会えなくなるなんて」
「知っている。その上で何が可哀そうなんだ、と聞いている」
年に一度だけの逢瀬が無くなってしまった恋人同士の心情を理解しようとすらしていない……?と青玄が思わず気の毒そうな目を向けると、賀玄は舌打ちをして軽く肘で青玄の背をついた。中々痛いところに入ったもので、青玄は思わずその場にしゃがみこむ。倒れ込むと言い換えても良かったが、顔ごと地面に突っ込む前に賀玄が襟を雑に掴んで引き留めたことで何とか免れた。
「そうやって助けるくらいなら最初から小突かないでよ!」
「うるさい、手を離して川に落としても良いんだぞ」
「ひどい!どうせ私を抱えて帰るのは賀玄だからね。ご自由にどうぞ?」
「……お前を一晩置いて帰れば、迎えに来る頃には乾くだろうか」
迎えには来てくれるんだね、と口から飛び出そうだった本音を呑み込む。青玄が襟をひかれたまま何となしに川を覗き込めば、水面はどんよりと曇った空の色を受けて濁っていた。この様子では本当に雨が降りそうで、鵲が翼を広げて織姫と彦星に橋を渡してあげる事も出来そうにないだろう。いよいよもって、今年の七夕は織姫と彦星が会えずじまいになりそうだ。
「……本当に、会いたいと思う相手であれば。年に一度の奇跡を待つなど愚の骨頂だ」
「ん?」
「何年も何年も、それこそ何百年も思い続けるような相手だというのなら、許しなど求めずに勝手に会いに行けば良かっただろうが。何故相手を攫ってしまおうと思わない」
「ふ、んふふ……賀玄ってばこういうとこあるよね……?」
「何がおかしい」
「自分で気付かないんだもん、本当に嫌になっちゃう」
許されない二人という意味であれば、年に一度の奇跡を待ち続けたのが織姫と彦星で、攫ってしまったのと攫われてしまったのが自分たち。賀玄は青玄に鈍感だとかお人好しだとか好き勝手言うけれど、自分だって人の事は言えないじゃないか。「何故相手を攫ってしまおうと思わない」だなんて全く賀玄らしい言葉だ。
空を見上げる。どんよりと曇った空、沈みかけの夕陽。青玄は風師としての扇子を取り出して、それから静かに賀玄の袖を引っ張った。
「駄目?」
「お人好しが」
「はいはい、分かってる」
法力を貸してもらって、青玄は一思いに扇子を振るう。
雨雲を遠のかせ、日の沈みかかった空に星空を呼び寄せる。風師という神様が起こす奇跡で、今年は織姫と彦星に逢瀬を許し与えてあげようじゃないか。