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    「悪夢」 ラーヒュン ワンライ 2024.08.28.

    #ラーヒュン
    rahun

     ヒュンケルは両親のことも好きだったが、ひとつ上の兄のことが誰よりも好きだった。
    「お兄ちゃん!」
     黒々とした甲虫を捕まえて駆け寄ると、手元を覗き込んできた兄ラーハルトは、ちょっと悔しそうに褒めてくれるのだった。
    「やるじゃないかヒュンケル。オレのより大きい」
    「カブトムシ相撲させよう!」
     遠くで両親がご飯だぞと呼んでいる、幼い日の思い出。
     ちょっと田舎の、ごく普通の家の、豪勢ではなくとも何不自由ない幸せな日々で、お兄ちゃんは良き遊び相手でもあり、ライバルでもあった。大好きだった。
     買い物の仕方も、風呂の沸かし方も兄ラーハルトから教わった。
     お兄ちゃん、リンゴってどうやって剥いたらいい?
     お兄ちゃん、走るの速すぎ、待って。
     お兄ちゃん、お兄ちゃん。
    「兄さん、学校に入るのか?」
    「ああ。その方が将来性があるしな。こんな魔物もたいして暴れんような世の中じゃあ、武器も要らんだろ。騎士団に入っても仕事にあぶれそうだ」
    「かといって兄さんは魔法の才能はないもんな」
    「おまえだってだろ!」
    「わっ、なんだよっ、ほんとのことだろ!?」
     まったく本気じゃない追っかけっこをして、笑って、ご飯よと呼ばれて、はーいと返事をして。明日も明後日も兄と一緒。
     ヒュンケルも兄の真似をして学校に入った。本を読むのは嫌いではないし、記憶力も悪くない。成績はいつも上の中。居残りでもっと勉強をしたら学者も目指せると言われたけれど。
    「兄さん! 遅くなってごめん!」
     どうしても兄と遊ぶ方が楽しかった。
    「おまえなあ……次こそは置いていくぞ?」
     そう言われたのはこれで十回目くらいだ。
    「行こう!」
     今日はこのあいだの遊びの続き、材木を切り出して作ったイカダで急流滑りをする。前回は組み立てに使った紐が細くて切れてしまったから、今回はより太く縒った縄を用意した。
    「設計も見直した方がいいかも知れんな」
    「それは一回作ってみてからでいいだろ?」
    「安全面の問題もあるだろ」
     こういう企みの時間が一番楽しい。
    「またずぶ濡れで帰ったら怒られるかなあ」
     ヒュンケルが帰宅時を想像してげんなりしていると、ラーハルトが自分の道具袋をぽむっと叩いて見せた。
    「案ずるな。着替えを持ってきた。二人分な。濡れたやつはこっそり洗って乾かそう」
     にやりと笑う兄に、パッと顔を輝かせる。
    「さすが兄さん! あくどい!」
    「おまえもっと褒めようがあるだろが!」
     馬鹿な事ばかりしていた少年時代を過ぎて、青年と呼べる域に差し掛かった頃。
    「ヒュンケルおまえは彼女いないのか?」
     兄ラーハルトが自宅のデスクで伸びをした。どうやら卒業研究に向かう集中力が切れたらしい。
    「うーん、いない。兄さんは?」
    「オレは昨日できた」
    「ええっ!? おめでとう! どんな人なんだ!?」
    「普通に学校の。頭がよくて、我が強いけど、見た目はおしとやか系」
    「想像つかないな。今度ぜひ会わせてくれ!」
     素晴らしい兄だから、素晴らしい彼女に違いない。もしかしたら家族になるかも知れない人だ。
    「おまえはどんなのがタイプなんだ」
    「さあ、まだよくわからない」
     お互いにあと数年以内には職を得て結婚という年齢だ。両親が兄弟二人を育んでくれたように、自分たちもまた次の世代を生み出していく。そのパートナーは理想通りであるに超したことはない。
     けれどヒュンケルには、自分が望む相手の像が上手く結べた試しはないのだった。
     一体どんな人なのだろうか、自分が好きになる人というのは。
     どこに、いるのだろうか。
     どこかには、いるのだろうか。




    「おい……。おいヒュンケル、寝汚いぞ」
    「ああ、おはようラーハルト。すまん」
    「今日こそはこの町を発つぞ。ちんたらしていては、いつまで経ってもダイ様は見つけられん」
    「わかっている。支度を急ぐ」
     宿の一階のテーブルで昼食を取りながら、ヒュンケルはパンを齧るラーハルトの顔をチラリと見上げた。
     お兄ちゃん、大好き。
     妙な夢だった。明らかに違う種族の血が入っているのに、どうして実の兄弟などという設定にできたのだか。所詮は夢とはそういう、理屈に合わないものなのだろうが。
     まったく奇妙な夢だった。純粋な子供の、肉欲を伴わぬ好意。それは現実のヒュンケルの想いとはほど遠いものだった。
    「ラーハルト」
    「なんだ?」
    「近親相姦についてどう思う」
     聞いた途端にラーハルトは口に運びかけていたパンを下げた。
    「どうした。事件にでも巻き込まれたか?」
     厳しい顔でそう問うてくるのは、つまりそれを罪だと思っているからだろう。
    「いや、流行の小説の話さ」
    「……くだらんことに時間を使うな」
     悪態を吐きながらもラーハルトは、ホッと肩の力を緩めて安堵をする。
     ヒュンケルは目を細めて、すまんと小さく謝った。
     叶わなくたっていい。心地よい甘い痛み。
     夢の間だけでもこの気持ちを忘れていられたなんて信じられない。
     兄弟、か。
     両親がご飯をくれて、ぐっすり眠れて、ラーハルトと一緒に暮らせる世界。
     お兄ちゃん、大好き。
     あれは悪夢だった。






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