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    KAYASHIMA

    @KAYASHIMA0002

    🌈🕒ENのL所属💜右小説置き場。
    エアスケブは受け付けません。ご了承ください。

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    KAYASHIMA

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    💛💜。
    「聞こえない」呪い。モブ♀ちゃんがでます。ルームシェアしてます。Twitterに文庫形式で掲載しているものを纏めたもの。一気読み用

    #lucashu
    #mafiyami

    【lucashu】I'm here, so listen. シュウの声が聞こえない。正確には、ちゃんと聞き取ることが出来ない。「ざざ、ざざ」ってノイズに邪魔をされて、適当に相槌あいづちをうって誤魔化し続けるのにも限界がある。オレの耳はおかしくなってしまった。それは確かだし、どうして、よりによって、シュウの声が聞こえなくなっちゃったんだろう。そう、頭をめぐらせても答えらしい答えはなくて。日に日にノイズになっていく、シュウの声が段々、煩わしいとさえ、感じてしまって。何か、なにか原因があるはずだって、ぐるぐる考えて、
    『どうして、よりにもよって、
     フラッシュバックしたのは、つい最近言い寄られた女の子の言葉だった。ちょうど、シュウと出かけたついでに(正確にはシュウを連れてきたかったメインなんだけど、それだけじゃ格好つかないから色々回り道をして)立ち寄ったカフェの、テイクアウトコーナーを任されている彼女は、よくオレに声をかけてくれていた。いつもおまけをしてくれて、笑顔が魅力的で、可愛い子だと思ってた。このカフェのサンドイッチが新鮮でボリュームあって、美味しいからってよくシュウの分も買って帰ってたし、その間に緊張せずに話せるようになるくらい、そうわりと通ってた。
    「うん! このサンドイッチおいしいね」
    「だろ? 今度カフェスペースで一緒に食べようよ」
    「いいね、楽しみだよ」
     在り来りだけど、そうやって誘い出して、オレはシュウに告白するつもりだった。好きなものを共有して、次は一緒に新しいものを開拓して。そうして、過ごしたいと思えた相手はシュウがはじめてで。だから緊張に口から心臓が出そうだったし、実際、オレの様子がおかしいことに、多分シュウは気づいてた。でも何も聞かずに着いてきてくれた。一歩前でも後ろでもなく、隣を歩いてくれるシュウを、いつの間にか好きになってて、だから。
    「ハァイ」
    「ハイ、いつものお願い出来る? 今日はイートインしたいんだけど、二セット!」
    「もちろん大丈夫よ。ええと……誰かと?」
    「ああ! シュウっていうんだ。一緒に来てる……オレの、あー……友だち」
     オレが少し気恥しさに、今から告白しようとしてるシュウのことをどう紹介すべきか口ごもると、彼女の表情が曇った。今までの、チャーミングな笑顔がぐにゃりと歪んで、綺麗で大きな瞳に膜が張った。
    「どうして」
     そう、彼女が口にした瞬間、一歩後ろに控えていたシュウが顔を出した。
    「ルカ?」
     ぎ、と彼女の鋭い眼光がシュウに向いて、レッドアウトした瞳がぎょろりと蠢いた。尋常じゃない様子に、自分の腰元に腕を伸ばしたけど、今日は相棒ピストルを携帯していなかった。鬼の形相、ってこういう顔だろうか、なんて考えが頭の端を通り過ぎて、すぐに消えた。まるで幻を見せられてたみたいに、次の瞬間にはにっこり微笑んだ彼女に、「夢でも見てたのかな」なんて、そう言い聞かせて終わらせようと思って。
    『どうして、よりにもよって、おとこなの』
     地を這うような、綻ぶ花のように微笑んだ彼女からは全く、想像も、理解も追いつかない声がして、それから。
     それからじわじわと、シュウの声が聞こえなくなった。まるでオレの時だけが止まってたように、「お待たせしました」って笑ってる彼女から、シュウが綺麗に切りそろえられたサンドイッチが乗ったトレイを受け取ってた。
    「ほらルカ、あそこなんてどう?」
     って器用にトレイを片手に日当たりのいいテラス席を指さしてて、背中を「ごゆっくりどうぞ」って彼女の、笑っているけど底冷えするような声が撫でてぞわっとした。いつもは美味しいって感じるはずのサンドイッチが、何の味もしなくて、自分を叱咤して「今日必ず告白しよう」って決めてたはずの気持ちが萎びてしまって、シュウが優しい顔で微笑んでるのをみて、曖昧に笑い返して、来たときと同じ道を辿ってしまった。あんなに、シュウに好きだって言おう! って、思ってたのに。境は多分、そこだ。
     違和感は小さかった。たまにシュウの語尾が聞き取れないところから始まって。どんどん端からシュウの音が聞き取れなくなった。一文字ずつ、言葉を抜き取られているような。シュウの声が耳鳴りになって、最初は疲れてるからかな? って聞き返したりした。だけど、他の人の声ははっきりと耳が拾うのに、シュウの声だけをまるで拒否するように受け付けないんじゃないか、って薄らそういう考えが頭にチラつき出したころ、シュウの声は「キィン」となる耳鳴りから、明確に不快さを与えるようなノイズに変わった。もうほとんど聞き取れない。特に、多分シュウがオレの名前を呼ぶとき。酷い雑音がシュウから発せられて、顔をしかめないことに神経を注いだ。もう会話は困難で、同じ屋根の下にいても、シュウと顔を合わせるのが億劫になった。シュウがどんな声をしていて、どんな色を乗せてオレを呼んでただろう。耳の記憶は案外薄情で、簡単にオレの頭からシュウの声を奪っていった。
    「ルカ」
     たったそれだけの音を、たったそれだけの幸せが。オレから滑り落ちて。想像していたよりもずっとストレスで、他の誰かはシュウの声を聞いて、シュウと話してる。それがオレにはできなくて。もやもやと自分を覆ってゆく得体の知れない、姿も見えない暗闇が、オレからシュウを奪い去ってゆく。自分に向けられたわけじゃない音も、とうとうノイズに変わって。
    「ーーーーー」
    「ッ、シュウうるさい!」
     ガン、と。リビングのテーブルを叩いて、ほんの小さなわずらわしさが、頭に響く。ミスタと話していたシュウが、驚いたようにアメジスト色の目を見開いて、ハッとしたオレの顔を見て。揺れた瞳がゆるやかに、スローモーションみたいに伏せられて、微かに口角を上げて、ちいさくちいさく笑った。
    「ごめんね」
    「あ、」
     シュウが、なんて言ったかわかんなかったけど、多分、きっと「ごめんね」だ。もう、その表情かおをしたときどんな音色を奏でるのかも思い出せなくて。そのあと、シュウは手元にいつも持ってるタブレットで、「ごめんねルカ、部屋に戻るよ」。って打ち込んだ文章を見せてくれて、何を言おうにも、それは多分オレが聞き取れないからって、分かっているのか察しているのか。口をパクパクさせるだけのオレににこってキレイに笑って「大丈夫」と言葉を書いた。
     シュウは、その日を境にオレの前でしゃべることをやめた。



