ユエは息を呑んだ。噴き出す血液からは芳醇な魔力香が漂う。
「ッ、手、離さないで!」
ハルニードの一喝に動揺で緩みかけた手に慌てて力を込めた。痛みなのか恐れなのか、涙を堪えるように下がった眉、対象的に血の気の失せた唇が愉快そうに笑っている。
「これで予定通りだから、」
なにごとかを喚いてはより活き良く暴れている不死族をきつく抑え込んだのは半ば八つ当たりのようなものだった。目の前で、ハルニードの両手が自らの皮膚を裂き、骨を割り、心臓を引きちぎる。笑った形のままの唇がユエからは聞き取れない術式を呟き続けて、それは大まかな出血は落ち着けるもののようだった。
「口、開けさせておいて」
無茶なことを言う。胸にぽっかりと穴を開けたハルニードの顔はすっかり血の気を失っているというのに、緩慢に歩を進める脚とびくびくと手のひらの上で足掻くように痙攣する肉の塊を握る手のひらは健在である。
「縺励s縺槭≧……」
「そうだよ、お前が欲しかったもんだよ」
さすがに声には力がない。不死族はもう思ったほどには暴れてはいないが、両手の口を使えないように押さえ込んでおく。ハルニードが魔力を燃やす匂いがする。体内で暴れる衝動を体内循環に変えながら、ユエは自らの仕事を全うする他にない。
「巻き込んでごめん」
不死族の前に立ったハルニードはユエと目を合わせるとそう言った。いかにも重たそうに持ち上げた血まみれの左手がぺたりと不死族の頬に赤い手形をつける。顎を開かせ、固定する。
もう何を言っても手遅れだった。ユエはほんの刹那目を伏せて、やっとのことで首を振る。本当はハルニードがこうすることをわかっていたのではないか。そうするしかなく、そうすることができるのならば、ハルニードは自らの心臓を差し出すことを躊躇わないのだと知っていたのではないか。
「気にするな」
「ありがと」
右手の上の肉塊を、大きく開いた男の口へと押し込む。魔力の中枢、魔力の塊。その瞬間、不死族の男がどのような表情をしたのか、ユエには見えなかった。ただ泣き笑いのように笑う、ハルニードの目は金色だった。
ごくり、と重い嚥下の音、直後、凄まじい熱量と衝撃が生まれた。