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    10/3 ハガレン夢イベントdon't forget you内展示品

    私はそんなの覚えてない! 「ゾルフって、初恋とかって覚えてますか?」
    「初恋とは、また可愛らしいことを聞いてきますね」
    「今日の昼食中にそういう話になったんです。アンは初恋の人と付き合うまではいったけどその後別れたとか、エマは初恋が実らず終わったとか、ルーシーは旦那が初恋の相手だとか」
    「あなたもそういう話をするんですね」
     くすくすとゾルフは笑う。
    「そういう話を振られたからです。私だってこんな話をするとは思っていませんでした」
    「ふふ。それで、あなたは?」
    「……私の話はどうでもいいじゃないですか。私がゾルフに聞いているんです」
    「おおかた、初恋がまだだとかその辺りでしょう」
    「なんで分かったんですか!?」
     言ってしまってから、はっとする。この歳で初恋がまだだなんて、何となく恥ずかしくてあまり知られたくはない。
    「あなたはそうだろうと思っただけです。……で? 私でしたか?」
    「そ、そうです!私が!ゾルフに!聞いてるんです!」
     ふむ、とゾルフは顎に手を当てて考え込む仕草をする。どうせ、彼だって初恋の思い出などないだろう。だってあの『爆弾狂』だ。愛だの恋だのに現を抜かすような少年時代を送っていたとは到底思い難い。というか、そうであってほしい。
    「初恋……ねえ……あれが初恋だったのかは今となっては分かりませんが、そういう方はいましたよ」
    「えっ……嘘でしょう……」
     本当ですよ、と言うゾルフだが、俄には信じ難い。重ねて言うがあの『爆弾狂』に、そんな人がいただなんて。話を聞けばまだ今の人格が形成される前のことかもしれないからそれならまだ可能性は否定できないが、けれどもショックだ。何とは言わないがショックだ。
    「どっ……どんな相手だったんですか詳細ください詳細」
    「気になりますか?」
    「いやっ……気になるって言うか……気になるんですけど……あの、変な意味じゃなくて……」
    「変な意味とは?」
     ゾルフが私を見てニヤニヤしている。
     しまった、はめられた。
    「ああ、過去に私が懸想していた女性が気になるなんて、あなたも可愛いところがありますね」
    「ちが、そうじゃありません!違います!何ですかそれ、まるで私が……っ」
    「あなたが? 何だと言うんですか?」
    「うぐっ……」
     言い澱む。私がゾルフを好きみたい、だなんて、発言したらそこで終わりだ。そこを重点的に攻められてしまう。それとも、逆にここは認めた方がいいのか? 実際ゾルフの初恋の相手というのは純粋に興味があるし。認めることで虚を突けば、転じて私が話の主導権を握れるかも知れない。これは駆け引きだ。駆け引き。
    「わたっ……私が、っ、あなたを好きみたいじゃないかってことです……」
     本心がそうでなくとも、こんなことを言うのは顔から火が出るほど恥ずかしい。穴がなくとも、掘って入りたいくらいだ。
     ちら、とゾルフを見ると、彼は満足げに微笑んでいる。このアルカイックスマイルは、企みが成就した時に彼がよく見せるものだ。
    「そうですか。そうですね、確かにそう受け取れます」
    「ですよね……あっ、あくまで『みたいじゃないか』ってだけで、実際には違うんですよ」
    「必死ですね」
    「そんなことはありません」
     どう考えても必死だ、今の私は。必死で羞恥心と戦い、何とか会話の主導権を握ろうとしている。だが依然として、ゾルフがイニシアチブを取っているのはどうしたことか。
    「まあ、冗談なんですがね」
     事もなげにゾルフは言う。やっぱり、そうだと思った。この人に初恋の相手、などという存在がある筈がない。どんな少年時代を送っていたのかは非常に気になるところではあるが。
    「初恋など、そんなに重要ですか?」
    「女子はそういうものを神聖視する傾向にあります。男性だって、初恋の女の子を忘れられず拗らせる人もいるでしょう?」
     勿論あなたは違いますけど、と言外に含ませてみる。そりゃそうだ、あの爆弾狂に『初恋の女の子』など、今世紀最大のジョークに違いない。
     話をしていて、そういえばと思い出した。あった。私にも。初恋。本当に小さい頃、近所に住んでいた年上の男の子。名前をどうしても思い出せないが、彼の微笑みはよく覚えている。優しくて紳士的、年齢に似合わず大人びていて、知的な印象の少年だ。幼い私は、いつか彼のお嫁さんになりたいなどと夢見ていた。彼がどこに行くにもついて回り、今思えばかなり迷惑で面倒な子供だっただろう。程なくして引っ越して行ってしまった為、そのあまりの悲しさに彼の存在を忘れてしまったのだろう。
     甘酸っぱくもほろ苦い初恋を思い出して、つい頬が緩む。急に腑抜けた顔になった私がおかしかったのか、ゾルフが訝しむ。