     まるで世界から音が消えたみたいだ。そう、大袈裟に、世界がゆっくり終わっていくような。そんな、気持ちに毎日引き摺られてく。それだけ、オレにとってシュウの言葉こえは大切で、必要なものだったんだって気付かされて、今ここにそれがないことに心がモヤりとくすんでいく。目の前で微笑むシュウが、触れられる距離にいるのに遠く感じて。オレの耳がおかしいだけなのに、シュウの声を奪ってしまったような、そんな罪悪感に苛まれている。耳障りなノイズも、頭の痛みも消えたのに。こころが、痛むんだ。
    『今度のコラボだけど、こんなだし、せっかく誘ってくれたけど、僕は遠慮するよ』
    「そっか……でもシュウ、もう平気かもしれないし、今ちょっとだけ声、」
    「ざざじざざ、ざじ、ざざ」
     シュウの唇から、音が刺しにくる。頭を直接痛めつけてくるような不快で歪な音が溢れて、オレは顔を顰めた。ガンガンと、内側から叩かれるみたいに響くそれは、平気などころか酷くなっていた。そのことに、オレは酷くショックを受けた。もう、頭がシュウが口を開くこと、を快く思わないんじゃないかって。
    「シュウ、あ、と……」
    『大丈夫』
     傾けられたタブレットに、もう何度も並べさせた三文字が並んでて、ほんの少し憂いたアメジストがオレを労わるように細められていた。薄い唇はいつもオレを安心させるように微笑みを称えていて、オレにそれ以上口を開かせたくないって、意思表示にも見える。この状況を説明したとき、シュウは冷静だった。薄々察していたような、原因に心当たりがあるような。思案顔のまま、口の中で音を飲むみたいに唇を歪ませて、言葉を打ち込んだ。
    『僕に任せてほしい』
     困ったように笑いながら、シュウは頷いた。いつ見てもうつくしいな、って思うアメジストが揺れたあと、真っ直ぐオレを映して光った。
     オレが干渉できないナニカ、を処理するとき。シュウの瞳は妖しく光る。蛍光色を宿したパープルが、ときどき背中に現れるほのおにそっくりで、まるでサイキックムービーのヒーローみたいだ! って最高にクールだなと思う。だけど反面、「自分が手伝えることがないんだな」って頭の端っこで、そんなふうに考え始めたとき、オレは無力だなって知った。シュウの全てをサポートできないし、シュウのこと、すべてを理解なんてきっとできない。それでも知りたいと思ってしまう欲求が日に日に増していくことに、気づいたとき。オレは簡単に、すとんと自分の感情を理解した。
    「そっか、オレって、シュウが好きなんだ」
     言葉にすればさらに明確に、生まれたばかりなんていえない大きさの感情が住み着いていて、認めてしまえば偽れなかった。意識して、困らせて、触れたくて、オレとは違う熱を持つシュウを恋しく思って。全部を欲しがるわけじゃないけど、叶うなら、オレが手にできるシュウの繊細で柔らかいところまで、本当は一番、深くまで。この腕に収めたいって気持ちを毎日募らせるようになった。今まで奥手だったオレを、シュウは簡単に欲張りに変えてしまった。どうしても、シュウだけは、他の誰にも、ナニにも渡したくないって思った。だから、「好きだよ」って伝えようとしてるのに、まるでそれを邪魔するように、オレとシュウをナニカが隔ててる。行き場のない鬱憤を、持て余してしまって。頭に焼き付いて離れない。オレが声を荒らげたときの、シュウの驚きと、深い紫の奥の奥で揺れた、哀しい色。誤魔化すように笑った唇が引き攣ってたこと。タブレットを打つ、シュウの細い指が震えてたこと。それでも、「大丈夫」と動いた、音のない哀愁。

