女装した俺が可愛すぎる件について!栗色の、腰まであるふわふわの髪の毛、薄く色づくピンク色のリップ、くるんと上がったまつ毛に、膝下あたりまで丈のある真っ白なワンピース。
どこからどう見ても女の子にしか見えない。
俺は今、楢崎の手によって魔法をかけられた。
端的に言うと、女装させられた。
というのも、高校卒業後美容系の専門学校に進学した楢崎は男を女装させるという課題が出たと言う。
楢崎とは高校時代色々あったが、仲直りしてから急激に仲良くなった俺たちの関係は、モデルをお願いしてもらえるまでになっていたようだ。なんで岸谷に頼まなかったかと聞くと『かっこよすぎて女に見えない』とか。惚気やがって。
俺だってかっこいいだろ、と言ってやるとこちらを見もせずに「はいはい、そういうのいいから」と軽くあしらわれる。せっかく協力してやったのに、相変わらずドライな奴だ。
「それにしてもほんと女みたいになったな」
楢崎に言われて、改めて鏡の中を覗き込む。身長は高いにしても身体のラインはでないような服だし、なんといっても楢崎の化粧がうまいのだろう。以前、無理矢理女装させられた時とは比べ物にならない程の出来栄えだった。我ながら惚れ惚れする。
「このまま少し出掛けていいか?」
「え、いや、お前がいいならいいけど。でも目立つぞ?」
「行きたいところがあんだよ。課題の本番はいつだっけ?」
「2週間後。服とか同じの使うから汚すなよ」
「わかった!そしたらな」
楢崎の方を振り向くと腰のあたりで髪の毛がふわりと揺れる感覚がして胸がくすぐったくなる。
もう少しで勝平の授業が終わる時間だ。会いに行ってびっくりさせてやろう。楢崎は目立つと言ったけれど、すれ違う人の視線はあまり感じないから、女装はなかなかの完成度らしい。もとがいいからかな、なんて言ったら呆れられるだろうか。
俺は相田勝平が好きだ。中学生の頃からずっと。今の関係を壊すのが怖くて、なかなか一歩が踏み出せないでとうとう20歳になってしまった。大学に進学した勝平は、たいそうモテたようで告白される度に振りまくっていると風の噂で聞いたことがある。誰か好きな子でもいるのだろうか。本人に聞けばいいのだけど、一緒にいても馬鹿な事をするばかりで、恋愛系の話なんてほとんどした事がない。いや、出来ないというのが正しいかもしれない。万が一恋愛相談なんてされたら、笑って聞いてやれる自信がないからだ。
悶々と考えながら、大学の門の前で待っていると勝平が歩いてくるのが見えた。いつもなら走って自分から行くところだけど、今日は遠くから小さく手を振ってみる。なんとなくその方が女の子らしいような気がしたから。こちらに気が付いた勝平は、笑うでもなく、驚くでもなく、さも当然みたいな顔をして近づいてきて。てっきり「なんでそんな格好してるんだよ」と笑われると思ったのに。覗き込むように向けられた眼差しは想像とあまりにも違って戸惑う。
「おねーさん、可愛いですね」
「え」
「すごくタイプで驚きました、ここの大学の方ですか?」
もしかして、俺だって気づいていない?というか、勝平、女の子に対してこんな積極的な感じだったか?高校生の頃は淡々としていて、少なくとも初対面の人に「可愛い」なんて面と向かって言うことはなかったはずだ。これだけ一緒にいてそばで見てきたのに、知らなかった一面があった事にショックを受ける。
「近くを…通りかかっただけで…」
何言ってるんだよ、俺だよ。似合うだろ?
