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    ひかわ

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    ひかわ

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    第一回お題「キス」をお借りしました。
    #杏千版ドロライ

    キスの日 恋文の日
    現代杏千

    #杏千
    apricotChien

    キス文字が書かれた面を伏せた淡黄蘗色の和紙の裏側に、紫色の小さな花を並べる。圧力を掛けらて水分が抜けた花は、庭に咲いていた時の立体感は失くしたが、平面状になっても咲いたままの姿を残していた。
    100円ショップで購入したラミネートフィルムに和紙を挟んでから空気を抜き、パンチで開けた穴に赤いリボンを通す。
    「兄上…」
    思いを込めて愛しい名を呼び、文字に唇を寄せた。

    これは決して気付かれてはいけない恋心。


    ◇◇◇

    夕方まで降り続いていた雨は、杏寿郎が帰宅する頃には止んでいた。
    「千寿郎は大丈夫だったか?」
    ダイニングで一人、遅い夕食を摂る杏寿郎の椀におかわりの味噌汁をよそう千寿郎は、元々の下がり眉を更に下降させる。
    「俺が帰る時にはまだ降っていたので、足元がびしょ濡れになりました」
    慎重に歩いても泥跳ねは避けられない。帰宅早々、自分で洗おうとして母に止められた。早々に風呂に送り出された千寿郎が入浴を済ませて見れば、学生服のズボンは登校時と同じように汚れの無い状態に戻っていた。
    軽い泥汚れはドライヤーで乾かして、ブラシで払い落とすんですよ、という母の言葉に、千寿郎のは今度兄のスラックスに泥が跳ねた時にはそうしようと頭の片隅に留め置いた。

    「今日は寒かったですね」
    前日の蒸し暑さから一変した肌寒い一日。朝から降り続ける雨と、にび色の空で気分も憂鬱になる。
    「気温の変化が激しくて体が追い付かないのか、今日は職員も生徒も体調を崩して休む人も多かった。千寿郎も気を付けてくれ」
    味噌汁の蕪は柔らかく、直ぐに口内で溶けた。杏寿郎はその甘みを堪能する。
    「有難うございます。俺は大丈夫ですが、父上は寒暖差の影響からか、頭痛がするそうです。母上も疲れが取れないからと二人共夕食後、早めにお休みになりました」
    「日頃の疲れもあるのだろう。千寿郎、こんな遅くに支度をさせてすまない」
    向かい合って座った千寿郎は、温かな番茶を飲みながら首を振った。
    「母上が作った物を温めただけですから大丈夫です。俺は兄上と話したかったので…」
    朝は忙しなく、話す時間が殆ど無い。幼い頃から一日一回は兄弟でゆっくり話す事が当たり前なだけに、遅く帰った兄の夕飯の支度をする事は決して無理な事では無かった。

    「俺も千寿郎の顔を見て一日が終われるのは、何よりの幸せだ。ごちそうさま」
    空腹が満たされた杏寿郎は笑顔を浮かべて、食べ終えた食器をシンクに入れた。スポンジに洗剤を垂らす杏寿郎の横に千寿郎も並んで立つ。
    「兄上、俺が洗います。お疲れでしょうから、お風呂に入ってゆっくりと温まってください」
    「一緒に洗おう。きっと濯ぎ残しがあるだろうから、千寿郎にお願いしたい」
    先に水に漬けておいた鍋の上でスポンジをリズミカルに上下させる兄の姿に、千寿郎は笑みを零した。兄の洗った物を千寿郎が漱ぐ。二人で並んで行う共同作業は、決して叶わない恋人同士の甘い姿を想像させた。

    「綺麗になりましたね」
    「うむ。割らずに済んだ!」
    「さすがの兄上もそんなに力を入れないでしょう」
    二人の笑い声はダイニングに響いた。両親が寝ている事を思い出した杏寿郎が人差し指を口に当てて静かにするように示せば、千寿郎は慌てて口を噤む。一瞬の静寂の後、顔を見合わせた二人は小さく笑った。
    これからもこんな風に兄弟として平穏な時間を過ごすのだろう。千寿郎は嬉しさと諦めの思いを心に浮かべた。

    「あ、あの、兄上これを…」
    千寿郎は椅子の上に隠し置いた一片のフィルムを渡した。受け取った杏寿郎は凝視した後に満面の笑みを浮かべる。
    「今年は栞か! 毎年、千寿郎から何を貰えるのを楽しみにしているんだ。有難う! この花は何だろうか?」
    杏寿郎は紫色の小花の面を、千寿郎に見せた。
    「菫です。庭に母上と植えたのがとても綺麗に咲いたんですよ」
    そういえば紫色の花が咲いていたと、杏寿郎は庭先で陽の光に注がれて揺れる菫を思い出した。
    「形も色も、咲いたままの形を保っていて美しい。この栞も学園で使おう」
    「今迄のも使っていますよね。嬉しいです」

