匂ひおこせよ 冴え冴えとした冷たい瞳に、わずかにぬくもりが灯った。ほころぶ花弁のように壮麗で美しく、その実どこか物悲しい。そんな笑顔だと思った。それを見たのはもう何か月も前になる。
他人に心を奪われることが本当にあるなんて。少女のように頬を染めて、彼の姿を見つめる。
ああ、美しい。その目がこちらを向いてくれればいいのに。そう願って幾月、彼がこちらに気が付くことはない。わかっている。彼の中にいる思い人の存在も、自分なんかが彼の意識に留まることなど決してないことも。わかっていてなお、そのすべてが愛しいと思ってしまう。
女は、全身で男に恋をしていた。
小さな花弁が風にさらわれ、そよそよと音を立てるように女の髪にまとわりつく。
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