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    amu_prsk

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    🌟が役に呑まれる話①
    まとまったらpixivになげます。

    踊る、あわよくば君の手を取って。夢を見たんだ。
    ステージの上でスポットライトを浴びる、司くんの夢さ。
    ステージの上には司くんしか立って居なかったけれど、それはもう華々しいショーだった。
    うっかり僕も見惚れてしまったよ。
    確か、司くんは名も無き役者を演じていた。
    途中から、その男のダンスが始まる。
    彼は名も無き役者で、役を貰うきっかけを欲し、なんとか注目を集めようと路上でダンスを始めるんだ。幼い頃に父から教えてもらってダンスをやっていた彼は、拙いながらも魅力的なダンスをする。
    『俺を観てくれ、こんなに格好がいいんだ! 君も踊りたくなるだろう?』
    オレンジ色の白熱球の明かりが、くらくらと僕の脳を侵食する。それに照らされふわりと靡く金糸の髪。これから起こる展開を想像して、握った手にはじわりと汗が滲む。

    アプリコットの瞳が、ばちりと僕を捉えて手を差し出した。

    身体中で語る彼を見て、その手を取り、ステージに乱入したくなるような興奮にふくらはぎの後ろがむずむずしてくる。そのスポットライトの下に、君と立てたならどんなに楽しいだろう!
    けれど、僕は客席に座ったままだ。
    ”彼の踊りを見ていたい”
    そう感じさせる彼は役者としては未熟だが、舞台の上に立つことに置いては充分な魅力を持っていると言えた。

    僕はすっかり”君”のダンスに夢中になっていたよ。
    “彼”なら、こんな振りも映えるように踊ってくれるのではないか、そんなことを考えた時にサッ、と血の気が引いた。


    “天馬司”はどこにいる?


    ―――


    タオルケットを蹴飛ばして起き上がると、じっとりと濡れて肌に張り付いたシャツに気づく。
    どうやら寝ている時に酷く汗をかいた様で、薄浅葱に染まった部屋はまだ早朝であることを告げていた。
    「はぁ、ひとまずシャワーを浴びようか……」
    落ち着くためにもそれがいいだろう。ため息混じりに一応スマホを確認すると、時刻は四時半。なんとも微妙な時間に起きてしまったものだ。

    それから、下着と制服をもって風呂場へと向かう。服を洗濯カゴに突っ込んで、まだ温かくなる前のシャワーを浴びる。
    そんなことをすれば、否が応にも体は震える。しかし、頭や目が覚めていく感覚は悪いものではなかった。
    普段なら、夢を見ても忘れてしまう。
    というか、やりたい事をやるだけやって体力が尽きたら眠るか、そもそも寝ないで日が登るまで作業を行う人間が夢見で悩まされることなど殆どない。
    確かに昨日は司くんにきちんと睡眠と取るようにと注意され、次の日にやる事をメモに残しただけで就寝した。
    まだ騒ぎ足りないと脳が足掻いた結果なのかもしれないが……まさか、夢の中でもショーのこととは。
    僕も大概、ショー馬鹿ってやつなんだろう。

    風呂を終えて制服に着替えた後、僕はソファーで寝る癖がついたことを後悔していた。
    寝汗が染み込んだコイツをどうしてやろうかと、顎に手をあてて思案する。
    そろそろ、ソファーのカバーを変えるいい時期かもしれない。しかし、カバーの付け替えというのは言葉以上に重労働だ。シャープペンシルより重たいものを持てない僕は、やりたくないという感情を最大にして、登校まで時間があることを確認する。
    ベットや布団で眠っていたらシーツを取り替えるだけで済んだのに。
    でも、まぁ、仕方がない。自慢のするようなことではないが、生憎この部屋には一寸の足の踏み場もないんだ。イコール、布団を敷く場所もない。
    仮にベットが置いてあったとしても、荷物置き場になって終わりになるだろう。
    そんな阿呆なことを考えつつ、ソファーのカバーをめくりあげて、丸裸になったソファーに除菌スプレーを吹きかける。
    学校から帰ってくる頃には、このスプレーで濡れたソファーも乾くだろうから、そしたら換えのカバーをつけよう。

    ぽたり、持っていたカバーの上に水滴が落ちる。
    「髪を乾かすのを忘れていたね……」
    いけない、いけない、これでは司くんに『風邪を引くぞ!』と怒られてしまうね。
    髪を乾かすために、タオルを取りに 行く前に、夢の内容を書き留めておこう。
    タオルを取りに脱衣所に向かいかけた体を、油を指す前のブリキの人形の様なぎこちなさで机のある方面に戻す。机の上に置いてあるペンを手に取り、薄らいでいく夢の中身を乱雑に書き出していく。
    なんだか奇妙な夢ではあったが、現実であのジョゼフを演じる司くんを観れるのだとしたら、それはそれでありだろう。
    仮に夢とはいえ、確かに僕はあの演目に興奮していた。
    演目、というより、“名も無き役者”に興奮していたのかもしれないし、“名も無き役者を演じ切る司くん”に感じるものがあった可能性も捨てきれないが、これは特に問題ではない。
    問題、問題といえば夢から覚める瞬間の、あの
    「血の気が引くような感覚……」
    そして、
    「目が覚める前に、何か考えた気がするんだけど……」

    もう一度、思い出そう。
    彼は名も無き役者。未熟な役者である彼を起用したがる人間は居らず、だからこそ、路上パフォーマンスでアプローチをかけることにした。
    幼い頃に父から習っていたダンスは、多少のことは忘れていて、何処か拙いダンスだったけれど、それでも彼の魅力を語るには充分なダンスだった。
    そして、僕はそのダンスに観客として魅力され……そうだな、言ってしまえば路上パフォーマンスに出会したモブのような感覚だ。
    僕は彼の手を取り、共に踊りたかった。しかし、モブである僕は、僕自身が彼の隣に立つ事を許さなかった。
    だって、彼のダンスを見ていたかったから。
    邪魔をしてはいけないと思ったから。
    そして、演出をつけてみたいと思ったんだ。
    彼は僕の演出をどんな風に演じてくれるのだろう、って。

    …?

