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    KAYASHIMA

    @KAYASHIMA0002

    🌈🕒ENのL所属💜右小説置き場。
    エアスケブは受け付けません。ご了承ください。

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    KAYASHIMA

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    💛💜です。💙視点。
    フレンドゾーンなおはなし。
    一気読みしたい方向け。
    なんでも許してね。

    #lucashu
    ##輪廻収録

    【lucashu】フレンド・ゾーンでさよなら

    シュウが、ルカのことが好きだと自覚したときを今でも鮮明に覚えている。なんで僕が?って思うかもしれないけど、だってあまりに、可愛かったから。恋なんて全く知らないって顔と、本当に興味がない雰囲気に、最初こそシュウはアセクシャルなのかな?と思った。だけど違った。その変化に、ルカ以外が気づいた。アニバーサリーではじめて、やっと五人顔を合わせた日。シュウの、良くも悪くも緩んだ楽しげな眼差しが瞬いて揺れた。人が恋に落ちる瞬間は、蕩けそうなほど、見ていてついニヤついてしまう。もともとお互いに「意識」はし合ってたと思う。だけど決定打がなかった。シュウは想像よりフランクで接しやすくて、ルカは大胆に距離を詰めてくるくせに、予想よりも遥かに内気だった。面と向かって話して、存在を視認して、シュウは目覚めた。

    オフコラボを終えて、また画面越しの生活に戻る。配信をしていなくても僕らは話したりする。というより大抵は話してるんだけど。特にルカとシュウは良く話してるし、僕とシュウも、よく話してる。
    「ルカのこと好きになっちゃった」
    って、申し訳なさそうに胸の内をひっそり教えてくれたシュウ。
    「なんでそんな自信なさげなの?」
    「だって、あ〜……ルカは望まないと思って」
    恋を初めて体感しているはずのシュウでさえ、察してしまうほどルカは鈍く、そして友だちであり続けることに拘っていることに気づいていた。ルカの体験談をなぞると、そう消極的になってしまう気持ちも頷ける。ある意味、シュウよりも難攻不落だ。シュウは、聡かった。
    「じゃあ想うだけ?」
    「んはは、どうかな、やれるだけやるかも」
    ささやかな恋愛相談を何度か繰り返して、シュウは閉じた恋の先を見ながらも前に進むことを選んだ。直接的な言葉を投げても流されることが多く、分かりやすくルカに好意を向けるシュウに、僕らはただただエールを送った。満更でもないくせに、近寄っては来ないルカへ懸命に腕を伸ばすシュウ。ときに僕らから助言を受けながら、拙い足取りでふたりは歩み寄っていった。そしてとうとう。
    「ルカと恋人になったんだ」
    と、シュウははにかんだようにも、憂いているようにも聞こえる声で教えてくれた。
    「やったね、シュウ。良かったよ」
    「うん、ありがとうアイク」
    へへ、とあのとき笑ったシュウ。本当は、このときから分かってたのかもしれない。



    「最近どう?」
    ふと思い至って問いかけたのは、ルカとシュウが付き合い初めて半年ばかりすぎたころだった。
    「なにが?」
    「ルカとだよ」
    「ああ〜……まあ、変わらないよ」
    回線の先で、シュウが少しだけ沈黙して、多分苦笑いをこぼした。
    「大丈夫なの、シュウ」
    「ルカは、良くも悪くもルカだから」
    シュウの口から語られた出来事に、自分の記憶と照らし合わせて頭を抱えた。



    ふたりがパートナーになったことはENのみんながすぐに知ることになって、全体チャットにふたりが顔を合わせるとはやし立てたり進展を聞いたりと、ひやかしもふたりへの愛情だといわんばかりに盛り上がった。なかなかピュア同士だからと最初は親鳥みたいに、特にガールズの先輩たちははしゃいでた。
    「どんな話をするの?」
    「会う予定は?」
    「ねえふたりはどういうところが好きなの?」
    ガールズトークの餌食に、シュウはただ愛想笑いを浮かべながらもルカのどこが好きか、を多分本人にもきっちり伝えるために口にしてた。なんて健気だろうって何度か居合わせた僕はにやけたのも覚えてる。
    「ルカは仲間のことすごく大事にしてる」
    「ルカは思いやりがあって繊細で」
    「優しくてあったかいから、すき、かな」
    甘酸っぱい言葉がシュウの口から語られて、ルカからはひとつも出てこなかった。そのことに、引っかかったはずなのに忘れてしまってた。
    あるとき、僕がいないときだった。もはやお決まりのように、ルカとシュウがたまたま全体チャットに顔を揃えたからからかうようにはやし立てると、ルカがいったらしい。
    「そういうのやめてよ、恥ずかしいんだ」
    「せっかくみんなで話してるんだから」
    「オレとシュウはいつでも話せるから」
    「ええと、ほらプライベートなことだし」
    だから、恥ずかしいからそういうのやめて。とルカが珍しく言葉尻を強めて吐いたらしい。それを聞いたメンバーは驚いて口数が減ったらしく、気まずさに終止符をうったのはシュウだったらしい。
    「照れちゃうんだよね、ほら、僕ら初心者だし、ね。ペースがあるんだ、んへへ」
    はにかんだシュウの声が場を和ませて、以来ルカが全体チャットに顔を出してるときに、シュウはあまり現れなくなった。