     日ばかりが過ぎる。酷くなるノイズが、やがてピタリととまって、もしかしてオレの耳が元に戻ったのかも! ってはしゃいでリビングに降りた。ミスタの笑い声がして、多分誰かと話してるんだ、ってフロアを覗いて落胆を通り越した今日。
    「それでさあシュウ……ーー」
    「ーーーー」
    「は?」
     シュウの声が完全に、俺の世界から消えてしまった、今日。笑いながら会話するミスタとシュウを呆然と眺めて、足が竦んでしまった。聞こえない。シュウの声が、これっぽっちも。ミスタだけが喋ってる。
    「あ、はよ。ルカ」
    「…………」
    「? ルカ?」
     ミスタの訝しむような視線と、オレの姿を見止めて即座に唇を噤んでタブレットを持ったシュウ。シュウはなんにも悪くないのに、どんどん遠くにいっちゃうシュウが、酷く憎らしがった。オレにはなんにも説明しないくせに。きっとミスタには話してる。じゃなきゃオレと口を聞けないシュウのおかしなやり取りに疑問を投げてるはずだ。それがない。オレが一番知りたい「どうして」をオレ以外が知っている。シュウが、口止めしてるんだ。って決めつけて、拳を握った。
    『ルカ?』
    「っ! うるさい! オレには何も聞かせてくれないくせに!」
     なんにも聞こえないのに、酷く耳障りだった。シュウの労わるように紡がれた言葉が、優しい棘のようで。オレに届かない静寂が、煩かった。聞きたい、シュウの声を。シュウがオレの名前を呼ぶ、声が聞きたい。たったそれだけ、当たり前のように与えられていた「音」がないだけで、シュウへの愛が愛憎に変わってしまいそうで、オレは怖かった。咄嗟に出た言葉は戻らなくて、聞こえもしないのに耳を塞いで。ハッとして固く閉じた目を開くと、シュウがひどく動揺したように、立ち竦んでいた。白を通り越して青くなった顔。ミスタが険しい顔でオレたちを交互にみて、深く息を吐いた。かぶりを振って、「黙ってるのがバカらしいってこういうことをいうよな」って、呆れたような声でうんざりだって顔をした。シュウがミスタの袖を引いて、止めるように首を振ってる。
    「シュウ、もうツラいって顔してんだよ、オマエ」
    「!」
     シュウが息を飲んだ。自分の顔を覆うように手のひらで隠して、俯いてしまった。咄嗟に、あんなに憎らしく思っていた自分をすっかりなかったことにして駆け寄ろうと踏み出した足を制すように、ミスタが「ルカ、話がある。オマエが知りたがってること教えてやるよ」って、オレの肩を掴んで、シュウを部屋に送り返した。
     シュウが座ってた場所に今度はオレが腰を下ろして、ミスタが正面に陣取った。
    「まず言っとくけど、これの原因はオマエだからな」
    「え?」
    「簡単に教えてやるけど、シュウは巻き込まれただけ。だからオマエはこれが解決したらチャーーント、シュウに謝れよ。いいな?」
     ミスタは真面目な顔で、唇をとがらせた。それだけ、シュウを案じている。ふたりは兄弟みたいに仲がいいから、そうだ。シュウから、じゃなくて、口を割らされたんだ。いつだってそうだから。本当におかしい。シュウを前にすると、全く理性が働かない。負の感情がコントロールできなくて、抑えられなくなる。だけど今は違う。ミスタをじ、っと見つめて頷くと、ミスタはまた息を吐いた。
    「ルカがよく行くカフェがあっただろ?」
     そこの、女の子がさ、オマエに気があったんだよ。ってミスタが話し始めてオレは「あの子が?」って思わず聞き返した。
    「だろうな、まあ、オマエの鈍感さってマジで何人も女の子泣かせてんだろうなって可哀想に思うわ」
    「だって……サンドイッチテイクアウトするだけじゃん」
    「それだけでも、だって。恋なんてすぐ落ちるし落とせんだわ」
     それでだけど、ってミスタがそれた話を戻して、聞かされた内容に耳を疑って、部屋に消えたシュウを頭にうかべた。ああだから、シュウはいわなかったんだ。「オレのことが好きなあまり狂ってしまった女の子のせいだ」って聞かされたオレが、自分を責めないように。

