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    na2me84

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    na2me84

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    星に祈る暁人くんが可愛かったので、そういう感じにしたかったのに、何か違うものになりましたね。

    #K暁

    七夕 7月になったばかりだというのに、日中の暑さはもはや異常だ。空調の効いた学内から外に出ると、尚更その温度差に嫌気が差す。だからといってずっと大学に居るわけにもいかない。今日はバイトは無いけれど、やるべき事は溜まっている。家に着いてからの段取りを考えながら、傾いて和らいだ日射しの中、家路を辿っていく。

     夕方になってようやく、風が涼しく感じられてきた。首元を吹き抜ける微風が、ほんの少しの涼を運んでくれる。買い物客で賑わう商店街を通りかかると、店前に七夕の笹飾りがあるのが目に入った。風鈴の澄んだ音と共に風に葉を揺らして、道行く人々の目を引いている。折り紙で作られた様々な飾りと、いくつもの色とりどりの短冊がぶら下がっていた。そうか、今日は七夕だったな。もう何年もそういった行事とは無縁になっていたから、忘れていた。
     幼い頃は、両親や妹と一緒に季節の催しを楽しんでいて、七夕もその一つだった。短冊に願い事を書き、笹の葉に結びつける。まだ小さな妹の代わりに、自分の分と共に出来るだけ高い所に短冊を結んだ。空の星が願いを叶えてくれるなら、より高い所に付けた方が願いが叶いそうな気がしたからだ。
     願い事は叶ったものもあれば、そうじゃない事もあった。そんなものだろう、全てがうまくいくわけじゃない。いつだってそうだ。
     
     あの夜だって、どれほど妹の無事を願っただろう。妹が戻って来さえすれば、どんな犠牲だろうと払うつもりだった。その覚悟が多少なりとも天に届いたか否かは不明だが、どういう訳か口の悪いおっさんに取りつかれる事になった。最初は体も乗っ取られそうになったし、本当に最悪としか言い様がなかったけど、でもそれは結果的に悪くはなかった。
     彼の事は、父親のようだと思った。その気質は早くに亡くした自身の父親とはまるで違ったけれど。彼もこちらに自分の息子を重ねていたのかもしれない。時折かけられる労りや心配の声は、勘違いしたくなる程、優しかったから。

     でも結局、僕の手には何も残らなかった。妹も、相棒も。家族との別れの後、彼も居なくなってしまった。
     僕一人だけが、こちら側に戻されたわけだ。先に逝った者たちの、想いだけを背負って。

     
     一人暮らしの部屋に戻り、干していた洗濯物を取り込んだり、夕飯の支度をしたりと決めていた流れに従ってこなしていく。独りでいることに馴れてしまっていて、それは楽だけれどちょっと寂しくて、でも、誰かと居るという選択肢もまだ選べずにいる。
     相棒の彼と過ごした時間はとても短かったけど、あんなに誰かと気持ちを共有できた事は、人生で一度も無かった。僕という存在を必要としてくれて、頼りにしてくれた。これから先、あれほど深く繋がりあえる誰かに、出会うことは出来るのだろうか。彼が抉じ開けて、潜り込む為にあけたこの心の中の穴を、埋めてくれる誰かに。

     
     【ご自由に願い事をお書き下さい】
     そう張り紙され置かれていた短冊を一枚、持って帰ってきてしまった。その場では、何も願い事が浮かばなかったから。今さら、何を星に願えばいいというのだろう。
     留年しませんように
    一瞬、そう書こうとして、それは自力で何とかする事だろうと思い直す。もっと、こう何か夢のあることを。夢。

     夢で会えますように
    誰にとは書かなかった。
    家に笹は無いので、カーテンレールに吊るす。どうせ明日の朝には、外してゴミ箱行きだ。

     床に寝転がりながら、七夕について調べてみる。天の川を挟んで、年に一回しか会えないなんて悲恋だと思ってたら、仕事をさぼるから引き離されたなんて、同情の余地がない。そりゃあ、神様も怒るだろう。
     僕たちは相棒で、恋人同士では無いけど、遊んでばかりいた織姫と彦星が年に一回は会えるのに、 あんなに頑張った僕たちが二度と会えないなんて、ちょっと不公平じゃないか。完全に八つ当たりだとは分かってはいるけど、そう思わずにはいられない。
     
     七夕に雨が降ると、織姫と彦星は会えないの。母がてるてる坊主を吊るしながら話していた事を思い出す。
     今夜は雨が降ればいいのに。
    自分たちだけ逢瀬を交わすなんて、ずるいだろ。どうせ毎年会えるんだから、今年くらい会えなくても我慢しろ。心の中で理不尽な言いがかりをつけながら、窓の外を見ると、とても雨など降りそうにない、雲一つ無い夜空。
     はぁ、とため息をつきカーテンを閉めた。
    明日の朝の準備を終えて、布団にはいる。いつもは疲れているせいか、ほとんど夢を見ない。たまに悪い夢を見る事もあるが、内容は覚えていない。なんとなく不快な夢を見た、と漠然と記憶しているだけだ。
     今夜ぐらいは良い夢が見られるといいな。短冊に願った今日ぐらいは。


     

     夜半を過ぎた頃、穏やかだった寝息が乱れ、苦しげな呻きに変わる。眉間に皺が寄り、呼吸が浅くなる。
     固く閉じられた右目から黒い靄が立ち上ぼり、暗闇の中で、黒衣を纏った中年男の姿になった。
    「けー、けー…」
     荒い呼吸の合間に、か細い声で呼ぶ。
    『俺はここにいるぞ、暁人』
     KKは右手を暁人の額に置く。その手はうっすらと透けていて、淡い光を放っていた。何かを引き抜くような仕草をすると、呼吸が落ち着き、表情も柔らかくなった。
    『悪い夢はもう片付けたからな』
     そっと頭を撫でるが、その手は髪に触れる事も出来ず、感触を得ることもない。KKは今も暁人の中に入ったままだ。ただし、暁人の覚醒中は意識の深層に潜り、完全に気配を消している状態であり、暁人が眠っている時にだけ表層に出てくる。
     

     最初は少し休んだら、あの世とやらに逝くつもりだった。でも、気付けばまだ今も此処にいる。事故で負った怪我が自分が抜けた後にも、暁人の身体に悪影響を及ぼさないか、きちんと治癒されるのか見届けてから。唯一の家族だった妹を亡くして、心に受けた痛みが和らぐまでは。次々と言い訳をつけては、それを先延ばしにしてきた。
    『おまえと以外は、もう何処へも行けねぇんだよ』
     今となってはそれが結論だ。二心同体だった影響はこんなにも根深いのか。
     今更、まだおまえの中にいる、なんて暁人に言えるわけがない。暁人だって、こんなおっさんにいつまでも居座られたら迷惑だろう。そう分かってはいても、離れられないのだ。

     悪夢から解放された暁人は、穏やかな顔で眠っている。口の端が少し上がっているのは、楽しい夢を見ているからだろうか。そうならばいいが。
    『おまえが眠ってる間だけでも、俺におまえを守らせてくれよ』
     幼さの残る寝顔を見ながら呟いた言葉は、暁人に届くことはない。
    『おやすみ、暁人。良い夢をな』
     こうして夜明けまで側に居ることだけが、KKにとっての逢瀬なのだ。
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