    “名も無き役者の彼”に…?

    本当に?

    “名も無き役者を演じていた天馬司”にではなくて?

    ならば、

    “天馬司”はどこにいる?


    気づけば僕は走り出していた。
    夢の中身を書き殴った紙をぐしゃぐしゃに、通学カバンへ詰め込んで。
    乾かす事をすっかり忘れていた髪の毛は涙のように僕の頬を濡らした。

    校門まで差し掛かって、人混みのピークを迎える直前の時間帯。金髪にグラデーションのかかった見慣れた後ろ姿をを見つける。
    見間違うことのない、君を。
    絶対に離してなるものかと、駄々を捏ねる子供の様に手を伸ばした。
    抱きしめられた当の本人は何事かと暴れるが、犯人が僕であることを確認すると、そっと引き剥がし向かい合った。
    「る、類か!!全く、朝っぱらから何をしているんだ!こんなだから変人わんつー……」
    彼の声を遮るように、もう一度抱きしめた。
    「ま、待て!!!! 類、話なら聞く!! とりあえず離せ! というか、お前髪が濡れてるじゃないか?! 制服も首元も、こんなでは風邪をひいてしまうぞ。何をしてきたんだ……」
    想定していたお叱りの言葉も、今は僕の耳には届いていなかった。
    そして元気な抵抗も、眉を顰めて大人しくなっていく。
    はぁ、と一度、大きなため息が僕の横を通り抜けた。
    半ば放心状態の僕はぐいぐい、と手を引っ張られて、貸切状態になっている屋上に連れて行かれた。
    「さぁ、話してもらおうか」
    仁王立ちした司くんは、犯人に動機を吐かせるかの如く僕に話しかける。
    「生きた心地がしなかったんだ」
    話すしか、ないだろう。
    体を丸めて、視線は地を這う。
    まるで懺悔をしている気分だ。
    そして、話が突拍子すぎて理解出来ない、と司くんは首を傾げる。
    「玄関で靴を脱ぎ履きしたときも、廊下を歩く途中も、屋上に繋がる階段を登る時も、司くんに繋いでもらっている手を見ても……」
    先程まで握られていた左手を見つめて、なんとか言葉を繋ぐが、自分でもどうしてあんな気持ちになったのか理解が出来ない。
    だって、天馬司は今、目の前にいる。話が毛頭理解出来ないと首を傾げ続けているのに。
    「つまりは、どういうことだ……?? えぇい、もっと分かりやすく話せ!!」

    僕は渋々、夢の中の出来事を書いた紙を見せることにした。本当は脚本として形になるまで伏せておきたかったのだが、この正体不明の違和感を取り除かないことにはショー自体、いや、メンバーにすら迷惑をかけてしまいかねない。
    現に司くんには迷惑をかけているし、その彼は僕の頭をタオルで拭きながら、くしゃくしゃになった紙を読んでいる。
    屋上には爽やかな風が流れ、濡れた髪の乾きを手伝う。
    「司くんは器用だね」
    「あぁ……妹の髪をよく乾かしていたからな……って、今はそんな話はいい!」
    乱雑に書き殴ったメモを返してもらうと、司くんは小さく唸る。
    「自分で言うのもなんだが……」
    司くんには思い当たる節があるのか、言葉を詰まらせながら真相を暴きにくる。
    「オレに会いたかったのか?」
    少しの沈黙の後、僕の口からは「え……?」というなんとも素っ頓狂な声が漏れる。
    「話を聞く限りそうとしか思えんだろう!!」
    少し頬を赤らめた司くんは力説だと言わんばかりに胸を張る。
    「“名も無き役者”を演じていたオレが凄すぎて、“オレそのもの”が分からなくなったということだろう?
    類からしたら不安になったのかもしれないが、オレからしたら光栄な話だな! 中の人を感じさせない演技が出来る役者に、憧れを抱かない訳がない!」
    「でもね、司くん……」
    「そ、れ、に、だ! 類がそういった夢を見た、ということは、少しでもオレに期待してくれているという証拠ではないか!! 不安に感じることはないぞ、類!!」
    ハーッハッハ!と得意げにポーズを決める彼の姿を見て、言いかけた言葉を飲み込んだ。当の本人にそこまで言われては、この夢は杞憂だったと言わざるおえない。
    「……そう、だね」
    これからはきちんと睡眠を取ることにするよ、お騒がせしたね、と僕らは教室に戻る。

    ちょうど予鈴が鳴った。

    座席について深呼吸をする。大丈夫、大丈夫だ。
    そう、自分の心に言い聞かせた。


    それからも、僕はこの形容し難い歪な感情に名前をつけられずにいた。授業をBGMに書き上げる図面も、今日はなんだか捗らない。
    シャーペンの先が、パキッ、っと心地よい音を出して飛んでいく。
    「違う、何かが違うんだよ、司くん……」
    自分の長めの髪をくしゃりと握りながら呟く。
    授業終わりのチャイムはあといくつ鳴るのだろうか。
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