     □

     僕は呪いを受けた。
     それを肌で感じる。すこし火傷を負ったときのちりちりとした痛痒い感じ。彼女の目を見たとき、僕は。だって、彼女の怒りは「普通」のものだから。好きな人がいて、少ないチャンスでアプローチして。きっと僕が「女の子」なら。彼女はこうならなかった。きっと、もっと努力をして、振り向いてもらおうとますます輝いたはずだ。だけど、ルカが好きになったのは僕だった。分かりやすいルカの表情に、僕は随分前から向けられる好意の色に気づいていた。正直な話、そこからゆっくりと、僕はルカに好意を抱いた。彼の行動は分かりやすくて、それが好ましい。いつからか、僕はルカに愛情を持った。僕を紹介したルカの様子に、彼女は聡く反応して、理解してしまった。自分の恋が破れてしまったこと。ルカが恋をしたその相手が、男だったこと。「同性愛」なんて信じられない。雄弁に語るまなこは燃えていた。彼女の純粋な恋の行き場が、同じ土俵にも立たない僕、にだけ向けられる。それを、当たり前だと甘んじた。
     だって、不毛だから。何も産まない。この恋は、恋だけを、ふたりだけを固く結んで世間からは一歩遠ざかるものだ。偏見・嫌悪・好奇心。そういった視線に晒されるようになる。僕は気にしない。もともとがイレギュラーな存在呪術師だから。だけど、ルカにはそういう目に触れてほしくないなと思った。彼ならきっと、絵に描いたような幸せをつかめる。たとえ裏社会に生きたとしても、かわいい奥さんにかわいいこども。それを守るために多少手を汚しても、ルカは受け入れられる。そういう、人だから。そういう、世間からみた「当たり前の幸せ」から外れるにはあまりに勿体ないと思っているし、だから僕からアクションを起こそうとは思わなかった。しり込みしてただけだって、いわれても仕方ないんだけれど。とにかく、彼女からみた僕は恋敵を通り越してしまった。それだけなら僕は呪われたりはしないんだけど、誤算だったのは彼女が同類マジョ だったこと。力は僕に分があって、だけど後ろめたさが彼女を受け入れた。
    「どうして男なの」
     血を吐くような彼女の声が僕の声を呪った。僕もそう思うよ。なんで、僕は男で、ルカも男で、キミは女なんだろうね。って。
     呪いの効果が分からずに、少しの時間が経って、じわじわと僕とルカの間に溝が生まれた。
    「ごめん、今なんて言った?」
    「あー……もう一回いい?」
     ルカが、僕の言葉を聞き返すことが増えた。頻度をまして、とうとう誤魔化すように曖昧な相槌が増えた。ルカの耳に僕の声が届かない呪い。彼女の呪いは僕らからコミニュケーションを奪った。
    「っ、シュウうるさい!」
     テーブルを叩く音なんて仔細どうでも良くて、ただ、ルカの苛立った声が、僕の耳をつんざいて、鼓膜を越して、心臓をすり潰すように響いた。ハッとして、青い顔をしたルカに、なんて声をかけよう。真っ白になった頭がむだな思考を挟んで、結局「ごめんね」、しかいえなくて。ただ僕の声がルカを不快にさせたのは確かだって、妙に冴えた部分がガンガンと警鐘を鳴らした。喉が、熱くて仕方ない。タブレットを持って、どうにかこの動揺を悟られないように部屋に戻りたかった。驚きと混乱に固まったミスタに頷いて、呼び止めるルカの声に、「だいじょうぶ」と音に出来ずに、それは自分に言い聞かせるように唇だけが震えた。
     じわじわと、侵食されるような不快感。僕に違和感はなかった。呪われたのは僕のはずが、ルカにまで直接影響を与えていることに頭を捻る。ルームシェアをしている以上、お互いにコンタクトが取れないことを隠し通すことは不可能で、僕らがなにかおかしい事、はミスタを筆頭にすぐにバレてしまった。「なにがあったの?」という問に、僕は上手く「彼女」の存在を隠しながら呪いを受けてしまったこと、を説明できる自信がなくて口を噤んでいると、ルカは僕らに自分の状況を語ってくれた。最初は僕の声が聞き取りづらいだけだったこと、次に耳鳴りに変わって、今では酷く頭が痛むほど、僕の声だけがノイズにしか聞こえないこと。
    「オレの耳がおかしくなったんだ」
     そう、寂しさに揺れたルカの薄紫の瞳が僕を掠めて、胸をぎゅうと締め付けた。違うよ、おかしくなったのは僕の喉で、原因はキミじゃない。「キミを好きな女の子から逆恨みされて僕が呪われたんだ」。なんて、ルカが僕を好きなことを知った顔で口にするなんて本人の目の前でいえなくて、なんでもない顔を張りつけて『しばらくタブレットでコミニュケーションすることにするよ』、と笑いかけた。
    『僕に任せて欲しい』
     なんて打ち込んで、困った顔のルカを部屋に返してから三人には本来の呪いを伝えた。渋い顔をした三人を、「そんなに深刻じゃないよ」と窘める。
    「人を呪い続けるのは、そんなに簡単じゃないから」
     そう、僕は少し楽観視しすぎていたのかもしれない。相手は僕よりも力のないマジョで、きっとコントロールも出来ずにもう少しすれば効力は切れるだろうって。けれど、僕が想像していたよりも、彼女は執念深かったみたいで、どのくらいたっただろう。僕はルカを不快に差せないようにといつも彼の気配を探って、誰かと声を出して話していてもボリュームを絞るようになっていた。僕の一音が、ルカから笑顔を奪ってしまう。その事実に心臓が絞られるように苦しくて。僕がタブレットに視線を落とす瞬間、ルカの薄紫の双眸が寂しさに揺れることに、見て見ぬふりをした。これはルカのためだからといいわけして。

