それならせめて、口直しの愛を【西南】「……なあ、瞬」
「何?」
「この後、何か予定はあるか?」
「今日の夜ってこと?特にないけど」
瞬がそう答えると、隼人は安心したように笑った。
「そうか。それなら……今日は朝まで、お前と一緒に過ごせるな」
「っ……!」
隼人の口から零れた言葉に、瞬は危うく手に持っていたフォークを落としかける。
(それって……もしかしなくても「そういう」誘い、だよね……?)
「どうした?大丈夫か?」
「い……いや、何でもない」
内心の動揺を悟られぬよう努めつつも、瞬の頭の中はこの後のことで埋め尽くされていた。
(こういう雰囲気になるなんて予想してなかったから、何も用意なんてしてないんだけど……!心の準備だってできてないし、それに……さっき、朝までって言わなかった?一体どれだけやるつもりなの……まあ、別に嫌とかではないんだけど)
せっかく隼人がいつもより良い店に連れてきてくれたというのに、今夜のことばかり考えてしまって料理の味がまったくと言って良いほど分からない。だというのに、当の隼人はといえば「おお、この料理の味付けは絶妙だな!一体どんな調味料を使っているんだろうか……」などと料理に舌鼓を打っているのだから誠に腹が立つ。こっちの気も知らないで……と瞬がこれ見よがしに溜め息を吐いてやれば、やっと隼人の目がこちらを向いた。
「どうしたんだ?溜め息なんて吐いて……もしかして、やっぱり今日は帰りたい気分になったのか?」
「……別に」
むしろその逆だよ、と言いかけてやめた。ここで本音を言ってしまうのは、何だか癪な気がして。
「それなら良かったが……嫌になったらいつでも言うんだぞ?オレの都合でお前を振り回すのは、何と言うか……オレも良い気分はしないからな」
「……キミは本当、呑気だよね」
嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、こちらを見つめる白縹色があまりにも真剣なのでそんな気も失せてしまう。息を吐くように紡がれたその言葉に、隼人は「あ、ああ……?」と困ったような反応をした。
「一応言っておくけど、別に嫌だとかそういうわけではないよ。ただ、何て言うか……キミが悪いわけじゃなくて、いや勿論キミも悪いんだけど、そう思ってしまうボクにも非はあるというか……ああ違う、どっちも悪くないんだよ、……とにかく!キミは何も気にしなくて良いから」
怪訝そうな顔をしつつも、隼人は「……そ、そうか」とだけ答えて食事を再開する。自身の中に渦巻くもやもやとした感情を押し流すように流し込んだ料理の味は、やっぱりよく分からなかった。
■□□
「瞬……やっぱり、今日はやめておくか?」
「……どうして?さっき、別に嫌ではないって言ったでしょ」
「いや……お前の表情が何となく暗い感じがしたから、今日はそういう気分じゃないのかと思って……」
本当に、変なところで鈍い男だ。瞬は思わず溜め息を吐いた。
「人の感情を勝手に決めないでくれる?」
「……す、すまん」
「ボクが違うって言ったら、キミにとっては違うんだよ。それで良いの。頭が足りないんだから、余計なことなんて考えないでよ」
「あ、ああ……?」
これは絶対分かってないな、と瞬は心の中で呟く。……まあ、この男のこういうところさえも好いてしまっている時点で最早何を考えても無駄な気もするのだが。
「……それよりさ、」
瞬は隼人に近付くと、その首筋にそっとキスをした。
「今日は朝まで愛してくれるんでしょ?それなら、一秒だって無駄にできる時間はないんじゃない?」
妖艶に微笑むその瞳には、隼人を溶かしてしまいそうなほどの熱が宿っている。
「ボクをこんなに期待させたんだもの……満足させてくれる覚悟はあるんだよね?」
「……ああ。望むところだ」
瞬の鎖骨に唇を落とすと、隼人は瞬の細い指に自身のそれを絡めて歩き出した。
ーーーーーーーーー
【お題】
西といつもより良い店で夕食を共にしても、西にこの後のことを仄めかされるだけで、途端にそのことしか考えられなくなって料理の味がわからなくなる南。