「ヒュンケル、おまえ最近は剣を使ってるか?」
食事の終わったテーブルで書類に目を通しながら、ラーハルトは何気ない風を装って問いかけた。
「いや、すっかり包丁のほうが持ち慣れたな。でなければ鋤や鍬だな」
ヒュンケルは鍋の水を切って立てかけた。
「家の切り盛りもやってみれば楽しいものだ。剣はもう、誰かが攻め込んででも来ない限りは握らんだろう」
パプニカに入ったダイに仕える形で城に勤めることになったラーハルトは、郊外に構えた居をヒュンケルに任せていた。
良い仲なのだとは思う。だが未だ決定的な関係でもない。
「どうしたラーハルト。オレが剣を取らねばならぬほど手の足りぬ事態なのか?」
「いやっ、違う、そうではない」
紙束をテーブルに降ろして、懐を探りながら立ち上がる。
「これを、いわゆるプレゼントなのだが……」
濡れた手を拭きおえたヒュンケルに、そっと小さな箱を手渡した。
彼の手が蓋を開けて、視線がそこに落とされるのを、落ち着かぬ気持ちのラーハルトは黙って見ていることが出来なかった。
そこには指輪が入っているからである。
「オレも武器を握る戦士であるゆえ剣の捌きには邪魔になろう事は理解しているので今まで渡すかどうかを迷っていたのだがおまえもこの暮らしを続けて良いと思うのであればもう剣は持たずにそれを着けてくれるだろうか」
緊張しすぎて息継ぎを忘れたラーハルトは、自分の頬がカッカと熱くなっているのを感じたが。
目を上げたヒュンケルは、平素と変わらぬ白い面のまま。
「もちろんだ」
と頷いた。
ラーハルトは思った。
ちょっとは照れろよ、と。
定期報告会などと銘打ってパプニカ城に集まっているアバンの使徒達であるが、実際の所はただの親睦会だとラーハルトは知っている。
ラーハルトは会場に向かうダイの供をした。己よりも強い主君に護衛が要るのかと言われれば否だが、それでも高貴な者の移動中には付き人は居たほうが箔は付くものである。
登城してきたヒュンケルと廊下で出会した。
「久しぶりだな、ダイ」
「ヒュンケル! 近くに住んでるんだからもっと来てくれたらいいのに」
仲睦まじい兄弟弟子たちの様子を、ラーハルトは一歩控えて見守っていたのだが。
「あれ? それなに? キレイだね」
ダイがヒュンケルの手の指輪に気付いた。
「ラーハルトからもらった。結婚の申し込みがあったのだ」
「するの?」
「もちろん。その場で受けた」
「おめでとう!」
ヒュンケルがあまりに明け透けなので後ろでギクシャクしてしまったが、まあ、敬愛なる主に伏せるべきことはなにもない。
連れだって歩む途中で、ポップと合流した。
「げえー、それ、いよいよってやつ? ……おめでとさん」
「ありがとうポップ」
「うわ、かなり力の強い魔法石だぜ。高ぇのにやるなあラーハルト」
「そうなのか? ほんの間に合わせだと言われたのだが」
「ぶっは! いやいや大事に思われてて良かったじゃん」
「そうだな。きっとオレの守りとなるようこれを選んでくれたのだろう」
おい、喋りすぎでは。
そこにマァムが現れた。
「久しぶりねヒュンケル! あら、それって……?」
「ラーハルトにもらった」
おいおい。
「やっぱり! 結婚指輪ね、おめでとう!」
「婚約指輪だそうだ。結婚指輪はまた式のために用意してくれるとか」
いやいやいや。
「竜の意匠がステキね。彼の気持ちを感じるわ」
「ああ、これをくれるときに、偶に見てオレを思い出してくれると嬉しいと言われた」
わいわいと騒ぐ四人の使徒たちの後ろについて歩きつつ。
ラーハルトは焦った。
ちょっとは隠せよ、と。
そして辿り着いた部屋に、アバンが待っていた。
「こんばんは皆さん! お変わりないですかー? ……えっ! あれあれー!?」
眼鏡の位置をわざとらしく直しながらバタバタと駆けよってきて、屈んだアバンがヒュンケルの手元を凝視する。
「あらまあー……」
アバンが取り出したハンカチーフで目元を拭いながらラーハルトに向き直ってきたので、ついに胆力が限界を迎えた。こちらには並の羞恥心があるのだ。ここで祝辞など述べられては堪らない。
ラーハルトは、
「それでは良い夜を」
言うが早いがダイへと頭を下げて、主のお送りという任から離脱する。
「先に帰るぞ」
そしてヒュンケルに一声かけると、そそくさと部屋から逃げ出した。
アバンは苦笑しつつそれを見送った。
「……恥ずかしがり屋さんのわりには、先に帰る、だなんて」
同じ所で暮らしている彼にしか言えない。
「強烈な惚気文句を残していきましたねえ」
2024.02.10. 10:15~11:15 SKR