    『今度のコラボだけど、こんなだし、せっかく誘ってくれたけど、僕は遠慮するよ』
    「そっか……でもシュウ、もう平気かもしれないし、今ちょっとだけ声、」
     こうしてスケジュールを断って、ルカがすこし期待に瞳を潤ませて尋ねてくるのは何度目だろう。
    ルカのこと、すき、だよざざじざざ、ざじ、ざざ
     ルカの耳に届くのはノイズに塗れた告白だと、表情を見れば分かる。必死に顔が歪むのを抑えようとして、それでも耐えきれずに顰められるルカの顔に、僕は何度も痛みを刻みつけられる。
     それは「僕という存在がルカに不快感を与える」ことを目的とした、呪いだとようやく気づいた。


    「いらっしゃいませ、ご注文は?」
    、サンドイッチをひとつ。顔色が悪いよ」
     彼女の務めるカフェに、足を運ぶのは数回目になる。僕の喉が呪われてから、もう随分経つ。彼女は顔を合わせる度に、ルカに連れられて訪れたときの健康的な美しさを失って、今では真っ青になって酷い顔色をしていた。人を呪い続けるだけの代償は、小さくはない。いのちを燃やすことで、それに見合った呪いが生まれる。彼女は今まさに、燃え続けている。そのことを何度説いても彼女は引かなかった。キッと僕を睨む瞳は未だに燃えていて、けれど最初ほどの勢いは失っていた。僕の言葉を無視して、決められたサービスだけに集中する指先は震えているし、もう立っているのもやっとに見える。
    「このままじゃ、」
    「うるさい! じゃあ貴方がカレに嫌われて早くカレの前から消えてしまえ!」
     轟、と黒く淀んだもやを吐きながら、彼女が唸った。血走った眼。「死んでしまうよ」という僕の忠告を遮って、ギラギラとする両の眼が、潤んでいた。とめかたを知らない子どものように、彼女はもうとまれなくなっていた。ガザ! と乱暴に置かれた紙袋の中で、サンドイッチが倒れる。僕はそれに視線を落としながら、小さく彼女に囁いた。
    「このままじゃ、取り返しがつかなくなるんだよ。キミの、命が持たない。ねえ……僕が消えたら満足するの? ルカの気持ちは、大事にしてあげないの?」
     彼女は口を閉ざして、何も言わなかった。ときおり、ルカの僕に向けられた視線に不快さが混じるようになっていた。「キミの呪いは、間違いなく僕らの仲を壊しているよ」と、柄にもなく吐き出して、自嘲気味に笑ってみせると彼女は双眸を見開いて、けれど何も答えはしなかった。やろうと思えば、簡単に僕はこの呪いを解くこと呪詛返しができる。けれど、それをしてしまえば、今の彼女は自分の燃やし続けた呪いに耐えられずに死んでしまうだろう。あの、カフェで彼女と楽しそうに話していたルカは、きっと悲しむだろう。彼女が、いなくなってしまったら。僕は静かに瞼を伏した。

    「オレにはなにも聞かせてくれないくせに!」
     さあ、と全身から血の気が引いていく。僕は喋っていなかった。けれど、ルカは五月蝿いといった。それは、とうとう僕の存在までも、煩わしいって、ルカがそう感じてしまった証拠だった。耳を塞いで目も閉じて、僕という存在を拒絶するルカに、僕は目眩がした。ぐわぐわと視界が歪む。顔に集まる熱が目頭にきゅう、と寄せられて、薄い膜が僕の世界を守るように、遮るように張られていく。
    「黙ってるのが馬鹿らしい」
     ミスタの声にかぶりを振った瞬間ひと粒だけ雫が落ちた。ミスタは、それを見逃してくれなくて、ルカにもバレたくはなくて、促されるままに部屋に戻る選択をした。ああ、ルカにバレてしまう。そうしたら、ルカは自分のせいだって思ってしまう。キミのせいじゃないよ、と伝えたい言葉は、ルカに届かない。
    「シュ、」
     少しだけ、僕の名前を口にしたルカは、いつぶりだろう。随分、名前を呼ばれていなかったなと気づいて、音を殺して少しだけ泣いた。この音も、ルカを不快にさせてしまうから。僕は唇を噛んだ。

