前のめりの姿勢であっても背の高い男の姿で力任せに次々に振りかぶる拳は重く、ユエは生身とは思えないそれを一つ一つ鉈の背で捌かなければならなかった。
「遘√′縺雁ョ医j縺励∪縺……」
ぬらりと暗い瞳がこちらを見ていて、口元は小さく何かを唱え続けている。ユエには意味のわからないそれだが、おそらく独り言以上の意味はない。
「遘√′……」
「ッ!」
雑音でしかない唇の動きから意識を逸らし、体内を巡る魔力の循環を早め、不死族の動きへの順応を図る。目、それから脚、そして「嗅覚」。避け、受け、退がりながら強いられる防戦の中で害意を見極め、相手の呼吸を盗み、反撃へと転じる機を探る。
「莉翫☆縺、莉、莉……」
「——ッ!!」
徐々に対応速度を上げ、受けるよりも避けるが優位になったところで、ユエは一歩踏み込んだ。攻撃の拍子を崩し、崩れたところに一太刀を叩きつける。
「ッ……」
太刀筋を遮るためにかざされた腕が吹き飛んで、赤黒い靄になって消えた。暗く淀んだ瞳がわずかに見開いて驚きを示したかと思えば一歩退いていき、着地した脚を軸にした下がりながらのひと蹴りが空を斬る。腕で受ければたまらず吹き飛び、ユエは大きく地面を滑る形で体勢を整えた。
「ユエ!」
「大事ない」
脇腹にまともに入れば肋をもっていかれただろう。痺れる腕に魔力を流して喝を入れる。片腕を無くした不死族の方も、流石に警戒を示すように距離をとったまま佇んでいる。
その間、ハルニードは群がる呪のものをまとめて相手にしていた。彼の手足による攻撃は純度の高い魔力放出に等しい。正確に核を貫けばそれが致命になる算段であり、ハルニードの身体性能であれば多少の多勢を相手にしていてもそれが可能であるはずであった。
「ダメだ、呪核が消えない!」
「?」
核を守る実体ごとを魔力の爪で引き裂いた——かに見えたが、ハルニードは舌打ちを一つ残して飛び退り、ユエのそばに降り立った。四散することなく元通り繋がるのを確認し、首を傾げながら言う。
「消えないって言うか、一発で潰しきらないと再生しちゃう感じだね。数が減らない」
今しがたの一撃で弾け飛んだ左腕の先をこともなく再生しながら、並んで立つ二人を見据えて眉間を狭める不死族の方へと首をしゃくった。
「多分あいつから呪素を供給されてる」
「堂々巡りだな」
さすがに聞き取れるわけではないが、不死族の唇は再び細かく動いている。一呼吸を整えて鉈を構え直しながら、ユエは横目にハルニードを伺った。
「一度撤退するか?」
「いや……」
ハルニードが進退を濁す。二人の見様見真似をするように呪のものたちは不死族に寄り添っていたのだが、そのうちの一体が爆ぜ消えたのである。
「!」
不死族の男が伸ばしている、その残っている左手に掴まれたのだ。
「……」
「見て、ユエ」
何事かを呟きながら、不死族は次々に、淡々と、取り囲む呪のものを潰していく。吸って、——食って、いる。
「手のひらに口がある」
「……化け物だな」
呪のものが一体減り二体減り、その間にユエが切り落とした右腕が再生する。指の先までが出現すると、その手は呪のものの実体と同じ色と質感をした棒状のものを握っていた。
「好都合だね」
「そうか?」
「少なくとも数は減った」
ハルニードが四肢を地面につけて臨戦体勢を取る。ユエもまた油断なく鉈を構えた。視線の先では不死族が妙に熟れた姿勢で両手に剣を構えている。