    「いえ、、私にも可愛い時期があったんだなあと思いまして。つい今し方、記憶の彼方に追いやっていた自分の初恋を思い出しました」
    「ほう? それはそれは。よかったじゃありませんか。どんな人だったんです?」
     お、これは? と私はほくそ笑む。さっきとは形勢逆転だ。ゾルフも私の初恋の相手が気になるなんて、人間らしいところもあるではないか。焦らす、という戦略が一番だが、折角思い出した私の美しい初恋の思い出を、誰かに喋りたい欲もある。だが。
    「そういえば」
     彼も私と話をしていて、何か思い出したらしい。
    「初恋、とまではいきませんが、私が子供の頃、隣の家に住んでいた女の子がいましてね。名前は忘れてしまいましたが、面白い子だったので気に入っていましたよ。だから先程の話も、まるきり冗談というわけではありません」
     気に入っていた、というのは彼らしい表現だ。それが多分、ゾルフにとって『好き』に近い感情なのだろう。恋心を自覚していない子供のようだ。この人は時々、そういうところがある。
    「私よりかなり年下の女の子で、いつも私の後をついてきていましたよ。私のお嫁さんになる、などと可愛らしいことを言っていたような」
     ……何だか、雲行きの怪しい話になってきた。今ゾルフが話しているのは、誰のことだろうか。私は思わず、自身の初恋話を飲み込んだ。
    「……その子、どんなところが面白かったんですか?」
    「私が好きなものを同じようになりたいと私と同じ本を読み、次の日に知恵熱で寝込んだり。実験用に捕まえた動物を、私と彼女の子供だねなどと言って可愛がり、いざ実験に使おうとすると号泣したり。少しして私がそこから引っ越して行ってしまったのですが、その引越し当日も勿論大騒ぎでした」
     ……何だその、聞いたことのあるエピソードは。他人の話とは思えない。確かに知恵熱で寝込んだことや、理由は覚えていないが大号泣した思い出が私の中にある。だがそれが、何故ゾルフの記憶にも存在している?
    「……変な子ですね」
    「今思えば他愛無いですよ。余程私のことが好きだったのでしょうね」
    「……そうですね」
     自然と黙り込んでしまう私。数十年後のその子は、そんなに熱烈な初恋をすっかり忘れてしまっていたし、よくよく考えれば甘酸っぱくも何ともない、クセが強いだけの初恋だ。美しいもへったくれもない。
     そんな恥ずかしい子供時代を送った子供が私だなどと知られたくはない。さっさと話題を変えてしまいたい。だが、いきなり違う話をすれば鋭い勘の彼のこと、すぐに気付かれてしまう。それが私だと白状する羽目になるのは目に見えている。
    「彼女は今頃どうしているんでしょうね。まだ私のことを覚えていてくれるのか、それとももう他の男性と幸せになっているのか……」
     わざとらしい溜息が、居心地悪い。ついさっきまであなたのことはすっかり忘れていたし、今その子はあなたの部下ですなどとは口が裂けても言いたくない。……そもそも、『名前を忘れてしまった』自体がブラフではないのか。本当はその子が私だと、気付いているのではないか。
    「きっとどこかで幸せに暮らしているんじゃないですか?まあまあ個性的な子だと思いますけど」
    「そうですね。案外近くにいるかも知れませんし。彼女がどんな女性になっているのか、見てみたい気もします」
     ……やはり気付いてる? これ以上藪をつつくのはやめておいた方がいい。彼の『美しい初恋』は、ただの思い出に留めておくべきだ。現在まで地続きであってはならない。
    「話の途中ですが、私ちょっとこの書類の決済をもらってきます。続きはまた、機会があれば」
    「おや、残念。あなたが折角思い出したという初恋の話も、是非聞かせていただきたかったのですが」
     白々しい、という感情を悟られないよう代わりに苦笑いを彼に向け、私はそそくさと執務室を出た。別の部署へ決済を貰いに行かねばならないのは事実だし、私がゾルフから逃げたかったということは私しか知らない。客観的には、仕事熱心な部下でしかない筈だ。……恐らく。
     もう二度と、初恋の話なんてしない。思い出したりしない。恥ずかしすぎて死にそうだ。あんなにもゾルフを好きだったという感情が思い出せるというのが、死にたいほどの羞恥心に拍車を掛ける。今後フラットな気持ちで彼と接することができるか、不安だ。今は別にゾルフのことを好きではない筈なのに、『過去に好きだった』というその事実が私の感情をややこしくさせる。
     やめようやめよう、私は今の感情を優先すべきだ。ゾルフのことは好きというわけではないし、単なる上司と部下の関係で、まあ身体の関係はあるものの、それだけだ。感情が伴わない、欲求のはけ口みたいなものだ。それ以上も以下もない。
     
     だからおねがい。今はその気持ちに気付かないで。
     
     終
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