     □

     ランニングコースの終着に選んだカフェ。徐々に足を弛めて店舗に着く頃にはほとんど歩くようにテイクアウトの小窓の前まできていた。
    「いらっしゃいませ」
     そう、彼女は青い顔で、それでも目一杯の笑みを称えた。オレが見てきた快活で花ある笑顔からは遠い、歪なものに映る。無理をした表情に、オレは渋い顔をしてしまった。こんなに、彼女を苦しめるつもりも、自覚もなかった。だけど、オレにとってはどうやっても、でしかない。だから、気づかなかった。好かれていたなんて。引き攣った、かげりある微笑みを貼り付けたままの彼女に、「いつものをお願いできる?」なんて、まるでご機嫌を窺っています、と言わんばかりに尋ねてしまった。彼女は瞬いて、そして困ったように、
    「ふふ。おかしな人。もちろん。かしこまりました。テイクアウトでよかったでしょうか?」
     そう、イタズラに畏まった口調で、白い顔のまま笑って小窓から引っ込んで行った。無意識に強ばっていた肩の力が抜けて、ふう、とため息が落ちた。実のところ、ミスタから少しばかりのヒントを貰ってから何も考えずにここに来てしまった。身体がいうことをきかなかった。とにかく、「オレが彼女に会わなければならない」その一心だけに支配されて。いざ、彼女と対面して、やつれてしまった姿を目の当たりにして胸が痛んだ。と同時に、「ああやっぱり彼女が原因でシュウを苦しめてしまった」と思ってしまった。オレが鈍感なばっかりに、彼女も、シュウも傷つけてしまった。シュウは、それを隠してくれていた。ただ、恋をしただけで。ただ、好きになっただけなのに。
     □
    「恋ってさ、人を変えちゃうんだよ」
     ミスタの言葉だ。困ったように笑うミスタが、オレに投げた言葉。
    「振り向いて欲しいとか、ライバルをどう出し抜くかとか、そういうさ……健気なのに毒がある感情に支配されて、勝手に喜んだり勝手に傷ついたりする。ただ、好きなだけでさ」
     ルカには分かんないかもしれないけど、シュウは知ってるよ。そういうの。だから、いわなかったんだ。
     □
     とミスタは少し怒っていた。正直、これを聞いたとき、全くピンとこなかった。ミスタが何をいいたかったのか、シュウがなにを知っているのか。
     でも、分かってしまった。
     オレに恋をしたばかりに、変わってしまった彼女を見て、知ってしまった。勝手に傷ついて、勝手に傷つけた。彼女も、オレも。ふ、とどうしようもない笑いが込み上げて、溢れた。知ってしまったからには、白黒つけてあげないといけない。
    「お待たせしました!」
    「うん。ありがとう!」
     紙袋の中で、記憶通り綺麗に揃えられたサンドイッチ。パンの甘い香りに、ぐるぐると答えなんて百通りあることを考え込み始めた頭が現金にも食につられてクリアになった。
     悩むのは性にあわない。正しいか、間違いかも分からないけど。オレがやりたいことはかわらない。カウンターの向こうで、微笑み続ける彼女を見据える。彼女の細い肩がビクリと震えた。その瞳にある怯えを、もう見て見ぬふりはできなかった。
    「あー……」
     どう切り出せばいいだろう。いざ、と覚悟を決めたくせにまだ「どうすれば彼女を最小限傷つけずにすむか」を考えてしまっている。だから、シュウはオレに頼らなかった。オレの意気地無しを痛感させられて、胸の内で自嘲した。泳ぐ視線と、あ、から次の音を出せずにいるオレに彼女は微かに吹き出した。緩んだのは一瞬で、またたきの間に、ワントーン下がった声音と温度を纏って
    「彼にいわれて来たの?」
    「え?」
     ちり、と火花が弾ける音が、聞こえるような瞳だった。熱を持つ視線とは裏腹に、諦めたように、肩を落としていた。一瞬何を聞かれているのか分からなくなって首を捻る。
    「彼?」
    「あなたが、初めて連れてきた人」
     そこでようやく彼女がいう「彼」がシュウを指していることに気づいた。
     境の日だ。告白しようと意気込んだ日。シュウの声を、失くしはじめた日。そういえば、あの日の彼女も烈火のような焔を瞳の奥に燃やしていた。幻聴かなと置き去りにした、
    『どうして、よりにもよって、
     という地を這うような声を思い出した。あんなにも、露骨な『嫉妬』に、オレは気づかなかった。というより後に控えた告白に気持ちが先走って、目の前の存在をおざなりにしていたんだ。シュウしか見ていなかった。盲目だったんだ、オレ。そういうヤツだよ、オレは。ときっと幻想を抱きながら葛藤して、燃える瞳をしっかりと見据えて、彼女に向き合った。
    「シュウのこと?」
    「多分そう、名前まで覚えていないけど」

