周子舒が薬種をすり潰している横で頬杖をついてその姿をじっと眺めていた温客行は不意に瞳を細めると、ことりと首を傾げた。
「ねぇ阿絮…」
「ん…?」
「あーしゅー」
「老温?」
「…好きだよ、阿絮」
「……どうした、急に」
「言いたくなった」
「老温」
「なに」
「熱でもあるのか?」
「阿絮…それは酷くないか?」
「まさか…」
「どうした?眉間に皺が寄って美しい顔が台無しだ」
「まさか、お前…」
「うん?」
「お前、俺に黙ってどこかへ行く気じゃないだろうな…」
「………は?急に何の話だ?」
「雰囲気も何も考慮しない上に照れもせず告白の言葉を口にするなんて、普段のお前からしたら考えられない」
「……おい」
「何かやましいことでもあるのか疑って当然だろ」
「阿絮の中で私の扱いが酷すぎる…!」
「なら反論できるのか?」
「………え?」
「お前が俺に好きだと告げたのはいつが最後だったかな…」
「………………」
「悪いが記憶が曖昧なんだ。教えてくれないか?老温」
「あ、あしゅ…」
「ん?」
「………ごめんなさい好きです」
「………は?」
「ちょっと…あ、いや…かなり…だけど。改めて言うのは照れくさくて…でも口にしなくても阿絮は分かってくれてるとも思ってて…」
「ほう……じゃあ、急に態度を変えたのはどうしてだ。本当にやましい事はないのか?」
「ない!誓ってないからっ…阿絮の顔を見てたら無性に言いたくなっただけで…!」
「俺の顔なんてお前、しょっちゅう見てるじゃないか」
「…いつも阿絮を見つめる時は心の中で好きだって言ってたし、ちゃんと声に出して伝えたいと思ってたんだ…」
「もしかして照れてるのか?耳が赤いぞ」
「照れるに決まってるだろ…!私なりに覚悟を決めて何気なさを装ったつもりだったのにっ」
「そうだったのか?」
「そうだよ!なのに阿絮は変なこと言い出すし…全然嬉しそうでもないし…」
「老温」
「私がどれだけ阿絮が好きか伝えても、きっと阿絮は『そうか』の一言で済ますんだ…私が阿絮に好きだなんて言われたら頭が沸騰して他に何も考えられなくなってしまうのに…」
「…老温」
「もしかして阿絮は私がそこまで好きじゃないのか…?私は阿絮の顔も躰も心も全部好きだぞ…嫌いなところなんてひとつもない…そりゃ、ちょっと強情な所とかひとりで全部背負い込もうとする所とか困るなぁと思うこともあるが…でもそれが阿絮だし…」
「…老温」
「不器用に優しい所も面倒見がいいところも何より私を見放さず傍にいてくれたところも…ぜんぶぜんぶ好きだ…私は阿絮がまるごと好きで…」
「らおうぇんっ…!」
「………あしゅ?」
「…もういい。分かった」
「…もしかして照れてる?」
「…あぁ」
「…だから阿絮は顔をそらしてるの?」
「………」
「ねぇ阿絮、こっちを向いて」
「…嫌だ」
「阿絮の顔をちゃんと見たい」
「…絶対お前は笑うだろ」
「私は阿絮が好きなんだよ…?ずうっと一緒にいたいし来世でも必ず阿絮と出逢うって決めてるぐらい好き。だから笑ったりなんてしない」
「…お前な」
「うん」
「なんだ、その顔」
「阿絮こそ」
「…真っ赤だぞ」
「阿絮だって」
「老温…これだけは言っておく」
「なに?」
「…告白は時と場所を考えろ」
そう言って素早く立ち上がり、逃げるよう部屋を後にした周子舒の後姿をぽかんと眺めていた温客行だったが。
我に返ると慌てて後を追い―――周子舒の部屋で『…遅い』と不貞腐れた表情の恋人に出迎えられたのだった。