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    「朝帰り」 ラーヒュン ワンライ 2024.12.04.

    #ラーヒュン
    rahun

     如何ほどの戦いになるやら分からなかったゆえ、いつ戻るとは伝えられなかった。任務は魔界の一角を根城として世の支配を企てている集団の制圧だった。主から戦力として頼まれる事はラーハルトにとって何よりも誇らしく、無論、力の限りを尽くしてきた。
     そして今、まさに二ヶ月余りの遠征より凱旋し、恋人との住まいに帰り着いた。
     勝利の後、パーティを解散した地からここまで休息も取らずに夜通し移動を続けた疲労は深い。我が家の玄関に立ったときには我知らず槍を杖突きながら溜息してしまったほどだ。
     五体満足に生還できた安堵と、また彼の顔を見ることが出来るという期待に頬が緩み、喜び勇んでガチャと扉を開けてただいま、と、やってしまいそうになったが、しかし思い留まった。
     朝日が昇ったのはつい十分前である。いくら勤勉なヒュンケルでもまだ寝ている可能性が高い。
     そろりと扉を開き、家に体を滑り込ませたら、そろりと閉め直した。
     抜き足差し足で寝室前に辿り着き、扉越しに聞き耳を立てる。聴力には自信が有る。穏やかな寝息が聞こえた。
     ならば起こしたくはない。
     過酷な仕事を終えてきたラーハルトの方が労られる立場なのでは、とも一瞬は考えたが、しかしヒュンケルが心地よく眠っているのならば妨げたくはなかった。
     着替えを持って外に出て、簡素な囲いの湯屋に積み置いてある薪を使って湯を沸かし、なるべく水音を立てぬように体を洗う。それが済んだら再び寝室前を通り過ぎ、食料保存棚の確認だ。
     主からは、しばらくはゆっくりしてね、との言葉を賜っている。これから睡眠を摂る予定だが、されど栄養補給はしておきたい。
     決して床板を軋ませぬよう足の運びに神経を巡らす。
     すべてを物音を立てずに行うというそれが敵地潜入時の隠密行動のようで、自宅でこんなことをやっている自分が可笑しくてラーハルトは少し笑い声を立ててしまった。危ない。ヒュンケルが起きてしまってはミッション失敗だ。
     はて、これは一体どのようなミッションなのだろう。
     棚のタマネギを鷲掴みしながらラーハルトは黙考した。
     そう、ヒュンケルはまさか自分が今日に帰ってくるなど予測をしているまい。ならば唯々飯を食って布団の横に潜り込むだけでは勿体ないのではないか。
     ラーハルトは棚の食料を厳選し始めた。作り置きのベーコン、買い置きの野菜。タマネギの他にも、人参も刻んで入れたら甘みが増すだろう。それとジャガイモ、キノコもある。ズッキーニか、コレも入れてしまえ。
     等々、朝食にしては豪勢な品目を静かに台所へと運ぶ。そして静かに水を汲みに行き、静かにエプロンを身に着け、静かに火を起こす。
     とっくに疲れ切っているのに、どうしてこんなに楽しいのだろう。起きてきた彼の驚くさまを思い浮かべると、音を立てずに食材を刻むという邪魔くさい作業すら楽しい。
     煮える鍋は具沢山すぎて、スープというよりはもはや煮付けの様相だ。
     卵を割り、泡立て器が碗に当たって掻き鳴らされぬよう慎重にかき混ぜる。この速さと精密さは割と神業だ。戦闘以外でこのような技術を駆使したのは初めてだ。ここにトマトと生クリームを混ぜて焼こう。冷めてしまうから、彼が起きてから。
     炙るためのパンと、パン切り包丁も準備した。切るのは顔を見てからだ。でないと乾燥してしまう。
     凝ったデザートを作る時間は無いので、フライパンの片隅で、砂糖を重曹で膨らしただけの焼き菓子を幾つか拵えた。田舎者のお茶請けだが、食後はこれとコーヒーで良かろう。
     飲み水のポットには少しだけライムを搾って、グラスと共に設置をして。
     他に出来ることは無いだろうか。自らの手を揉みながらソワソワと考える。
     殺風景な食卓に、花の一つも買って帰れば良かったと今更に後悔をする。しかし花を携えて帰宅する自分を脳裏に描いたら吹き出してしまった。無骨な戦士がどの面下げて可憐な花を。まるで似合わない。ヒュンケルも熱があるのかと心配してくること請け合いだ。駄目だ、どうにも高揚していて笑いが止まらない。声を立ててしまわぬよう口を押さえながら腹筋を震わす。
     と、寝室で音がした。
     ラーハルトはピクリと両肩を上げ、慌てて、けれど無音で調理台へ駆け付けた。
     ほんの僅かだが、あれは枕の上で首が動いた音だった。彼が目覚めたのだ。急がねば。経験上ここから彼が起き上がるまでには軽い二度寝と伸びと欠伸の時間がある。いける。
     もそもそと寝床を転がるヒュンケルの布団の音を聞きながら、素早く卵を焼きに掛かる。ふわふわになるようにもう一度かるく泡立て直して、焼き加減は半熟に。
     何度かの寝返りと静止を繰り返したヒュンケルがようやく床に足をつけるまでに、ラーハルトは見事にミッションを完了した。食卓にはスープが湯気を立て、生クリームたっぷりの卵焼きが皿でとろけており、その傍らに菓子とコーヒーセット。完璧だ。
     カチャリと寝室の扉が開くとき、ラーハルトはとびっきりのキメ顔でヒュンケルを待ち受けた。
    「おはよう」
     出会い頭に理解不能の光景を突きつけられたヒュンケルは、口を開けて、寝室のドアノブを握ったまま絶句した。寝ぼけている子供みたいにポカンとしていた。
    「今からパンを焼くから顔を洗ってこい」
     くつくつと笑いながらラーハルトはパン切り包丁をひらりと持ち上げた。
     早朝帰宅サプライズは大成功だ。
    「……今日は夢見が良すぎてオレの想像を超えている」
     ヒュンケルの洒落の利いた寝言を聞いて、ラーハルトは、ふふん、と鼻を高くした。くたくたになりながらも面倒なイタズラを仕掛けた甲斐があったというものだ。
    「朝からオレが居るなんて良い夢だろう?」
    「ああ、とても」
     部屋には旨そうな匂いが満ちている。
     じわりと染みるような疲労感と達成感に、急に腹が減ってきた。
     いそいそと顔を洗いに行くヒュンケルを見送ったラーハルトは、ザクッと小気味よくパンに刃を立てた。








    2024.12.04. 17:50~19:00 +60分くらい =通算130分



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