    「僕ら……からかいすぎた?」
    「ううん……多分、本当に僕と付き合ってる、っていうのが恥ずかしかったんだと思う」
    「え?」
    「アイクには、いっとこうかな」
    シュウが、重たい鍵を外すように、鉛みたいに鈍色の記憶を打ち明けてくれた。
    「多分ね、」
    ルカは僕との関係を崩したくなくて、僕の気持ちにOKを出したんだ。多分、とかじゃなくて確かだと思う。だって、僕が「ルカが好きなんだ。恋人になりたいって意味だよ?」って伝えたとき、スピーカー越しのルカは戸惑ってた。困ってたよ。
    「恋人になったら、何か変わる?」
    「変わんないんじゃないかな」
    「変わんない?」
    「毎日話して、会いたいねって気持ちを打ち明けて。たまに好きだって言い合ったりさ、多分、そんな感じ」
    簡単に会えないからスキンシップもそれ以上も出来ないしね。ってジョークも混じえて、自分なりにお付き合いの夢をルカに伝えたんだ。
    「変わんないね」
    ってルカが呟いて、「いいよ!付き合おうシュウ」っていってくれたんだよ。
    そう、宝物みたいにシュウは教えてくれた。大事な思い出を優しく撫でるみたいに、慈しむみたいに零したけど、そこに落胆が滲んでいることに気づかないほど鈍くはなかった。
    「シュウ、もしかして」
    「分かってたんだ。ルカが僕を恋人にしてくれたのは、僕との関係を壊したくなかったからだって」
    ぽつり、と声が泣いているようだった。
    「友だち、と変わんないならって、だから僕らはふたりで会うことも、会いたいなって伝えても欲しい答えは返ってこないんだ」
    僕は、かけるべき言葉を失っていた。だって、それじゃあまりにシュウが可哀想だと思ってしまったから。
    「ああ、誤解しないでアイク。ルカは善意なんだよ。僕を悲しませない方法と、今まで築いた関係を壊さない方法を考えてくれたって分かってるんだ。わかった上で、僕はそれを利用したんだ……ルカのはじめての恋人になりたかった」
    恋って自分を抑えられなくなるんだね、ってシュウは笑った。
    「でもちょっとだけ、苦しい」
    「シュウ……」
    「んはは、ルカって本当に奥手!僕みたいな初心者じゃ無理みたい」
    「シュウ、ルカがまだ好きなの?」
    スピーカー越しに、シュウが本当に小さくちいさく、有り余って溢れた感情を、いとおしむように、柔らかくくふりと笑って「好きだよ」と零した。
    少しの沈黙が、シュウの苦しみを反芻するには十分なほど耳をつんざいて。
    「だからルカにいったんだ」



    「ねえルカ、来週あたりから二週間くらい、長く出かける予定ってある?」
    「え?ないよ?どうしたのシュウ」
    「んふふ。ちょっとね、そっか……じゃあ楽しみにしててよ」
    「え?本当になに?シュウ〜?」
    「んはは。できたら家にいてよ」



    「って。こうさ、恋人にいわれたらアイクならどう捉える?」
    まるでイタズラをしかけた子どもみたいなシュウの声に、少し首を傾げて、
    「もしかして会いに来るのかな、ってドキドキするかな」
    「……そう伝わってたらいいなあ」
    「え、いくの?」
    「うん。もう一回、直接告白しようかなって。それで、あ〜……もしルカに会いに行って、なんで来たの?とかどうして来たの?とか言われたら……諦めようかな、って」
    シュウの挑戦に、見えていないだろうけど瞬いて、「本当、シュウってぶっ飛んでるよ」って笑うと、「んはは」って気の抜ける声が返ってきた。
    「上手くいくことを祈ってるよ」
    多分、ルカは奥手すぎて寂しがりだから、求めるのが苦手なだけだよって添えて。



    それは、シュウからオーストラリアに着いたよ。って連絡があった日だった。ミスタから「アイク今週スケジュール空いてる?」ってチャットがきて、すぐにボイスチャットの通知がきた。
    「どうしたのミスタ」
    「ああアイク、麗しい声だ」
    「え、ヴォックス?」
    ミスタのマイクからヴォックスの声が、そして。
    「ハイ!アイク〜」
    「……は?」
    ルカの声がした。一気に肝が冷えた。驚きすぎて言葉が続かなかったのを「ドッキリ大成功だ〜」ってはしゃぐルカの声に引き戻されて、僕は声を上げた。
    「なんで!なんでルカが?え?イギリスに?」
    「そうだよ〜!みんなに会いたくなって!」
    「まじで急にだったんだぜ?今イギリスに着いたから!って」
    「ああ、これは集まるしかないなと思ってな、アイクも誘おうと提案したんだ」
    「……シュウは?」
    カラカラになった声で、問いかけると、ケロリとしたルカの声が返ってきた。
    「シュウ、誘ったんだけどどうしても外せない用事があって、って……」
    「いや、だって……ルカ、キミ、シュウに直近二週間の、出かける予定聞かれなかった……?」
    「え?なんで知ってるの?」
    スピーカーの向こうで、ミスタとヴォックスの「どういうこと?」って困惑した声がして、僕はますます頭を抱えた。
    「聞かれたよ、だから何だか出かけたくなってさ!だからシュウに一番に声掛けたんだよ、一緒にみんなに会いに行かない?って」
    「ああ……」
    シュウ、って口の中だけで嘆いて、「会いたいっていっても良い返事はかえってこないんだ」って零した言葉を思い出してしまった。
    「家にいてよ。っていわれたでしょ、ルカ……」
    「?うん、え?なんでそんな詳しいの……」
    「ああ、……あ〜……、なるほど、ああ……」
    ヴォックスが多分頭を抱えた。
    「……え、ちょ、ちょっと待って、まてよ……アイク……それ、……まじか?」
    ミスタが推理を整えた。
    「え?なに?」
    ルカだけが、本当に「脈ナシ」の反応をした。
    「それで、僕もそっちに来ないかって話?だっけ?」
    「そうだよ!」
    「いいよ。ルカに直接言いたいことが沢山できた」
    ああ先に、教えてあげるけど。そう言葉を区切って、僕は吐き捨てた。
    「シュウ、今日オーストラリアについたって」





    荷物をまとめて、スマートフォンを見るとシュウからのメッセージが届いていた。
    『ルカ、無事にイギリスに着いてた?』
    『シュウちょっと時間できたら電話して』
    ぎり、と握ったスマートフォンが軋んだ。シュウは分かってた。分かってて行ったんだ。オーストラリアに。
    すぐに、レスポンスがあった。
    「もしもしシュウ?」



