昼下がりのロマンス「珍しいね。外食のお誘いなんて」
「取引先ハシゴする予定だったからさ、弁当作ってこなかったんだよ」
担当者が急病で倒れたとあらば仕方ない。訪問は後日改めてとなるようで、新入りの後輩に日程調整を任せてきたらしい。なかなかに肝が据わっていて向上心も高く、ちょっと生意気なところもあるが素直でかわいいのだと話していた子だろう。
「ファウストは?忙しい?」
「月次決算が終わったから比較的マシ。……ああ、さっき急な予算申請の相談がきたな」
商談や取引先都合で繁忙具合にムラが出る営業部と異なり、ファウストの所属する経理部は忙しさにある程度のパターンがある。今回のような突発的な相談は多くないのだが、その分面倒な案件である確率は高い、というのがファウストの経験測である。今日は少し遅くなるかもしれないな、と憂鬱げにため息をつくファウストをよそに、ネロはうんうんと満足げだ。
「みんな聖人君子のラウィーニアさんに助けてほしいんだよ」
「は?何それ」
「知らねえの。厳しいけど、本当に困っている時はめちゃくちゃ親身に助けてくれるし絶対に見捨てないから最後はあの人に頼れ、って評判だよ、あんた」
心外だと顔を顰めてファウストはグラスに口をつけた。大体なんだ聖人君子って。意味が分からないよとぼやけば、ネロが笑いながら眉間の皺をぐりぐりと撫でてくる。
「あはは、嬉しくなさそう」
「うるさい、やめろ」
「あんまり怖い顔すると美人が台無しだぜ、ラウィーニアさん」
頬杖をついて眦を緩ませるネロはなんというか、随分とご機嫌のようだ。訊ねてみれば、そりゃそうだろと笑みを深める。
「だって、月曜から恋人様とデートだもん」
全然会えないからさ、嬉しいに決まってんじゃん。だなんて。
外を飛び回るネロとオフィスに引きこもり状態のファウストとでは、同じ会社に所属していてもなかなか顔を合わせる機会がない。互いに各々付き合いというものがあり、後輩の指導を任され始めた身ともなれば尚更、新人の頃のように身軽ではいられない。
『今日いる?昼飯行かない?』
たったそれだけが書かれたネロのメールを即保護したくらいには、ファウストだってこの逢瀬が嬉しいのだ。
自分の都合ばかりで生きていける青さなんてとっくの昔に失ってしまった。もう自分たちは、限られた範囲で生きていくしかない。
その手段の中での最適解を差し出す機会を、ファウストはずっと探していた。
「ネロ」
「んー?」
「……一緒に住む?」
「うん……ん?」
大して面白くもないワイドショーと、くたびれたサラリーマン達の会話がBGMに流れる、とある大衆食堂の一角。まさかこんなムードもへったくれもないところになるとは思っていなかったけど。
急に喉がカラカラになる。一気に呷った水はもうぬるくなって、ちっとも潤った気がしない。ちらりと盗み見たネロはぽかん、と口を開けてじわじわと頬を染めていた。
「…………マジ?」
お待たせしましたと二人分の膳が運ばれてくる。お客様?と店員が数度呼びかけるまで、二人は硬直したままだった。