カールの城下町にある宿で、ヒュンケルは2人掛けのソファに座っていた。ラーハルトは少し離れた窓際に寄りかかり、外の様子を黙って見つめている。威勢の良い声が聞こえるから、行商人か大道芸人でも来ているのかもしれない。何を見ているのか、訊いてみようとヒュンケルは口を開きかけた。
「できるか?」
ヒュンケルの問いが言葉になるよりも早く、ラーハルトの言葉がヒュンケルの耳に届く。
「何を?」
ラーハルトの唐突な問いかけに、ヒュンケルは少し驚いた様子で聞き返した。ヒュンケルの問いはーハルトの声とともに、ヒュンケルの中でかき消された。
「ウィンク」
とラーハルト。
「できるぞ」
「……そうか」
ラーハルトの声は、意外そうな響きがあった。ヒュンケルは、もしかしたらラーハルトはウィンクができないのではないかと思った。
「ラーハルト?もしかしておまえウィンクができないのか?」
「ああ……」
ラーハルトが、しぶしぶといった様子で頷いた。ラーハルトは少し負けず嫌いなところがある。
「別に、おまえがウィンクをできなくとも、オレは気にしないぞ」
なんでも完璧にこなしそうなラーハルトの思ってもいなかった苦手が、ヒュンケルはなんだか嬉しかった。
「たとえおまえが気にしなくとも、オレが気にするんだ」
「……相変わらずだな」
「どうやったらできるようになる?」
「さあ?どうと言われても」
ラーハルトはヒュンケルの隣に腰掛けた。
「教えてくれないか?」
ヒュンケルは、目の前にあるラーハルトの顔を見つめた。静かで厳しく、それでいて情熱を滲ませた顔をしていた。ヒュンケルはラーハルトの、そんな顔が好きだった。ラーハルトの厳しく情熱を秘めた顔が、ウィンクで無くなってしまわないかとヒュンケルは少し心配した。
「……わかった」
ヒュンケルは、ラーハルトを見つめながらそう言った。外はいつのまにか静かになっていた。