    数時間乗り物に揺られて、開いたドアの先は沈黙だった。僕と同じようにスマートフォンを握ってソファで項垂れるルカを宥めるように、ミスタとヴォックスが囲んでいた。
    「ルカ」
    僕の声に、弾かれたように上がったルカの顔は真っ青だった。
    「……アイク、オレ……」
    ぎゅ、と籠った拳がしらんでいた。余りの憔悴さに、ふつふつの煮立つ腹の底の熱が死んでいく。僕の中で、作り上げられた、心ない自分勝手で鈍感で、逃げてばかりのルカがひび割れた。ただの臆病者だ!と罵るところだった。沸騰しそうな頭に冷水を浴びたような感覚さえするくらい、ルカは項垂れていた。
    「ルカ、ちょっと話をしようか」
    深呼吸をして、上着を預かろうと差し出されたヴォックスの腕に渡して、ソファの位置を変わった。
    「ルカは、シュウのことをどう思ってるの?」
    大きな体を丸めたルカが、僕の目を見て瞬いて、金糸雀色の睫毛が揺れて視線が落ちた。煮え切らないルカの態度に、未だに低い沸点のかわりに片眉が上がって、「ルカ、もう全部吐き出さないと、届かなくなるよ」と急かす口が止まらなかった。
    「……好きだよ、シュウのこと、好きなんだよ」
    きゅ、と締め付けられた喉から吐き出されたのは、進行形の愛だった。「好きだと思ってた」って、聞かされると思ってた。虚をつかれて、落とした視線を辿る。ずっと、ルカのスマートフォンの画面はシュウを呼び出す前の画面で止まっていた。
    「それ、シュウにちゃんと伝えた?」
    返ってきたのは沈黙だった。
    「ねえルカ、なんでシュウの告白を受けたの」
    「それは、……シュウが、オレを好きだっていってくれたから」
    「ルカはそのときから好きだったの?」
    「そうだよ、オレだって、ちゃんと好きだったんだ」
    震えた声が、部屋に響いて。迷子みたいに揺れる薄紫の瞳が僕じゃない誰かを見ていた。
    「じゃあ、なんで関係の変化を気にしたの」
    「怖かったんだ……付き合いたい、とか考えてなくて……だって今までで十分だと思ってたのに、さらに、何かを求められて、オレがシュウに嫌われずにちゃんとそれに答えられるかが」
    「……だから、変わらないならいいよって?」
    「そう」
    「好きだって一言も、いわなかったんだね」
    ようやく、ルカがハッとした顔をした。ようやく、足りないものに気づいた。遅いかもしれない、まだ、間に合うかもしれない。想像もできない。ひとり、好きな人のいない、好きな人が育った場所に立つ、シュウの痛みが。
    「今まで、シュウがどれだけキミに好きだよって伝えて来たかは分からないけど、だけどルカ、キミより絶対、何度も口にしてきたはずだよ。それに、何回答えてあげた?何度、自分から好きだってシュウに伝えてあげた?……言わなくてもわかるよ……残念だけどね」
    唇を噛んだルカが、震えた。不甲斐なさにか、悲しいからか、僕には分からなかった。不安と、恐怖だと思う。酷く人に嫌われることを恐れているみたい。
    「ルカにとって、恋愛って怖いものなん?」
    ミスタが、かわいた唇を湿らせて掠れた声で問いかけた。ルカの背中をさする、その手はゆっくりと、優しかった。
    「どうかな、わからないんだ。好きに、なられたことがないから」
    「それはないだろう。ルカ、お前の話を聞く限り、お前は何度も好意を持たれていた。けれどそれに気付かないふりをしてきた。そうだろう」
    ヴォックスの、窘めるような声音が深く響く。ルカはここにはいないシュウを探すように視線を泳がせた。
    「助けてくれるシュウはいないよ、なんでか、わかる?」
    「一緒に、来てくれると思ってたんだ……」
    「シュウは優しいから?」
    「スケジュールを聞かれて、珍しくシュウも出かける予定が欲しいのかなって、もしかしたらオレとふたりでサプライズでも起こしたいのかなってさ……だから、誘ったんだよ」
    シュウと、一緒にみんなに会いに行きたかったから。そう、幼子みたいに舌足らずにルカが口にして、僕らはしばらく言葉を失った。確かに、ルカはシュウを好いているはずなのに、シュウの本当に伝えたい言葉が届かない。あまりに不憫だと口を覆った。
    「なあルカ、恋人が、期待して、家で待ってて。っていったら何想像する?」
    ミスタの声は微かに上ずっていた。反対側の彼がどんな顔をしているか覗いて、少しほっとした。ミスタは怒っている。確かに、シュウのために怒っている。
    「……分からなかった、サプライズプレゼントでも送られてくるのかなって。まさか、会いに来るなんて思わなかったんだ」
    ルカの答えにミスタは言葉を詰まらせて、「鈍感にも程があるって」と零した。
    「シュウ、会いたいっていってなかった?」
    「何度、か」
    「それにルカはどう答えてたの」
    「オレも、会いたいよって、みんな距離があるから、みんなに会いたいって」
    「シュウとふたりで、って考えなかった?」
    「……オレとふたりきりで会って、もし幻滅されたら?って考えたら、無理だった。だから曖昧に流してた」
    オレ、自分に自信がないんだ。とルカは情けなく、ようやく本心をこぼした。
    「シュウは、多分オレが何をしてもどんなでも、受け入れてくれる。だけど、そんなの、格好がつかないじゃん。今のままでいいなら、今までの、会わずに話して、ふざけて、それだけで暖かくて、優しくて、十分幸せだった。これ以上を求めて、求められたとき、オレはシュウの望むことを貝せる自信がなかったんだ」
    「シュウの幸せは、考えたか?」
    ヴォックスの声は、慈しみを持ちながらそれでいて懺悔室に入れられたような緊張感を味あわせてくる。そう、それは全部独りよがりでしかないんだよ、ルカ。胸の内で吐露して、目を瞑る。
    「シュウは、お前と本当の恋人になりたかったんだ。真似事じゃない。触れて確かめて、そしてお前がどう感じるか。自分が、お前に必要とされるのか。知りたかったんだ、シュウは。待っていて欲しかったんだよ」
    ヴォックスは乾いた唇を湿らせて続けた。
    「ルカ、きっとお前も恋をしたことがないんだ。本気で、誰かを愛そうとしたことがない。だから、手を伸ばせない。なぜシュウの告白を受けた?なぜシュウの気持ちに答えてやらない?……それはルカ、お前が心のどこかでシュウならそれを許してくれる。シュウなら、友達の延長線であいまいにごっこ遊びをしてもそばにいてくれると思ったからだろう。違ったとしても、シュウに届かなければ意味はないんだ、分かるか?」
    「伝えなきゃ、意味ないんだよルカ。仕舞ってたって怖がってたって、意味ないんだよルカ。口にしないと意味ないんだって。あとから好きだったなんていったって、意味ないんだよ」
    「……ねえ、ルカ。シュウがどうしてオーストラリアに秘密でいったか分かる?」
    ルカに投げられる言葉は、心の底からルカに気づいて欲しいシグナルだった。カラにこもってばかりじゃ何にも残らないし手に入らない。自分の気持ちばかり大事にしたって、寂しいだけだって。どれほど、今まで無関心が強かったルカに響いただろうか。少し、怯えの消えた薄紫の瞳が膜を張っている。僕の言葉にルカは素直に首を振った。
    「直接、告白したかったんだって。本当に、ルカが好きなんだよって、伝えたかったんだって。シュウは、分かってたよ。ルカが臆病で鈍感なことくらい。だからたくさん言葉にしたんだよ。慣れない言葉をたくさん、シュウは、伝えないと伝わらないって……ちゃんと分かってたよ」
    「シュウ……」
    ルカが、ぽつりと涙を零した。けれど、拭ってなんかあげないんだ。その涙は、本当ならシュウが流してるはずだから。
    「チャットで弄られるのが恥ずかしいからやめて?それをシュウががどう捉えたか知ってる?『自分と付き合ってるのが恥ずかしいんだよきっと』ってそういってた。ルカが告白をOKしてくれたのだって『関係を壊したくなかったからだ』って……ほら、キミがきちんと臆病風吹かせずに好きだよってたったひと言でも返してたら、シュウはこんなことしなかったんだ!」
    上がったボルテージが、息を荒らげてしまった。ふうふうと肩で息をして、ヴォックスが宥めるように背中を摩ってくる。深く吸って、吐いて。驚きに見開かれたルカの双眸から涙が引っ込んでいた。それにもムカついてしまった。どうしたら、この鈍感は重いおしりをあげるのか!弾けそうな癇癪玉を割らないように、僕は何度深呼吸したか分からない。
    「シュウが、こないのは、会いに行きたい気持ちが伝わらなくて、悲しかったからだよ」

