なりゆきで同じ職場なので、三人はわりと頻繁に昼食を共にしていた。ここも、よく来る大衆食堂だ。
ポップの口が、ふえ、と緩んだ次の瞬間。
「……っぶしゅんっ!」
向かいの席に座るヒュンケルとラーハルトは、瞬時に上体を大きく横に傾けて飛んでくる唾を避けた。さすがの敏捷性だ。
「くしゃみは手で押さえろ」
というヒュンケルの顰蹙はもっともだけれど。
「ごめんごめん。今のは間に合わなかったんだ」
ポップは、てへへと後頭部を掻いた。幸い、卓上の料理はすでに腹に収めていたので被害を受けなかったのだが。
「とめろ。くしゃみくらい」
ラーハルトは不快を隠さずに苦言を呈してきた。
「ムリだろ、生理現象なんだしよ」
ポップの反論を聞いて、戦士二人はしばし黙り込んだ。
ヒュンケルが言いにくそうに口を開いた。
「いや……とまると、思うが」
「できねえよ」
ポップがテーブルをペシと叩くと、ラーハルトは呆れたように腕組みした。
「くしゃみもとめられんのでは隠密行動をする際に支障が出ようが」
「しねえし……」
「なんだと?」
ラーハルトは信じられないものを見る目をポップに向けてきた。でも普通は隠密行動する予定とかない。
ヒュンケルが心配そうな顔をしてくるから、てっきりフォローを入れてくれるのかと思ったら。
「それくらいできんとまずいぞ……音を立てないことは偵察の基本だ。耳の良い種族が相手ならば呼吸音も小さくした方がいい。ましてやくしゃみなど、風向きによっては1キロ先からでも補足され……」
「だぁー!」
ポップは両手を挙げてヒュンケルの説教を遮った。
「おまえらの基準を当てはめんな!」
「しかし、くしゃみをとめるくらい難しくはないだろう?」
「うむ。とめようと思えばとまるものだ」
悲しいかな、このテーブルの人材に偏りがあるため、ポップは1対2の劣勢であった。
「でも出ちゃうモンなの! 生理現象ってのはそういうものなの! おまえらにだってあるだろ!? とめようと思っても出てくるモンくらい!」
食事処だし排泄の話はやめておこうと、表現をぼかしたつもりだったのだが。
二人は何故か顔色を変えて、互いを見合った。
「ああ、まあ……」
「それは……、どうしようもなく出してしまうものも、あるにはあるが……」
急に照れだした男二人に、ポップは先の売り言葉を後悔した。
「いやだねえー……やりたい放題の大人は」
目一杯イヤそうなジト目で睨んでやったのに、ラーハルトは悪びれることもなく。
「フン。大人の特権だ」
と腕組みのまま鼻息を吹いた。お盛んなことで羨ましい。
「ポップ、しかし昨夜については、記念日だったのでつい……」
ヒュンケルが夜の詳細を説明し始めそうだったので、ポップは慌てて席を立った。
「あーっ、聞きたくないー!」
ぜったい聞かねえぞー! と叫びながらポップは店を出て行った。
困り顔のヒュンケルがぽつりと呟いた。
「あいつ、なぜ昨夜オレたちが飲み過ぎて吐いたことを知っていたのだろうか」
2024.04.08. 19:30~20:00
SKR