そう言ってやれば済む話だったのに、反射的に嘘をついてしまった。つい期待してしまったからだ。この姿なら勝平に愛してもらえるかもしれない。そんな淡い期待。
「そうなんだ。この後、時間ある?」
「…あるけど」
「じゃあ一緒にご飯でも行こう。はぐれるといけないから、はい」
差し出されたのは勝平の手。繋ごうということなのは経験の浅い俺でも分かってしまう。以前もこんな風に手を繋いだ事があった。でもそれは勝平に対する気持ちにちゃんとした名前がつく前で。自覚すればするほど出来なくなることも多いのだとこの数年間で思い知った。
恐る恐る手を差し出すと指同士を引っ掛けるみたいに優しく繋がれ、ゆっくりと歩き出す。
繋いだ手から気持ちが伝わってしまったらどうしよう。
口より先に手が出るやつだとは思っていたけど、色々な意味で手が早い気がして、キャパオーバーだ。
だって、こんなに簡単に手を繋げるものなのか。普段はあんなに近いようで遠いのに。見た目が変わるだけで、今まで止まっていた時間が猛スピードで、進んでいく気がした。
勝平が向かった先は、いつものファミレスじゃなくて、小洒落た喫茶店だった。雰囲気のいいBGMがかかっていてうっすらと暗い。
先を歩いていた勝平に奥側のソファになっている方の席を譲られて、なんだかくすぐったくなる。
「ねえ、今更だけど、おねーさん名前は?」
「名前…えっと、ゆうこ」
よくもまあこんな風に口がまわるもんだ。自分に似た名前にしたのは、無意識のうちに気付かれたいと思っているのかもしれない。
「ふーん…じゃあ“ゆう”って呼ぶね。僕のことは勝平でいいよ」
ゆうは何食べる?とメニューをこちら側に広げてくれるから、女っぽいものの方がいいだろうと、パンケーキセットにした。勝平はいつものようにがっつり肉料理を頼む。ずるいな、本当は俺もそっちが食べたいのに。そんなこと言えるはずもないけれど。
「ゆうはさ、好きな人とかいるの?」
突然の問いに戸惑うけど、今はゆうこだし答えないのも不自然だろう。テーブルの木目を見ながら話すのがやっとだった。
「…いるよ。ずっと前から。叶わないかもしれないけど」
勝平とまさかこんな話をする日がくるなんて。緊張を紛らわそうと手元にあった水を飲む。スカートを握りしめた手はしっとりと汗ばんでいた。
「どんな人?」
本人を前にして本人の特徴を言うなんて、これってもう実質告白させられてるようなものじゃないか?
でも、勝平はゆうこが俺だと気付いていない。
今まで勝平の後ろ姿に何度好きと呟いただろう。これは目を見て、伝えられるチャンスだと思った。長い片想いだ、このくらい許されるだろう。
「頭がよくて、運動も出来る。喧嘩っ早いとこはあるけど、人の気持ちに敏感で…あとかっこいい」
見た目の特徴を言ったら勘付かれるかもしれないから、当たり障りのない表現で伝える。こんなのじゃ収まりきらないくらい好きなところなんていっぱいあるのに。反応が返ってこなくて、言ったはいいものの怖くて勝平の顔が見れない。
「…僕もさ、ずっと好きな人がいて、」
「お待たせしました!パンケーキセットと、ステーキ400gでお間違い無いですか?伝票はこちらです。ごゆっくりどうぞ〜」
なんて魔の悪さだ。目の前のメープルがたっぷりかかったパンケーキが恨めしい。あと少しで、好きな人が聞けたのに。話は中断されてしまったようで、勝平はすっかり食べる気満々だ。フォークとナイフを手渡されるからしぶしぶ受け取る。
パンケーキはあっという間に食べ終わってしまって、手持ち無沙汰でトイレに立つ。ついでに化粧が崩れていないか確認をしてくればいい。今ここで正体がバレたら言い逃れが出来ないし。
店に1つしかないトイレは男女共用のもので安心する。小さな鏡を覗き込むとそこにはピンク色の頬をした可愛らしい女の子がいて、見た目が全てではないけれど、こんなに可愛い子に迫られたら世の男達はコロっといってしまうんじゃないか、なんて。自分の顔に対する感想にしては自意識過剰かもしれないけど、本当にそう思ったのだ。