     少しのトゲを含んだ声に、自分で溜息をつきそうだった。シュウは悪くないのに、オレはまだシュウのことを考えると少しの居心地悪さに苛まれてしまう。オレの答えに、彼女は瞳をまん丸にして、くしゃりと顔を顰めた。
    「どうして……」
    「ん?」
    「どうして、あなたも彼も、私を責めないの」
    「それは、責められるようなことをした自覚がある、ってこと?」
     きゅ、と唇を噛んだ彼女は、小さく首を振って、囁くように、
    「私、あなたが好きだったの」
     そう、早朝の冷たい空気にとけるほどの微かな告白を聞いた。泣きそうな顔だった。膨らみすぎた風船の薄い膜が、今にも爆ぜて、割れてしまいそうな声だった。きっと、オレが他の誰かを好きになっていなかったら、心臓がうるさくて仕方なかったと思う。だけど、そうじゃないから。オレの心臓は早鐘を打ったりしない。
    「そっか」
    「……そう、好きだったの。だから……なんて言い訳ね。そう、うん。私は、彼を呪ってしまった。あなたに好かれてるのが、男なんて、って。思ってしまったの」
     目の前で、震える存在を慰めはしなかった。ただ、全てを吐き出すまで、頷くしかできない。可哀想だ、とも思った。カウンターを越えることはない、そういう関係で、満たされなかった彼女が。
    「なんで男なの? 不毛じゃない。ってね。幸せになれないわ。だって何も産まないじゃない。世間はあなたを冷やかすわ。そんなの、似合わないって思ったら、彼はあなたに相応しくない! って、気持ちが抑えられなかった」
     彼女の主張にオレは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたと思う。そんなこと、これっぽっちも考えたことはなかった。世間の目なんか、気にする余裕がなかったし、知った今でさえ「必要があるか」と聞かれたら「いらない」と答えるだろう。
    「彼も、不毛だと思ってた」
    「シュウも?」
    「そう。だからあなたが告白しても失敗するかもしれないわ。だから、だから」
    「オレとシュウの仲を裂きたかった?」
    「あなたが傷つかないために」
    「は、ウソだね。そんなこと、思ってもなかっただろう」
     強くなった語気に、彼女はビクリと震えて喉を引き攣らせた。込み上げた笑いが、とめられなかった。オレのためなんて、この期に及んで!
    「はは。ああ、そっか……だとしても、関係ないよ。シュウが、キミが、不毛だって世間体を並べても。オレはオレの幸せを自分で手に入れるから」
    「傷つくのなんて怖くないね。それに、決めるのはキミでも、例えシュウが同じことを口にして決めつけられても、オレは手に入れるよ」
     例え、シュウが拒んでもね。と、そこで言葉を区切って、オレのために、いつも綺麗にラッピングまでしてくれたサンドイッチに視線を落とした。これが、多分彼女の、本当の気持ちなんだと、思った。カウンターの隔たりの向こう、やつれて嫉妬に燃えてしまった彼女を、ゆっくりと顔を上げて見つめる。
    「キミの気持ちには答えられない。ごめんね」
     オレの言葉を聞いて、ふ・とようやく憑き物が落ちたように微笑んだ。
    「もっと早く、普通に告白してれば変わったかな」
    「どうだろう……いや、もう取り繕わないけど、このカフェに初めて来たときから下見だったから、分からなかったと思うよ」
    「うわ、ヒドイなあ。……彼は優しかった。私をずっとなだめようとしてくれてたの。、彼に惹かれた理由なんて、すぐに分かってたのにね」
     ちょっとまってて、と彼女は店内に引っ込んで、少しして戻ってきた。新しい紙袋がひとつ。怒りも、嫉妬もなくなったけど、寂しさと悲しさは消えていない彼女が、それでも晴れやかに笑った。
    「多分、もう嫌われちゃえ! って気持ちがスッキリ消えちゃったから、呪いは解けたと思う。ごめんなさい、ありがとう。またのご来店、お待ちしてます!」
     差し出された紙袋の中身を覗くと、「それ、シュウさんの、渡してください」とちょっとだけ歪に笑った彼女から、イヤな空気はもう感じ取れなかった。