    『ルカに誘われたとき、ちょっとだけ、折れちゃったんだよね。直接会いに行くよっていってたら、何か変わったかなあ……僕が、会いに来るなんて思ってもなかったなんだなって、考えちゃって……今、ルカの顔を見て、うまく笑える自信がなかったんだ。んはは、まあチケット代も馬鹿にならないしね……』

    つい数時間前に、シュウが通話で吐いた弱音が頭にこびりついていた。悲しかったんだと、口にはしなかったけど、彼はきっと、右も左も、会いたい人さえいない土地で、情けなく、笑っているんだろうなって、考えると胸が痛かった。どうにかして、ルカに分らせたかった。うまく言葉にできなくて苦しい。ああどうしたら、シュウの悲しみが、ルカにぶつけられるだろう。歯噛みして、僕が泣きそうになっている。

    「本当に、好きなの?」
    「最初に、告白されたときに、シュウと変わらない関係でいたかったのと、誰にも、とられたく、なかったんだ」
    「なんで!それを!……はあ、本人にいいなよ。今すぐ、本人に。というか、今からオーストラリアにとんぼ返りするくらいな気概見せなよ」
    ぽそぼそと、顔を覆って観念するように囁かれた言葉に危うく卒倒しそうだった。頭がミックスされて、もう考えることさえ放棄して。握り続けたスマートフォンをルカに握らせた。
    「アイク、?」
    「いってなかったけど、そのスマートフォン、ずーっと、シュウと繋がってるんだ」