席に戻ると、空になったパンケーキの皿の代わりに、取り皿に乗ったほかほかのステーキが置いてあった。どういうことか視線で問いかける。
「お腹一杯になっちゃって…少し引き受けてくれない?」
「まあ、そういうことなら…」
そうは言ったものの内心めちゃくちゃ嬉しい。肉じゃないと、満たされないんだよな。もっと食べていいよ、と取り皿に追加してくれた分も有り難く頂く。にやにやと見てくる視線には気が付かないふりをして。女の癖によく食べるな、とか思われてるんだろうな。でも背に腹は変えられない。
結局、勝平の頼んだステーキの半分程は食べてしまったような気がする。
「ゆう、また会ってくれる?ゆうの好きな人との話も聞きたいし」
帰り際そう言われたので考えるよりも前に、体が勝手に頷く。こんなままごとみたいな付き合い、いつまで続くか分からないけど賭けてみたかった。
「LINEしてないからアドレスで」
そう言って、連絡先はメールアドレスを伝えた。俺とメールはした事はないから、これなら勝平は分からないはずだ。
「また連絡する」
「うん、待ってる」
去っていく勝平の背中を見送ったあと、ふう、と息を吐くと、一気に力が抜けて、想像以上に緊張していた自分に気がつく。
ふと横を見ると、ショーウィンドウに映る自分の姿は、どう見ても可愛らしい女の子で切なくなる。こういうのがタイプだったのかと現実を突きつけられた気がした。
化粧を落として、服を着替えたらあっという間に魔法は解けてしまった。
次の日、勝平からゆうこではなく祐希の方に連絡があった。学校終わり、一人暮らししている勝平の家に来ないかという誘いだ。もちろん断る理由もない。酒を数本買って、インターホンを押すと奥から「鍵空いてるから入って」と声がした。
「今日暑いな〜これ買ってきた」
コンビニの袋を押し付けるように手渡す。家の中はクーラーが効いていて火照った体を冷ました。
「お!いいじゃん。今日飲みたい気分だったんだよ」
「朝まで付き合うぜ」
「やった」
テーブルには出来立ての料理が湯気を立てている。
勝平は最近料理に凝っているらしい。「やれば出来る、やらないだけ」とずっと言っていたのはどうやら本当だったようだ。
カラッと揚がった唐揚げにつられるように手を伸ばして口に放り込むと、じゅわ、と肉汁が溢れてきて舌を満足させる。幸せに浸っていると勝平の声で我に返った。
「お前手洗ったのか?!」
「ごめんごめん、待ちきれなくて」
「はやく洗ってこい。食べるぞ」
怒っているけど、声は優しい。
はやく食べたくて、走って洗面所に向かう俺を見て「唐揚げは逃げないんだから」と勝平が笑う。
ゆうこの時とは違う距離感だけど、やっぱりこっちの方が落ち着く。友達以上恋人未満って関係なのだろうか。いや、友達以上になれているかも分からないな。
唐揚げに、沢庵とクリームチーズのピンチョス、程よく塩を振った枝豆に…といったラインナップからして、勝平が飲みたい気分だったというのは嘘ではないようだ。どれもおいしくて、あっという間にテーブルの上の皿が空になった。
枝豆をちまちまと摘みながら酒を流し込んでいく。
酒の力を借りないと聞けないことがあったからだ。どうしても今日、聞かなきゃいけないような気がした。
勝平はゆうこが好きかどうか。俺に望みはあるのかどうか。
2缶開けたところで、意を決してそっと話題を振ってみる。
「お前さ、1回だけ女と付き合った事あるんだろ?」
「あるって言ったって小学生の時だよ。振られたし」
「どんな子だった?可愛い系?綺麗系?」
「なんでそんなの聞くんだよ…」
「いいから」
聞きたい、と真剣な顔をしてやれば、勝平は俺の願いを断れないって、知っている。
「清楚で可愛い感じの子。手繋ぐくらいしかしてないけど」
昨日“ゆうこ”として、手を繋いだ事を思い出す。あんな風に、小学生の勝平も女の子と手を繋いだのだろうか。
「祐希は?どんな子がタイプ?」
昨日もこんな話したな、とアルコールの入った頭で思う。
頬杖をつきながら聞く勝平を見て、頭の中で“お前だよ”と言ったのがいけなかったんだろうか。
「勝平みたいな子」