     シェアハウスに戻って、誰もいないリビングのシンとした空気が沁みて、クリアになった頭が求めるものはひとつだった。
    「(シュウの声が聞きたい)」
     起きてるかな。なかったら、顔だけでも、と思って。いても立ってもいられなくてそのままシュウの部屋の前まで足が動いてしまった。きっと、多分。もう理不尽に、シュウを見て苛立つことも声を荒らげることも、ない。はず。自信がない。扉一枚先の、シュウをこれ以上傷つけたくない。植え付けられた、刻み付いたシュウの引き攣って、強ばった表情が、最後だったから。乾いていく喉を、無理やり潤したくて唾を飲み込んで、静かに扉をノックした。
    「……シュウ?」
     起きてる? って囁くと、部屋の中から物音がして、そろっと扉が開かれた。顔をのぞかせたシュウは、眠っていなかったのか、ぱっちりと開いたふたつの目がオレを見て、手招きをした。「はいりなよ」って笑うシュウが恋しい。一言も、オレの前では口を開かないクセを身につけてしまったシュウに、勝手に寂しさを覚えてしまっている。招かれるままにシュウの部屋に入って、促される前にベッドに腰を下ろした。デスクに備えられたタブレットを片手に持ったシュウの目尻が、少し赤くなっていることに気づいて、心臓がずくんと妙な鼓動を刻んで、ぎゅうと胸が締め付けられた。
    『ランニング帰り?』
    「うん、そうなんだ。あの……ミスタに聞いたから、カフェにいってきた」
     シュウは瞬いて、細い指先で端末を叩いて『そっか』と困ったように笑った。笑い声さえ、シュウは漏らさない。
    「ケジメ……っていいかたは違うな。なんだろう……彼女の気持ちに答えを渡してきたんだ。もしかしたらもっと、シュウを困らせたかもしれないけどさ、けど、オレも何とかしたかったんだよ。シュウの、」
     声が聞きたかった。と、所在なさげに立ち呆けていたシュウの、タブレットをするりと腕ごと掴んで見上げる。震えた指先の冷たさに、思わず手のひらでに握りこんで引き寄せてしまった。よろけたシュウが息を詰めて、目の前でつんのめってオレめがけて倒れ込んだ。
    「わ、」
    「ッ!」
     ぼす、って柔らかいベッドに背中を預けて、シュウを抱き留める。指先と違って、シュウの身体は暖かかった。とくとくと、オレと、シュウの心音が混ざっていくみたいで、目が合うだけで、声がノイズになる煩わしさに、ゾワゾワと不快感が走っていた日々が嘘みたいに心地よくて。込み上げてくる熱が、鼻の奥をツンとさせた。
    「シュウ、大丈夫?」
     慌てて上体を起こしたシュウが、覆いかぶさったまま瞬いて、『大丈夫』ってゆっくりと唇を動かして頷いた。さらっと滑り落ちる紫と黒の襟足が揺れて、シュウの顔に影を差す。濃紫こむらさき色の瞳が、オレを写してゆっくりと瞬いた。自然と、腕は伸びた。垂れる襟足を撫でて触れる。
    「好きだよ、シュウ。本当はあの日にいうつもりだった」
     つるりと、シュウのうつくしい瞳が潤んで瞬いた。随分、この言葉を伝えるのに時間がかかった気がする。
    「ねえシュウ、声を聞かせてくれないか」
     大丈夫。とシュウを見つめて、揺れる視線を捕まえる。記憶から遠くなっていくシュウの声が、恋しくてたまらない。口ごもるシュウが、薄らと、唇をふるわせた。
    「ルカのこと、すき、だよ」
    ルカのこと、すき、だよざざじざざ、ざじ、ざざ
     晴れたノイズが、今までのシュウの言葉を重ねて、集めて、取り戻していく。ああ、そっか。シュウはずっと、すきだって、伝えてくれていたんだ。困ったように微笑んだシュウの頬を手のひらで包むと、シュウはそっと瞼を伏せた。
    「すきだよ、ルカ。キミに、嫌われたくないなあ」
     紛れもない本音で、確かなシュウの気持ちだった。
     きしりとベッドを軋ませて、肘をついて上体を起こして、シュウの薄い唇にキスをした。触れるだけ、が精一杯だったけど。もう、苛まれたりしない。胸は幸福に満たされるばかりだった。ぱちりと開かれた濃紫を見つめて、顔が緩んでいく。
    「はは、は。オレも、好きだ。やっと答えられた」
     もう一度胸に飛び込んできたシュウを、オレは確りと抱き留めた。

     しばらく抱き合って、ちょっとだけ肩が湿っていることににやついた。悲しいわけじゃないのに涙が出ちゃった、ってシュウが久しぶりに笑ったから。
     落ち着いてから、預かった紙袋を渡すと、中を覗いたシュウが、ほっと胸をなでおろしたように微笑んだ。多分、オレより先にシュウが彼女に出会っていたら、きっと逆だっただろうな、と思った。だって、シュウは優しくて、暖かいから。
    「シュウ、あの子に好かれたらすぐ断ってね」
    「ええ? んはは! そうだね、ルカみたいに、鈍感じゃないからね、僕は」
     そう笑い飛ばしたシュウは、別の雑貨屋で店員さんに一目惚れされて、全く気づかなかったけどね!


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    Replies from the creator

    KAYASHIMA

    DONEIsアンソロに寄稿しましたお話です〜。
    第2弾もまたあるぞ!楽しみだ〜。
    【💛💜】衛星はホシに落ちた『衛星はホシに落ちた』







     僕は恋を知っている。
     僕は自覚も知っている。
    「恋を、自覚したから」、知っている。
     ルカという男に恋をしてから、僕は彼の周りをつかず離れられず周回する軌道衛星になった。決して自分から、形を保ったまま離れられないけれど、ルカの持って生まれた引力には逆らえずに接近してしまう、どうしようもない人工物。それが今の僕。近づきすぎたところで大きなルカには傷一つ付けられないで、きっと刹那的に瞬く塵になるソレ。そんなことは望んでいないし、そもそも自覚したところで、ルカという数多に愛される男を自分のモノにしたいなんて、勇気もない。それに、そうしたいとも思わなかった。百人のうち、きっと九十人がルカを愛するだろう。僕には自信があった。そのくらい、魅力に溢れている。だから、誰かのものになるのはもったいないと、本気で考えてしまったから。まあ、どう動けばいいのか分からなかった、ってのも、あるんだけれど。何を隠そう、右も左も分からない、僕の初恋だった。心地のいい存在。気負いしなくていいし、持ち上げなくてもいい。危なっかしいのに頼りになる。幾千の星に埋もれない。ルカは僕にとって一等星だった。
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