    指さした、ルカの手のひらに移った液晶画面に、長ったらしく繋ぎ続けた通話時間がうつっている。
    「ああアイク……キミってやつは」
    「すげえよな、もう……うん。聞かせてたん?マジ?」
    「マジだよ。ルカの気持ちにケリをつけたかったんだ」
    『んはは、あ〜……みんな、ハロー……』
    ノイズにまじる、気まずそうにわらってるだろうシュウの声に、適当な挨拶を返して、無言で固まったルカを見た。喋るように促すと、ルカはハッと我に返って、あーだのうーんだの、言葉にならない音を発して煮えきらなくなった。片眉がひくりと上がる。
    「ルカ」
    「あ、あ〜……シュウ、ごめん。本当に、ごめん」
    意を決して、というより腹を括ったのか、ルカが最初に口にしたのは謝罪だった。振り絞るように、見えないシュウに、深々と頭を下げて。固唾を飲んで、見守る体勢に入った僕らに見向きもせず、ルカは画面を見ている。
    『謝らないでよ。僕が勝手に空回っちゃったんだ。ちゃんといえば良かったね、会いたいから会いに行っていい?って……逃げちゃったから。だから僕のほうこそ、ごめんね』
    スピーカー越しのシュウの声は柔らかかった。柔らかすぎて、背筋が震えた。何を考えているか全く読めなかった。ルカは、少しホッとしたように強ばっていた表情が緩んで、画面の向こうにいるシュウに笑いかけている気がした。
    「 シュウは謝らないでよ、オレが、もっとシュウに伝えなきゃいけないって、みんなに気付かされたんだ」
    『ああ、ええと。アイクかな、一番は。ありがとう』
    「気にしないでシュウ、僕が我慢ならなかったんだ」
    『んはは。まあ、そうだね……僕がずっとルカを僕のエゴに付き合わせてたんじゃなかったんだ、って知れてよかった、かな』
    困ったように笑うシュウに、ルカが首を横に振り続けている。
    「そんなワケないって、オレも、ずっとシュウが好きだよ。今まで、いえなくてごめん」
    『……うん、んふふ……ありがとうルカ』
    シュウの声は、微かに音に乗るくらいの声で、やっぱり柔らかく優しかった。慈しみと、愛に満ちた、哀しい微笑だった。
    『……あ、そうだ。僕もそっちに行くよ。一緒のタイミングに合わせられなくてごめんね、とりあえずあと一泊してからのチケットをゲットしたから、ああでもそんなに長くいない?』
    ルカが顔を上げて僕らを見た。言葉にしなくても、「いてもいいか」を必死な眼差しが訴えてくるから、それを断れる人間(まあ人間、うん)はいなくて、全員で頷いた。
    「いるよ、大丈夫、待ってるから」
    『んはは。よかった。ねえルカ、着いたらハグしていいかな、キミに、触れたり、してもいいのかな……ごめん、なんだか自信がなくて、あ〜……今なら、まだ戻れるよ、時間があるから。ルカが、無理をして僕と……』
    「シュウはオレの恋人だよ」
    瞬いたのは、多分僕だけじゃない。ミスタもヴォックスも、シュウも、きっと瞬いて、驚いた。あれだけ消極的で、「相手からの好意に気づいていても見ないフリ」をしていたルカが、きっとはじめてまっすぐに発した言葉だったから。
    「だから、戻らないで。なんて、勝手だよな、でも……でも、恋人で、いさせてほしい」
    シュウはそのあと、静かに『分かったよ』って答えて通話を終えた。

    「ちゃんといえるんだね、なんでもっと早くいわなかったんだろう」
    「……あれが、あの瞬間だけの勇気とマジックじゃなければいいが」
    「……俺も同感」
    そわそわと落ち着きないルカからぬるくなったスマートフォンを受け取って、抑えた声で囁き合う。ヴォックスとミスタは顔を顰めたまま、僕はシュウの頭が読めなくて困ったまま。
    「どういうこと?」
    「確かに、ルカにとってはじめて引き止めたいと思えるほどシュウは魅力的にうつったんだろう。ルカが、本当にシュウが好きなことは認めるが……顔を合わせて、果たしてルカがきちんとシュウを見つめられるか」
    「……俺はさ、シュウがもう傷つかないんだったらなんでもいいよ。これ以上、あんな哀しい声で話して笑うシュウの声、聞きたくないわ」
    何かを諦めたようにも聞こえた、シュウの声。ルカの言葉を素直に受け止められていないような、そんな自分を嫌悪しているような。「いなくならないと、わかってもらえない気持ちなら、意味はあるのかな」って、シュウがいっているような気がした。
    「……ルカを、信じてみよう」
    変わったと思いたい。薄紫の瞳から除かれた不安と怯えが、戻ってこないことを、祈りたい。
    そのあと、シュウがくるまでのスケジューリングと、シュウが来てからのスケジュールを組んで、サプライズオフコラボを敢行した。リスナーには大盛況で、配信中のルカは普段通りだったし、シュウもSNSで反応してたからとりあえず、会えば解決しそうだな、って思ってた。
    数日後、シュウがオーストラリアからイギリスに降りたって、いつもオフコラボでお世話になっているレンタルハウスに到着を知らせる呼び鈴がなった。弾かれたように(飼い主を待つ犬みたいだった)ルカが飛び出して、玄関を開いた。僕らはエントランスに続く廊下からそれを顔だけ出して見守って、そして「ああ、本当に世話のかかるカップルだ」って肩を竦めた。向き合ったふたりは、言葉よりも先に抱き合った。というよりルカがシュウを抱き締めた。それに、多分驚いて一拍反応が遅れたシュウが恐る恐る背中に腕を回して、抱き合った。そのまま、シュウが「会いたかったよルカ」、って微かに聞こえるくらいの会話が耳に入ってきた。
    「オレもだよ」
    なんて、甘い雰囲気に一歩近づいたようなふたり。シュウが背伸びをした気配がして、これ以上盗み見るのは良くないと目を伏す瞬間、僅かに垣間見えたシュウの濃紫色の双眸が揺れた気がした。顔がギリギリまで近づいて、そしてシュウがルカの額にキスをしたように見えた。ざわりと胃のあたりが不快に蠢いて、ぱ、と微笑んだシュウがルカの肩口から顔を覗かせたから飲み込んだ。
    「ハイ、みんなお待たせ」
    何か吹っ切れたような、何かを脱ぎ捨てたような笑顔だった。
    シュウが揃ってから、残り四日のカウントダウンが始まった。毎日組み合わせを変えてコラボ、各自の配信。五人揃っての企画をこなす。シュウは楽しそうにスケジュールを見返して、「楽しみだなあ、ね、ルカ」って笑いかけたのに対して、戸惑ったように吃ったルカ。良かれと思って部屋を一緒にしたルカとシュウが、二日目の朝に両極端な顔をして現れた。シュウは多分きちんと眠ったんだろうなってすっきりした顔。かたや、絶対眠れてないだろうなって、あんなに早寝早起き健康優良児なルカの目の下に隈が住んでいた。「手が出せずに一晩健やかに眠るシュウに悶々としたんだろうな」って僕も含め三人揃って結論づけた。
    ゲッソリとしたルカが、颯爽とリビングに足を運ぶシュウを名残惜しげに見送って、僕と目が合った。嫌な予感がした。ぶるりと身震いをしたところで、ルカは深刻そうな顔をして手招きをした。恐る恐る近づくと、情けなく、打ちひしがられたような声でルカは零した。
    「シュウに、友だちに戻ろうって、いわれたんだ」
    「……は?」
    思い返す。昨日、シュウはルカのそばに極力寄ろうとはしなかった。普通なら、並びはイベントと同じくで自然と決まっていたのに、昨日はシュウ、そういえばミスタと僕の間に座ってた。そう、「いつも通り」シュウとルカは仲が良かった。僕たちがみていた、今までの空気と一緒だった。小さな声でひそひそと、ルカが耐えきれずに吐き出す言葉が右から左に流れていく。リビングで、張り切って朝食を準備するヴォックスに話しかけていて、その顔には全く憂いも通話にのった哀しい声音さえ残っていなかった。
    「話しかけようとしても、避けられて……」
    シュウの選択を、今から一方的に責めることは僕にはできなかった。今までの、ルカとのほとんど破綻した恋人関係に心が追いつかなくて、と思ったけれど、ふとルカの目が泳いでるのに気づいた。
    「ねえシュウ、ミスタと買い出しに行ってくれない?朝ごはん食べたらでいいから!」
    そう声をかけると、シュウは微かに片眉を痙攣させたけど、何かを察した寝起きのミスタが頭を急回転させて、
    「オッケー!酒もいい?」
    「いいよ、今夜は飲もう」
    「いいじゃないか、私も飲みながら語らいたかったんだ」
    訝しげなシュウを誤魔化すのなんて高難度なクエストをなんとか成立させるために、僕らは必死だった。気合いの入ったヴォックスお手製の朝食に舌鼓を打って、なんとかミスタが渋るシュウを引きずって外出させて。ヴォックスが個人の配信を始めるために配線を整えた一室に入っていった。時間はそんなにない。僕は数日前に見たばかりの蒼白になったルカをソファに座らせて、
    「詳しく聞かせて」
    ルカの要領を得ない話を僕は根気強く聞くはめになった。
    「玄関で、シュウの顔を見たとき、好きだなって思ったんだ……そしたら自然と、シュウを抱きしめてた。細くてさ、心配したけど、シュウの腕が背中に回って心臓が、今まで感じたことないくらい苦しくなって……」
    「見つめあったとき、シュウが自然と顔を近づけてきて、あ、キスされるんだ。って思ったらオレからしたいなって、思って、ちょっとだけ、ほんのちょっとだよ?顔を、逸らしちゃったんだ」
    「ああ……ルカ……」
    「そしたら、シュウが、見たことないくらい、くしゃってした顔して、笑ったんだ」
    『ルカ、友だちに戻ろう』
    あのときの、濃紫の瞳はそういう理由だったんだと、すとんと与えられた答えがぱちりと嵌って、自分のことでもないのに胸が痛んだ。
    「オレが、驚いてるあいだに、シュウが額にキスをして、それで……変わらないんだけど、変わってて」
    ルカに、触れてもいいか尋ねていたシュウを思い出した。ああそうか、シュウは、全然立ち直ってなんかなかったんだ。きっと、「会えば上手くいかない」と、思ってしまっていたんだ。会いたい気持ちと触れたい気持ちと、ルカの気持ちを試したかったシュウ。僕にはわかるよ、と口の中だけで転がして。頭から消えてくれなかったんだろう、「生身の自分」は受け入れてもらえない。それが、シュウのなかでの、ルカが抱く「答え」になってしまったんだ。友だちでいよう、と線を引いたのは、悲しいことに、シュウだった。