    幼い千寿郎と母が一緒に始めた押し花は、初めは紙に貼ったり、写真立てに入れて家の中に飾っていた。
    幼児期、覚えたての文字で「あにうえべんきょがんばって」と手紙を書けば、「兄の為に作ってくれたのか!」と杏寿郎は破顔した。そこ迄喜んでくれた事が嬉しく、その日以来、千寿郎は杏寿郎に押し花で作った物を贈るようになった。
    ある日小さく切った紙に桜を貼った所、高校生の杏寿郎は教科書に挟もうと言った事が切っ掛けで、栞も作るようになった。実用的なそれを兄は仕事でも使っている。
    学園の生徒に栞の事を突っ込まれると「弟が兄の為に作ってくれた大切な物なんだ」と嬉しそうに答えていたと炭治郎に聞いた時は、恥ずかしさと共に嬉しさが込み上げて来た。

    ラミネートされた栞を裏返した杏寿郎の目は、そこに書かれた流麗な文字に留まった。
    「授業で覚えた歌を書いてみました」
    聞かれていないが、先手を打って千寿郎は説明をした。その心中は大きな音を立てる程に動揺している。それを押し隠して平然とした顔をする千寿郎の顔を見た後、杏寿郎は再度その文字を見つめた。

    芽花抜く 浅茅が原のつほすみれ 今盛りなり我が恋ふらくは

    「万葉集の一首だな」

    歴史を教えているだけあって、やはり兄は知っていた。千寿郎は唾を飲み込む。次に言う言葉も決まっているから大丈夫だ。
    「ええ、姉が妹に贈った歌です。逆になりますが、弟から兄上にも良いと思ったので」
    背中に一筋の汗を流しながら千寿郎は作り笑いを浮かべた。引き攣っていないか心配になる。

    「ああ、同性の親族に贈った歌だ。千寿郎は歌の背景も良く勉強しているな」
    「え、ええ…」
    「ならば、これは使えない」
    「え‥‥?」
    「学園では使わない」
    「な、何故ですか?」
    淡々と口を衝く杏寿郎の言葉は、千寿郎の目の前を今日の雨空のように曇らせた。
    普段ならば「大切に使おう!」と声高らかに喜ぶ兄が、今日に限って使えない・使わないと拒絶に近い反応を見せた。そんな事は初めてだ。
    歌に込めた思いを隠す、陳腐な誤魔化しに呆れられたのだろうか。

    「す、すみません‥。そんな歌を書いた物は使えないですよね。あ、あの作り直しますから」
    千寿郎が杏寿郎から栞を取ろうとすれば、その手はサラリと躱された。
    「こんな大切な栞は、誰にも見せたくない」
    「え…」
    「そんな勿体無い事は出来ない」
    杏寿郎は栞に書かれた歌に唇を寄せた。形の良い唇の優雅な動きに、千寿郎の頭には『間接キス』の言葉が浮かび、一人頬を赤らめる。
    「あ、あの…」
    予想だしない行動に、千寿郎は言葉が出なかった。

    「和歌は内容を的確に読み取った上で、詠み手の思いを捉える事が大切だ。故に個人がそれを引用した場合は、贈り手の心情を読み取る事になる」
    教師然とした言葉を、千寿郎は黙って聞いていた。
    「何故千寿郎がこの歌を兄に贈ったか? 親族を思う歌に日頃の感謝を込めて。確かにそれは大きな理由になるだろう。しかしそこに隠された思いがあるのではと、贈られた兄は考えた。菫が咲くように自分の恋心は真っ盛りと歌う恋歌と、添えられた菫の押し花。二つの菫に込めた思い」
    千寿郎は杏寿郎の口の端が緩やかに上がるのを、ただ黙って見ていた。
    「こんなにも熱烈で愛情深い栞は、さながら恋文だと思いたいのだが、どうだろうか?」
    「ど、どうでしょうか…」
    Tシャツの裾を掴みながら千寿郎は俯いた。
    「これが、…恋文としたら、兄上はどう、されますか…?」
    「そうだな…」
    千寿郎は両肩に熱を感じて顔を上げれば、兄の手がそこに乗っていた。間近で見つめる兄の瞳からは、千寿郎の栞の意味を読み取ろうとする真摯な気持ちが伝わってきた。
    「俺は和歌を嗜んでいないから、返歌は思い付かない。だから行動で気持ちを示したい」
    「行動?」
    言った瞬間、顎が掬われ、杏寿郎の唇が重なった。驚いて見開く千寿郎の瞳には、優しく、そして少しだけ悪戯っぽく光る杏寿郎の赤い光が入る。
    突然で初めてのキスに千寿郎は息をするのも忘れた。唇が離れても呼吸が思い出せす、名を呼ばれてやっと息を吸う。何度か呼吸をしても、心臓は大きな音を立てていた。何を言えば良いのか分からず目の前の杏寿郎を見れば、今度は額に軽いキスが降りた。
    「好きだ」
    「兄上…」
    「俺は千寿郎が好きだ。これを恋文として取り、気持ちをキスで返したが答えは合っているだろうか?」
    千寿郎は目をしばたたかせながら、頭の中で答え合わせをした。叶わぬと分かっていても、恋心だけでもひっそりと伝えたかった。「姉妹間の歌」に潜めた思いを贈って自己満足で終わる予定だったのに、両想いになり、キスまでされるなんて計算外だ。

