レモンの味のキス 作業中、ふと集中力が切れてきたなと感じ、コトンとドライバーを置いて背もたれにもたれかける。
作業台の端に包み紙に包まれたキャンディがコロンと転がっていて、はてこれは……と手に取った。
(……ああ、そうか。そういえば……庭の前を通りかかった時に、ウッズ嬢からレモンキャンディを貰ったんだったな……集中力も切れてきたし、頂くとするか)
包み紙を開けてライトレモンカラーのキャンディを口に放り込むと、爽やかなレモンの酸っぱさと甘さが口の中でふわりと広がる。
「ん~、美味いな。Ms.ナイチンゲールの店で買ったんだろうか。覚えてたらまた会った時に聞いてみよう」
ころころとキャンディを口の中で転がしていると、カチャ……と扉が開き、ルカが振り向くとアンドルーが驚いたように目を丸くさせていた。
「な、何だ、休憩してたのか」
「ああ、丁度集中力が切れたところでね。どうかしたのかい?」
「……え、と……」
アンドルーはやや言いづらそうに俯きながらも部屋に入り、ルカは作業台の前の椅子から立ち上がっては、ソファへと移ってぽんぽん、と空いている所を軽く叩く。
アンドルーはおずおずとルカの隣に座り、アンドルーが口を開くのをルカが待っていると、彼は唇をもにょりと動かしてはまた俯く。
こういった時は、上手く言葉にしようとアンドルーなりに頑張っている時だから、ルカはいつも黙ってアンドルーが話してくれるのを待っている。
「……のか」
「ん?」
「だ、だから……キ、ス……キスで、レモンの味……することって、ある……のか……?」
思わぬ質問にルカがキョトンとしていると、アンドルーは「な、なんだよ、その顔!」と頬を赤くさせながらやや睨む。
「ああ、いや……意外な質問だなと思って。誰かから聞いたのかい?」
「……な、泣き虫の……ロビーに、聞かれて……ファーストキスはレモンの味がするって言うけど、実際キスの味ってどうなんだって……キスに、味があるなんて初めて、知ったし……分から、なくて……」
子供というのは、時に純粋な疑問をぶつけてくるものだ。
正直キスに味などない……と言ってしまうのは簡単だけれど、せっかく彼が勇気を出して聞いてきてくれたのだ、何か面白みのある返答をしてあげたいところだけれど。
(……ああ、そうだ)
ルカはアンドルーの頬を撫で、彼の赤い瞳に自分の顔が映り込むのが見えるほど近付き、アンドルーが「ル、カ?」と呼びかけると同時に。
「んっ……」
ちゅ、と唇を重ねては唇を開かせて自身の口の中にあったレモンキャンディをアンドルーの咥内へと移した。
「んっ……な、に……して……」
「アンドルー、今何味がする?」
「な……何味って……レモン……?」
ルカはクスッと笑いながら立ち上がり、作業台へと戻って椅子に腰掛ける。
「良かったじゃないか、レモンの味のキスは実在すると分かって」
「なっ……キャ、キャンディがあるからだろっ、それ……!」
「良いじゃないか、レモンの味がしたのは事実なんだから。美味しいかい?」
アンドルーは頬を赤く染めながらも「……美味しかった、けど……」と呟いた。
甘酸っぱく、けれどそれは果たしてレモンキャンディを舐めているからなのか、それとも。
「美味しかったなら何よりだ。ロビー君に教えてやるといい。さて、作業の続きでもしようかな」
そう言ってはルカは作業を始めようとして、アンドルーはムッ……と不服そうにその背中を見つめる。
なんだか好き勝手されるばかりで、何か仕返しの一つでもしてやりたくなり、アンドルーは作業用の手袋をはめ直そうとしているルカの背後に忍び寄った。
ルカはまだ気付いていないようで振り向かず、アンドルーはそのままルカの耳にキスをすると、ルカはピタリと手を止める。
「ふ、ふんっ、びっくりしたか? 散々好き勝手して作業に戻ろうとするからだ、物を弄り始める前で良かったな!」
仕返しをしたつもりになって満足そうに言い放つアンドルーに対し、ルカは静かに作業用の手袋をまた外した。
「……? ル、ルカ……? な、なんだよ、お、怒ったのか……?」
「いや? 怒ってないさ。時に、アンドルー。キスは部位によって意味合いが違うということを知っているかい?」
「え……いや……意味なんてあること自体初めて知った……」
手袋を放り投げたルカはアンドルーを抱き上げ、ベッドへと移動し始めた為、アンドルーは「はっ……」と目を見開く。
「例えば、額へのキスは祝福、頬へのキスは親愛、手の甲は敬愛など……部位によっては意味合いが違ってくる。さて……先程君が私にした、耳へのキスはどんな意味があると思う?」
「え……えと……」
こういう聞き方をされた時は、外れていてもいいから何かしら答えなければ、ルカは答えを教えてはくれない。
アンドルーは必死に答えを考え、当たっているかは分からないけれど小さく自分なりの答えを口にする。
「……か……構って、ほしい……とか……?」
「ほう、構ってほしくて耳にキスしたのかい?」
「なっ、ちっ、ちがっ、何か答えないとお前が教えてくれないから……!」
ルカは「まぁ、それはそうだな」と笑い、アンドルーのスカーフを解いては首筋にちゅ、とキスを落とした。
「っ、ひ……」
「耳へのキスは……性的な誘惑を意味してるんだよ」
「せっ……」
ルカはヘアゴムを外し、サラ……と縞模様の肩にチョコレートブラウンの髪が落ちて、アンドルーの頬を擽る。
「じゃ……じゃあ……首、は……なんだよ……」
「おや、アンディ、ダメじゃないか。ちゃんと自分で答えを考えてから聞かないと、私は教えないぜ?」
少しは振り回してやりたくてああしただけなのに、結局ルカに振り回されるばかりで。
けれど、愛おしそうに細められたグレーグリーンに映り込んでいるのが機械や数式ではなく、自分なのは嬉しくて。
アンドルーはチョコレートブラウンのカーテンを掻き分け、そっと首枷が付けられたままの首に腕を回し、ぎゅ……と抱きしめた。