    決めるのは、ルカしかいない。どんなに外野が頑張ったって、シュウを取り戻すにも、手放すにも、どうなりたいか、どうしたいかはルカにしか、選べない。シュウは、どうにかルカと「友だち」に戻るための準備をしているんだと思う。完全に、振り切ったわけじゃない。もし既に「恋」を捨てているなら、僕とルカが顔を寄せて話していることに、微かでも苛立ったりしないはずだから。「あなたとは友だちでいたいの」っていう牽制を、無視するのか、今までと同じように引き下がって手を離すのか。
    「ルカはどうしたい。このまま友だちに戻るなら、シュウの考えを汲んであげたらいいよ。だけど、イヤなら、今度はルカから腕を伸ばす番だよ」
    揺れる薄紫の双眸には、数日前まで浮かんでいた不安も恐怖も、そこには映っていなかった。背中を押して欲しい、ただそれだけを求めているみたいだった。
    「腕を伸ばすよ、だって、シュウが好きだから」
    「だったら今日だよ。まだ間に合う。というか本当に、ルカがカッコつけて自分からキスがしたいなんて欲出さずにシュウのファーストキスをもらってあげたら良かったんだよ!」
    そしてはやく、シュウの笑顔を取り戻してくれないと、僕らは本当にルカにビンタを食らわせてしまうからね!と捲し立てるとルカは情けなく肩を丸めて「ごめんって」と鳴いた。
    「今日ケリをつけて、明日の夜にはいい雰囲気にまで持っていく……あ〜、持って行けなくてもいいから二人で仲良く眠ってくれなきゃ困るよ」
    「初めてだった、誰かの寝顔みて、ドキドキして眠れなかったの」
    「……本当に、なんでそれを本人にいえないのかなあ」



