「ウィル、昔は何をお願いした?」
今日は七夕。7月7日。空の上で、彦星と織姫が一年に一度だけ出会える、特別な日。かといって、自分たちにとっても特別なイベントか?と聞かれても、頷くことは難しい。祝日という訳でもないし、この時期ならアカデミーはテスト期間だ。七夕、と言うよりも、憂鬱が買ってしまう。
数年ぶりに晴れた、この日の夜空。屋上で天の川を見ようと、ウィルと一緒にやってきたアキラは、そうそうに飽きてしまったのかこの場にはいない。代わりにその場に佇むのは、後からやってきたフェイスだ。今日はクラブに行く気にならなかったが、どうしても落ち着かないらしく。ふと屋上に顔を出せば、そこには最愛の恋人であるウィルの姿があった。その隣に身を置けば、ウィルは淡いベージュの髪を風になびかせながら、フェイスの名前を呼んだ。
「昔のお願い事?」
「そ。」
そして、冒頭に戻る。うーん、と唸るウィルは、その思考を思い出にふけさせる。
「体が強くなりますように、かな?」
「うわ、結構重い。」
「うわ、とか言うなよ。」
ぷくーっと頬を膨らませるウィルの頭を撫で、冗談だよ、とフェイスは優しくつぶやく。ウィルは、フェイスに施されるこの対応が好きだった。
「そりゃ、昔はこんな風に動くことだって出来なかったから。アキラやレンも、七夕のお願い事は俺と同じだったなぁ。」
「2人も、ウィルの体のことお願いしてたの?」
「うん、ふふ、懐かしいなぁ。」
ウィルの体が弱かった、という話は数ヶ月前に聞いたことであった。今こそ元気にヒーロー活動をしているから分からないが、ウィルにもそんな過去があったのかと思うと、自然と心が苦しくなる。いつか、昔みたいに倒れる日が来てしまったら。そう思うだけで、フェイスは身震いした。考えたくない。
「フェイスくんは?」
「え?」
「フェイスくんは、何お願いしたの?」
ウイルにオウム返しのように返されたその質問。そうだな…。と、少し考え込むフリ。その数秒後には、「覚えてないかな」という、面白みのない回答が返ってきた。
「うそ。フェイスくん、覚えてるでしょ。」
いたずらっ子のように顔を歪めるウィルの表情は、普段見ることの出来ないような顔で。この顔を見る度、フェイスは1人優越感に浸るのは、まだフェイス以外知る由もないことである。
「じゃ、当ててみる?」
「フェイスは、何をお願いしたんだ?」
思い返される、幼少期の記憶。目の前には、まだ幼い兄がいて、自分の手はとても小さい。七夕、兄と一緒に願い事を考えていたのは、何年前のことだろうか。
「うん!えへへ、お兄ちゃんにだけは見せてあげるね!」
はい!と差し出された、フェイスの短冊。つたない痔で書かれたその文字は、幼少期の努力を物語るもので。
「そうか。応援しているぞ。」
「うん!」
「ブラッドさん絡みの事じゃないかなぁ?」
うーん、と唸った末に、ウィルはそう提案した。とう?と聞きながら首をかしげるウィルにくすり、と笑いながらも、「うん、正解。」と言い放った。
「でも、願いの中身までは教えない。」
「えーっ。フェイスくんのお願いごとか…。お兄ちゃんと一緒にいたい、とか、お兄ちゃんみたいなヒーローになりたい!とか?」
あとはあとは…。と、勝手に想像を膨らませるウィルの姿は、フェイスにとってはあまり良いものとはいえなくて。言葉を募らせていく度に、フェイスの顔は赤さを増してゆく。
「んむっ、」
「はい、それ以上はだーめ。それ以上言うなら、その口、閉じちゃうけど」
いいの?と、フェイスが尋ねれば、ウィルは顔を紅潮させて手を振った。キス1つでゆでダコのようになってしまうウィルは、本当にウブで可愛い。
「じゃ、そろそろ暑いし、中入ろっか。」
「え、ふぇ、フェイスくん!待って!」
まだ赤い顔を引きずりながら、ウィルは先に歩き出していたフェイスの後を追う。
(昔の願い、今なら叶ったって言えるのかな?)
昔書いた短冊。中に書いた文字は、未だフェイスの胸にある。
「お兄ちゃんみたいに、大切な人を守れますように!」