勝手に口から滑り出てきた言葉は、自分が思ったよりも直球で。かろうじて“みたいな”とついていた事に安堵しつつも心臓は太鼓のように鳴り響いている。昨日のように顔が見れない。
「じゃあ僕にしなよ」
聞こえてきた言葉はあまりにも自分に都合が良すぎて、何度も頭で繰り返す。なんで、こんな。告白みたいな。
勝平が酔っ払ってるのかと思ったけど、勝平の手元にあるグラスはほとんど減っていなくて、まだ全然飲んでいなかったらしいことに今になって気付く。
「女装して会いに来ちゃうくらい、僕のこと、好きなんでしょ?」
ゆうこが俺だって気付いてたのか?次から次へと流れ込んでくる言葉に、頭がうまく働いてくれない。酒なんか飲むんじゃなかった。
「僕も祐希が好きだよ。ゆうこが祐希だって分かってて、気が付かないフリして手繋いじゃうくらい」
いつから、とか、なんで、とか、聞きたいことはいっぱいあったけど。
「ゆうこじゃなくてお前が好きなのは祐希の方なのか?」
「五十嵐祐希が好きだよ、ずっと前から。お前いつまで待たせるんだよ。もうハタチだぞ僕ら。」
気がつくと俺は腕の中に勝平を閉じ込めてた。
夢じゃないって、確かめるように。短い髪の毛の間から見える耳は赤く染まっていて、勝平も勇気を出して言ってくれたんだと分かった。だけど、すっぽりと腕に収まる愛しい塊はまだ現実味が全くなくて。
「嘘?」
「嘘じゃない」
「夢?」
「夢じゃないって。まだ分からない?」
そう言って俺のほっぺにキスをする。
それは一瞬で、チュっと音を立ててすぐ離れていく。真っ赤になった俺をみて勝平はケラケラ笑った。頬の感触は紛れもなく現実だ。
「現実だった…」
「だから言っただろ?」
おいしいところを全部勝平に持っていかれた気がして、なんだか悔しくて、不意打ちで唇を奪ってやる。目を閉じる瞬間、目を見開く勝平が見えた。
「…仕返し」
狙い通り勝平は顔を真っ赤にして「急すぎるんだよ」と俺の肩を押してくる。ああ、なんて可愛い奴だ。
「顔見せろよ」
「ダメ、変な顔してるから」
「俺のこと、好きで好きで仕方ないって顔?」
「うるさい馬鹿、調子にのるな…っ」
「調子にのるよ。だってお前とやっと付き合えたんだから」
瞼にキスを落とすと勝平は俯いて、小さく「待ちくたびれた」とこぼした。
「お前、いつからゆうこが俺だって気がついたんだ?」
どうしても気になっていたこと。昨日の段階では、てっきり勝平はゆうこが好きなのかと思っていたから。
「そんなの最初から気づいてたよ。一目みてすぐ分かったし、お前、やるならちゃんと声変えるとかしろよ。」
そういえば、見た目が変わったことに安心して、声のことは何も考えてなかったな、と気付く。そんなことも気が付かないなんて、相当必死だったのかもしれない。
「祐希が女装して立ってるから、ふざけて声掛けてみたらなんか必死に隠そうとしてるから。事情があるのかなって付き合ってやったんだよ」
「え…じゃあ分かってて好きなタイプとか聞いてたのかよ!ずるいじゃんか」
いじけてやる。結局全部勝平の手のひらの上だったってことだ。どうやら勝平は前から俺の気持ちに気付いていたっぽいし。
体育座りをしてそっぽを向くと背中にずっしりと重みが来て、後ろから勝平が包み込んだようだった。
「でも、女装した祐希が可愛いって言うのはほんと」
「じゃあ俺じゃなくてゆうことキスすればいいじゃん」
まだ機嫌なんてなおしてやらない。
口を尖らせて自分のつま先を見つめる。
「ゆうこにはもう連絡したから」
言ったと同時に、俺の携帯がなる。メールの受信ボックスに1通。見慣れないアドレス。
好きな人とようやく付き合うことになりました。
恋人を不安にさせたくないので、もう会えません。ごめんなさい。ゆうこさんも、好きな人とお幸せに。
とんだ茶番だ。ゆうこだって、叶わないと思っていた好きな人と結ばれたんだ。メール作成ボタンを押して文を打ち込む。勝平の携帯が着信を知らせる。
私も好きな人と付き合う事が出来ました。
世界一かっこいい自慢の彼氏です。
今、とても幸せです。
勝平は自分の携帯の画面を見てから、僕もだよ、と照れ臭そうに笑った。