    大量に揃えられたお酒を、かぱかぱと空けていく夜。僕はもちろんミスタもヴォックスも、くだらない話にゲラゲラと笑って、普段はオンライン飲みでもそんなに缶を空けないシュウが珍しくすでに数本空けていた。はじめて見る、ふにゃふにゃのシュウ。あまりの無防備さに不安さえ覚える。「飲むと楽しくなるんだ」といっていたとおり、常に笑っていて、緩んだ表情をしていた。ルカの怖い顔にも気付かない。シュウは今、あまり良く状況が分かっていないのか、僕の方を背もたれだと勘違いして寄りかかっている。それを、ようやく恋を自覚したルカが、睨んでくる。悪手かもしれないけど、お酒が入れば本音が零れちゃうものだから、とこれに賭けた。
    「そういえば、ルカにシュウ。ふたりはもう仲直りしたようだが、結局なにが原因だったんだ?」
    当たり障りなく、ヴォックスが引き出しを開けた。
    「ん〜?喧嘩なんてしてないけど、仲直り?僕らが?」
    「ああ、国境をまたいだ大喧嘩をしていたんじゃないのか?」
    ワイングラスを揺らしながら、ヴォックスが深みのある、からかうような口調でシュウを煽っている。本当に、上手いんだから。と肩を竦めてみせるとウインクが飛んできたのでミスタに転送しておく。
    「……僕の独りよがりだっただけだよ、今はもう大丈夫、ほらこの通り仲良しだからね」
    小さく小さく刻まれた呟きをかき消すようにふにゃりと笑ったシュウが、僕の肩から抜け出して、ルカの隣にずるずると力の入らない身体を引きずって移動した。少しの空白。それでもさも仲良しですと、アピールするように。
    「そうは見えねえけど?」
    「ああ、全くだな息子よ。ルカは物言いたげだ」
    ミスタとヴォックスがつるんでお酒を煽りながらけしかけていく。シュウの片眉がぴくりと揺れた。
    「ルカは僕に何にもいうことなんてないよ」
    ぴしゃりと、冷水のような鋭さのある言葉がシュウから溢れた。
    「あるよ、シュウ」
    ルカは怯まなかった。シュウだけを見て、浴びた冷水にも震えずに。
    「なにが、あるっていうのさ」
    「キスはオレからしたかったんだ」
    「……ええ?」
    ツンと澄ました表情で固めていたシュウの顔が、ポカンと崩れてしまった。眉間に皺を寄せて、「何をいってるのか理解できない」って顔に書いて。それは、そうだと思う。僕もビックリしてグラスを滑り落とすところだった。
    「チャットで、シュウのすきなところがいえなかったのは、オレだけが知ってたいシュウのすきなところばっかりだったから、いいたくなかったんだ」
    「なに……」
    「いいぞルカ、続けろ」
    「ぜーんぶぶちまけろ!」
    気分が良くなるほどすでに酔っているヴォックスとミスタが肩を組んで援護を飛ばしていく。シュウは何が起きてるか理解できずに瞬いて、ずり、とルカから距離を取ろうとした。それを、ルカは許さなかった。
    「(やればできるんだから、本当に世話がかかるよ)」
    シュウの腕を、ルカが掴んで離さなかった。
    「オレにだけ一番優しいよ、シュウは。いつもオレを見てくれてるの知ってるよ。オレの名前を呼ぶときの声が好きなんだ。甘えたいときに、少し口ごもるところが可愛いなっていいたかったんだ。それに、これは最近気づいたんだ、シュウを抱きしめると、胸が苦しくなるんだって。ごめんね、シュウ、ずっと宙ぶらりんにして、オレが意気地無しだから、ずっと傷つけてた……これからも、オレは、鈍感だから……傷つけ、るかもしれない……だけど、だけど」
    シュウは振りほどかなかった。ルカの腕を。聞きたくないと耳を塞がなかった。それが、シュウの答えだった。
    「ルカ、酔ってるんだよ、あ、したになったら忘れちゃってさ、また、僕に触るのも、怖くなるんだ」
    「シュウ、ルカは一滴も飲んでないよ」
    「……そんな、都合いいこと、あるわけないじゃん」
    濃紫色の綺麗なシュウの瞳がゆらゆらとしている。必死になって、描いた線を越えさせまいと、震えていた。
    「怖かったんだ、オレ。シュウにあって、実際のオレを見て、臆病だし鈍感だし、触れ合うのだって緊張してうまくできない、そんな情けない自分を見せるのが、怖かったんだ」
    「今まで、何にも、かえって、こなかったじゃん」
    シュウの言葉に、僕が胸を詰まらせた。そう、ずっと、シュウは待ってた。ルカの言葉を。潤んだ声が、僕らの呼吸を奪った。ポロリと、シュウが涙を零したから。きっと今すぐ、みんな彼の涙を拭いたかった。だけど、それをするのは僕らじゃないから。ぎゅ、と握った拳を隣のミスタが掴んでくれた。
    ルカの指が、シュウの涙を拭っていく。今まで、届かなかったシュウの言葉たちを拾い集めるように。優しく、繊細に、大切に。ルカのなかに、もう迷いはなかった。
    「うん、オレの、意気地無しがごめん」
    「友だちで、いたいんじゃなかったの」
    「いたくないよ、もう友だちなんかじゃ足りないんだ」
    「遅いよ」
    「うん」
    そっと、ルカがシュウを抱き締めた。
    「抱きしめてほしかったんだ、ずっと、」
    「うん。オレもだよ。シュウを抱きしめると、こんなにも満たされるんだね」
    「……すきで、いていいの」
    「すきでいてくれないと困るよ」

    「ねえ、シュウ。友だちに戻らないで。恋人に、帰ってきてよ。大好きなんだ、シュウが」

    そうして、自然と、まるでそうするように決められていたみたいに。ふたりは吸い寄せられるように、キスをした。甘酸っぱい、ラブシーンに、僕らはアルコールも相まって鼻を啜っちゃったし、爆発した空気にお酒が進みに進む中、「幸せ」って顔でシュウは寝落ちて、ルカがそれを心底愛してる、みたいな顔して眺めてた。僕の肩の荷が、ようやく降りた瞬間だった。
    あんなに会うことを怖がってたルカが、最後のオフの日にシュウを誘って出かけていった。この期間で一番吹っ切れたのは多分ルカだろうと思う。
    寄り添って、手なんか繋いで歩く後ろ姿は、誰が見ても、恋人同士だっていうだろう。




