新たな娯しみ目の前の彼女は、本当によく食べる。
軍人なのだからそれぐらいの気概がないといけないとは思うが、そこいらの普通の成人男性よりも食欲旺盛なのは確実だ。自分がそこまで食事に興味が無いせいで、こんな風にぱくぱくと何でも好き嫌いなく食べる彼女は見ていて不思議だし、いっそ清々しい。
よく食べるのはいい事だ。よく体も動かせるから、運動量に見合った食事量だとは思う。そうする事で健全な肉体が維持され、健全な精神状態が保たれる。美しい世界の真理だ。
……ただまあ、食べ方が時々美しくないのは考えものだ。がっついているわけではないのだが、食べるのが下手くそというか、よくソースを口の端や衣服に付けてしまっている。これまで何度も彼女と一緒に食事をしたが、結構な頻度で衣服を汚してしまうのはどうした事か。マナーが悪いわけでもないのに……。
「***、チョコレートが付いていますよ」
私自身の口の右端をとんとんと指すと、彼女は慌てたように自分の口元を探る。だが、鏡もないこの状態では探り当てるのは少し難しい。もどかしくなった私はつい手を伸ばし、彼女の口元を拭った。だが全て拭えた訳ではなく、急に触れられたことに彼女は驚き、更に慌てふためく。
「あっ、や、ゾルフ、あの、自分でできますから」
だが、彼女が自分でなんとかしようと探ればそうするだけ、最早指先では修正不可能な程度にチョコレートが広がってしまう。ハンカチでも出せばいいだろうにすっかり失念しているのだろう。その様子が面白くて、敢えてハンカチのことは言わず彼女を見守る。
「ぐうぅ……あっ、ハンカチ!」
暫くしてやっと気付いた彼女は、急いでポケットからハンカチを取り出してチョコレートを拭った。お気に入りだと言っていたペールブルーのハンカチには、油絵の具のような褐色が付着してしまっていた。
「綺麗になりましたよ、よかったですね」
「良くないです……このハンカチ、とっておきのだったのに……」
「でも、少し残念ですね。もう少し苦戦するようだったら」
彼女の耳元に口を寄せ、囁いてみる。
「私が舐めて、綺麗にして差し上げたのに」
かあぁ、と彼女が耳まで真っ赤になるのが分かった。ばっと椅子から立ち上がり、「〜〜〜っ!!鏡見てきますっ!!」と言うなり行ってしまった。あまりの勢いに、周囲の客がちらちらと彼女を、そして席に残った私を見ている。別に気にはならないが。
冗談です、という言葉は、彼女に届いただろうか。こんな公衆の面前で、そんな事をするわけがないだろうに、可愛いものだ。
まだ彼女の皿には、食べかけのデザートが残っている。あと何回くらいこれで揶揄えるだろうかと、彼女が帰ってくるまでの僅かな時間が、待ち遠しくて仕方がない。新たな食事の楽しみ方を、見つけた気がした。
終