二度と逢えない君を抱く私の膝の上に、ちょこんと乗った男の子。名前をゾルフ・J・キンブリーという。彼と私は上司と部下という関係で、それなのにどうして今こんなことになっているのか。
先日私が、彼から悪戯で飲まされた若返りの薬が原因だ。仕返しに、とこっそり飲食物に混入させたにも関わらず、ゾルフはどうしてだかそれに気付き、ニヤリと笑って敢えて飲んで見せた。慌てたのは私の方だ。数日間で効果が消えるとはいえ、どんなことになってしまうのか見当もつかない。
「あなたがわたしをこんなすがたにしたんですから、せきにんはとっていただかないと」と、ゾルフが私の家へ来たのが昨日のこと。分かっててなったくせに、とか、子供の姿でも仕事以外のことはすっかり自分で出来るでしょうに、とか、色々言いたいことはあったが、確かに悪戯をしたのは私なのだからぐうの音も出ない。
リビングで二人気ままに寛いでいた時、絵本を読んでください、とゾルフは突然言い出した。
「ご自分で読めるでしょう」
「あなたによんでもらいたいのです。せっかくこんなすがたなんですし」
私が返事をする間も無く、持ってきた鞄の中から絵本を出すなり私の膝の上に乗ってきた。どうしてそんなものが、何故わざわざ膝の上で、意外と重くないし子供の体温って高いんだなあ、などと色々な思いが頭の中を駆け巡る。
子供の姿になってしまったゾルフは、五、六歳くらいの幼い容姿に似合わぬ大人びた口調で私に話しかけてくる。まだ声変わりもしていない少年独特の甲高い声が、不思議と悪くないのはどうしてだろう。
「ほらほら、はやくしてください。わたしがよんでしまいますよ」
「絵本を読んで欲しいと言っていたのに、自分で読むんじゃ意味ないじゃないですか」
私は笑って、絵本を開く。開いた絵本を持つゾルフの手に自分の手を添えると、いつもより高い彼の体温がより伝わってきた。後ろからちらりと見えるその横顔は確かにあの爆弾狂のゾルフ・J・キンブリーの面影があるのに、今の彼が幼気な子供であることが何とも不思議で可笑しくなってくる。
絵本を読み終え、パタンと閉じた。ゾルフは満足げに微笑んでいるが、それも矢張りあの爆弾狂のものに違いない。
無意識に、私は彼を後ろからぎゅうっと抱きしめた。
「? どうしました?」
特に動じる様子もないゾルフだが、微かに伝わってくる鼓動は大人のそれよりも速い。決して動揺しているからではなく、その理由は只々彼が今子供だから、ということに尽きる。
「特にどうということはないんですが……なんだか少佐、可愛いですね」
これが母性本能というやつなのか、私にもあったんだなあなどとちょっぴりくすぐったく思っていると。
「ぼせいほんのうならいいですが、しょうねんしゅみはちょっと」
などと冷静に言われて我に返る。確かにこれでは、少年が大好きな危ないお姉さんではないか。
しおしおと気分が萎え、ゾルフを軽く抱え自分の横へ座らせる。私の気分の移り変わる様子が可笑しかったのか、ゾルフはくすくすと笑っていた。
爆弾狂の彼は悪魔か化け物か死神に違いないが、子供の姿の彼も確かに小悪魔に違いない。
「夕飯、作ってきます……」
「こんやははハンバーグがいいです」
「はいはぁい……」
可愛らしい小悪魔のリクエストに、ついつい応えてしまう情けなくて危ないお姉さんの私であった。
終