    フレンド・ゾーン『に』さよなら






    おまけ。


    「そういえば、シュウ、オーストラリアどうだった?」
    「ん!ああ、真逆なんだなあって、実感できたかな」
    飲み明かした翌日のことだ。シュウとよりを戻した(というよりはようやく身を結んだ)ルカはあのあと酒瓶を空けてあけて、シュウを抱えるようにして寝ちゃって、ヴォックスとミスタは片付けは明日二人にさせよう!ってそうそうに部屋に戻ってしまった。残された僕も、やっと落ち着いたふたりの寝顔を肴に少しの飲み直したあと、寝こけてしまった。明朝、一番に起きたのはシュウだった。僕が意識が浮上したとき、自分を抱き込むように眠るルカの頭を優しい手つきで撫でるシュウがそこにいて、ぱちりと目が合って耳を赤くして困ったように笑ったのが可愛かった。シュウの笑顔はいつか世界平和をもたらす気さえした。それから、ぐちゃぐちゃなままのリビングを片ずけるべく、シュウはルカの腕から必死な顔で抜け出して(代わりにクッションを詰め込んでいたのには肩を揺らして少し笑ってしまった)、すやすやとした寝顔を眺めて「ルカって赤ちゃんみたい」って真剣な顔して呟くものだから、堪らず吹き出してしまった。
    カチャカチャと食器が重なって擦れる音を聞きながら、シュウのプチ旅行について尋ねた。
    「本当に春だったよ」
    「パステルカラーで、暖かくて、丁度観光シーズンなのかたくさん人がいて。不思議と、着くまではちょっと憂鬱だったんだけど、明るい雰囲気に、自然と笑っちゃってさ」
    まるで国全体がルカみたいだなって思ったよ。とシュウはおかしそうに肩を揺らして笑うのを、僕は頬を緩めて聞いていた。
    「賑やかだったし、あ〜……ちゃんとコアラとカンガルーは見たんだ。あと、そう……海が綺麗だった。すっごくね、まるで、心が洗われるみたいに」
    ざぶざぶと、泡のついた食器を流水にさらしながら、シュウが思い懐かしむように濃紫を眇めた。きらきらと、水飛沫に反射する眼差しは、やっぱり柔らかい。ルカのことを考えてるシュウは、一等優しい目をしている。
    「ルカのことを責めるより、自分のことを見つめなおせたよ。ルカが臆病で鈍感で、格好つけたがることも分かってたんだから、もっと……僕もどうにか努力できたんじゃないかって。ほら……慣れてない、というか初めてだったから、誰かを好きになるなんて。辛い気持ちも、初めてで、どれだけ踏ん張ったらいいんだろうって自分の限界もわかんなくて。気づいたら飛行機に乗っちゃってた」
    キュ、と蛇口を閉めたシュウが、僕を見つめてふにゃりと笑った。その目に、その声に憂いがないことが、なにより嬉しかった。
    「いってよかったよ。ルカがどんなところで、どんな風に、育って、暮らしたのかちょっと想像できて、本当に優しい人たちばっかりだったからさ、住みたくなっちゃったもん」
    そう、からからと、喉を鳴らして笑ったシュウを、思い出していた。



    「珍しい、シュウのゲリラ配信だ」
    ルカとシュウの、突拍子もない国境を跨いだ恋の駆け引きからしばらくが過ぎたときだった。ふたりは順調に、ときにルカの鈍感さと無邪気さにシュウが笑いながら怒ったり、無防備なパーソナルスペースの狭さにルカが嫉妬に狂ったり(文字通り、狂っていた)と、たくさんの山や谷を乗り越えながら歩いていくんだろうな、ってそう思っていたところだった。クリックしたさき、シュウだけじゃなくルカが映っていた。
    「ん?」
    ディスコードの、ENグループチャットはざわついていた。だってふたりは、どこのボイスチャットにもいなければ、オンラインでもなかったから。オフコラボ特有の、二人の声が少し響く感じ。もしかして、スケジュールに組んでないゲリラ「オフ」コラボかと配信画面を見て。
    『オレたち、ルームシェアすることになったんだ』
    『そうなんだよ、ビックリした?』
    「……はあ?」
    『シュウがオーストラリアに越してきたんだ』
    流れすぎて固まったチャットに、浮上するディスコードのアイコンたち。画面の向こうで、満面の笑みを浮かべるふたり。ルカの言葉に、ふいに「住みたくなっちゃった」って笑ってたシュウの顔が思い浮かんで、
    「ほんっと、世話のかかる、ふたりだった! 」
    僕はお腹を抱えて笑った。



    END。
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    Replies from the creator

    KAYASHIMA

    DONEIsアンソロに寄稿しましたお話です〜。
    第2弾もまたあるぞ!楽しみだ〜。
    【💛💜】衛星はホシに落ちた『衛星はホシに落ちた』







     僕は恋を知っている。
     僕は自覚も知っている。
    「恋を、自覚したから」、知っている。
     ルカという男に恋をしてから、僕は彼の周りをつかず離れられず周回する軌道衛星になった。決して自分から、形を保ったまま離れられないけれど、ルカの持って生まれた引力には逆らえずに接近してしまう、どうしようもない人工物。それが今の僕。近づきすぎたところで大きなルカには傷一つ付けられないで、きっと刹那的に瞬く塵になるソレ。そんなことは望んでいないし、そもそも自覚したところで、ルカという数多に愛される男を自分のモノにしたいなんて、勇気もない。それに、そうしたいとも思わなかった。百人のうち、きっと九十人がルカを愛するだろう。僕には自信があった。そのくらい、魅力に溢れている。だから、誰かのものになるのはもったいないと、本気で考えてしまったから。まあ、どう動けばいいのか分からなかった、ってのも、あるんだけれど。何を隠そう、右も左も分からない、僕の初恋だった。心地のいい存在。気負いしなくていいし、持ち上げなくてもいい。危なっかしいのに頼りになる。幾千の星に埋もれない。ルカは僕にとって一等星だった。
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