鏡の中の世界にはいつだって自分ひとり、向かい合って見つめ合ってずっとふたりきり。思いの丈を紡いだ分だけ愛される関係は綻ぶことなく完璧なバランスで、この世界をより鮮やかに煌めかせてくれる。
こんなにも素晴らしい愛し合い方を歪だって拒む他人がいるのは知ってる、どうだっていいけど。ああだけど、この在り方を一目見て讃えた人間はいなかった。ちょっと信じられない、なんて、僕もどうかしてる。当然のことなのに戸惑うなんて、だってちょっと驚いちゃって。
「天彦、……正気?」
「もちろん」
「僕、一緒にいてもきみがいること忘れちゃうけど」
「何か問題が?」
手を取られてエスコート、行き先はドレッサーの前。ねえ今の、そのセリフ。今までは僕が言う側だった。僕が僕と愛し合うことにいったいどんな問題があるの。相手はいつもついてこれずに互いに話が通じない。だからこんなこと、言われたのってそういえば初めて。鏡の中の僕が、僕と同じ角度で視線を上げる。
「今はテラさんが、テラさん自身と愛し合うための時間です。どうぞ、天彦のことは忘れてください。僕があなたの世界に映っているかどうかは重要じゃない」
返事も待たずに握らされたハンドミラーの、柄と背面に埋め込まれた貝殻が光を反射して青く光る。細工は螺鈿、だけどデザインが和様じゃないのがおもしろくて買ったもの。お気に入りだってなんでわかったの。それとも知らずに渡したの。
「さあテラさん、どうぞ」
後ろに立って、バックミラーまで広げてくれちゃって。頼んでなんかいないのに。これから数時間、ずっとそのままでいるつもり? ばかな男。でも、追い出す気にはならない。
鏡に向かい、その先にいる僕を愛する人を見つめる。麗しいきみ、まばゆい僕。それから、この世界に増えた視線。少し変わったバランスはそれでも崩れることはなく、今も変わらず完璧だ。やっぱり僕はどこまでも魅力的だって、きみもそう思うでしょう? だからこの熱情を一身に受けながら、頷き合って笑うんだ。