    「…わ、分かんないです…」
    思わぬ展開に動揺して涙が零れる。杏寿郎はそれを指で受け止めて拭った。
    「今日は恋文の日だ。それもあって千寿郎はこの歌を贈ってくれただろう?」
    「…」
    兄には何でもお見通しだった。観念した千寿郎は小さく頷いた。
    「それともう一つ。別の日でも有るが、千寿郎は知っているだろうか?」
    「べ、別ですか…?」
    千寿郎は頭の中でネットの情報を思い浮かべたが、答えは見つからない。
    「キスの日だ」
    「え…?」
    「日本映画で初めてキスシーンを撮影した事から来ているらしい。俺達のキスも今日が初めてなんて、奇遇だな」
    分かっていてした杏寿郎の満足そうな言葉に、千寿郎は改めて自分達が初めてのキスをした現実を思い出した。
    「は、初めて…。兄上と初めてのキス…。今日が」
    唇をなぞれば杏寿郎の唇の感触が蘇り、そこに熱が灯る。
    「千寿郎、歌も嬉しいがお前の気持ちを言葉で教えて欲しい。兄は千寿郎が好きだ。千寿郎は兄をどう思っているのだろうか?」
    頬にキスをする杏寿郎の声は、期待で弾んでいた。
    「す、好き…です。兄上が大好きです…」
    受けるキスで頬にも熱が籠る。杏寿郎はそれが楽しいようで、「嬉しいよ」と言いながら顔中にキスの雨を降らせた。
    憂鬱にさせた今日の冷たい雨とは違う、穀物の種や芽を潤す穀雨に似た温かなキスの雨は、千寿郎の押さえていた恋心を表に芽吹かせた。
    「兄上…、顔ばかり…」
    「ああ、そうだった」
    唇へも降るキスの雨。初めての兄からのキスは止まる事が無い。
    顔を真っ赤にさせながら、恥ずかしいと零す千寿郎の言葉は耳に入り、杏寿郎を喜ばせた。

    「あの、あの…、お風呂に入ってください。明日も早いでしょう?」
    千寿郎は話題を変えようと杏寿郎の体を反転させ、背中を押して風呂を勧めた。その行動が可愛らしく、杏寿郎は笑いながら「分かった!」と言葉を返した。
    「あ、そうだ。千寿郎」
    足を止めた杏寿郎は振り向いて、千寿郎を見つめた。
    「どうしました?」
    「寒い中帰る兄の体を温めようと、味噌汁に蕪を足してくれただろう?千寿郎や父上達の分には入れていないのに、兄だけの為に。千寿郎がそうしてくれたんだろう?」
    「…! な、何で分かったんですか!」
    「父上は柔らかな蕪が苦手だ」
    「あ!」
    千寿郎は思わず口を開けた。父は漬物やマリネと食感の残る蕪は好むが、噛まなく共崩れていく食感が苦手なので、食卓には蕪の汁物や煮物は並ばない。
    しかし兄の帰りが遅いと聞いた時、千寿郎は少しでも体を温めようと三人が夕飯を食べ終えてから味噌汁に蕪を入れた。ほんの気持ち程度の行為すら兄は気付いていた。

    「千寿郎、もう遅いから先に休んでくれ。今日は千寿郎から多くの愛情を貰って、心がも体も温まえい、良い夢が見られそうだ」
    にこやかにバスルームへ向かう杏寿郎の背中を見送る千寿郎は、脱力してテーブルに手を着いた。
    歌も、蕪も、何もかも兄にはお見通しだ。
    「でも…」
    千寿郎は両手で頬を覆う。兄の唇を受けた顔はまだ熱を持っていた。
    「菫の花言葉には気付いていないでしょう?」
    バスルームからは柔らかなシャワー音が聞こえる。心地良い湯が兄の体を温めているのだろう。そんな兄を思い千寿郎は小さな吐息を漏らす。

    「紫色の菫の花言葉は、『愛』なんですよ」
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