Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    kow_7726

    @kow_7726

    忘羨、曦澄に日々救われる。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 22

    kow_7726

    ☆quiet follow

    下戸藍湛×バーテン魏嬰
    〜再来店編〜

    #忘羨
    WangXian

    ノンアルコール・モヒート!(2) 数日が平穏に、何事もなく過ぎた。あの美男の事を時折思い出すが、寂しいなどの気持ちはなくなっていた。
     今日もいつもの時間にオープンする。オープンしてすぐに客が来る事はあまりなく、カウンター内にノートパソコンを持ってきて注文などをのんびりしていた。
     その欄の中の『烏龍茶』の単語を見て、ふと美男を思い出す。まさか、このバーでそんなものを注文されたのは初めてだった。きっと、困って切羽詰まってたのだろうと想像すると自然と笑みが溢れた。
     棚の在庫を確認しながら注文を終える。ノートパソコンを片付けにバックヤードに行ってコンセントを挿す。扉に取り付けてあるベルの音が響いた。
     店内に戻りながら、この時間帯に来る常連客の顔を思い出す。そして、カウンター内に戻りながら俺は固まった。
     そこには、いつかの『烏龍茶美男』がいたのだ。何処か不安げで、カウンター内の酒を眺めたり店内を見たりと、所在無さげに佇んでいる。
     俺の姿を見て、ほっとしたような表情になったのを確認したけど、別にときめいたりなんかしてない。断じて、ない。
    「いらっしゃい、今日は一人?」
     気さくに声を掛けるものの、座る気配がない。飲みに来た訳じゃないのだろうか。忘れ物…は、特になかったと思うけど。
     美男は、感情が読めない眼差しで俺を見つめてから意を決したように口を開いた。
    「酒が飲めないのだが……」
     前回、言えなかっただろう内情を発表してくれた。それは知ってるけど、何をしに来たのかは言わない辺り、まだ緊張しているのだろう。
    「うん、知ってる。この店は、飲めない人も楽しんで貰えるよう努力してるけど…一杯飲んでく?」
     そう声をかけて、カウンターの一番奥を視線で示してやる。表情は動かないながらも、何処か嬉しそうに…しかしまだ緊張したままで、スツールに腰を掛ける。
    「バーにはノンアルコールカクテルっていうものもあるんだ。勿論アルコールは入ってない」
     おしぼりを手渡し、コースターを手前に置いてやる。手を拭きながらそれを神妙に聞くも、種類も注文の仕方もわからないようだ。
    「甘いものは好き?」
     注文というより好みを聞く。飲めないとわかっているのだから、ノンアルコールカクテルをお任せしてくれれば、極上の飲み物を作ってやろうと思ったのだ。
    「……飲める」
     短い返事。『飲める』という事は、好んでは飲まないが飲める程度なのだろう。そう解釈して、甘くないものを頭の中で考えながら笑顔を向ける。
    「了解。お任せあれ」
     片目を瞑ってウインクをして見せて、材料を出して手早くサラトガクーラーを作り始める。定番だからこそ、技量が求められる一品。酒が飲めずとも、この店を楽しんで貰えるよう、再び願いを込めて。
    「お待たせ」
     コースターに置かれたのは、見た目は全くの酒だ。一瞬躊躇し、グラスを手に持ち確かめるように一口飲む。飲んだ瞬間の驚きの顔に俺は、してやったり顔でカウンター越しに顔を覗き込む。
    「……………、美味しい」
     その一言で、俺はすごく嬉しくなった。この店で美味しく飲む、という俺の勝手な目標をクリアしたのだ。後は楽しんで貰う、だけど。
    「だろ?お酒が飲めなくても、この店で美味しく楽しい思いをして欲しいってのが俺の目標だからさ。その言葉が聞けたのはすごく嬉しい」
     屈託ない笑顔で告げると、彼は一瞬目を見開いた気がした。すぐに無表情に戻ったけれど、それは初めて来店した時と似た表情で。心臓が一気に速くなった。動悸…?何だこれ。
    「ところでさ、どうして飲めないのにバーなんかに来たんだ?忘れ物?」
     ふと、来店理由が気になっていた事を思い出して聞いてみる。
    「…代金をきちんと支払い、飲みたいと思った」
     短く語られた理由は、意外なものだった。もしかしてこの前、ご馳走なんかしちゃったから律儀に代金を支払って飲みに来ようと思ったのだろうか。律儀過ぎだろ。
    「奢られてラッキーくらいに思って良かったのに」
     からりと笑うと、彼は僅かに片眉上げた。
    「いや……そうではなくて………」
     否定の言葉は、ドアに取り付けられたベルに遮られた。俺は気になったものの、来店した客に目線を向ける。美男に会釈して、そちらに向かった。
    「いらっしゃい、今日は早いんだな」
     いつもはもう少し遅く来る、大きな会社の常務の常連さん。気さくに話しかけながらテーブル席に腰掛けた客におしぼりを渡して注文を聞いて、カウンター内に戻る。
     注文されたカクテルを作る間、美男の視線に気付いたけれどそちらは向かない。どうやらカクテルを作る工程を見るのが面白いらしい。ちょっと格好付けてシェイカー振ったりして。
     常連客にカクテルを出した後、極力音を立てないよう使った道具を洗っている間も、時折視線を感じていた。慣れない場で、興味は尽きないのかもしれない。
    「楽しんでる?」
     グラスを磨きながら美男に話し掛ける。グラスに口を付けていた彼は、味わうようにゆっくり飲んでからグラスを置いて此方を向く。
    「…うん」
     返事が妙に可愛らしくて、つい笑いが漏れてしまった。本人は何故笑われたのかは自覚していない様子だが、それには触れずにトーションでグラスを拭きながら彼の前に立つ。
    「楽しんでくれてるなら、良かった」
     本心だ。この店で、美味しく楽しく過ごして貰えるのが何よりの報酬なのだ。
    「またいつでも来てよ」
     営業じゃない、ただの願望。願いを込めてこの店の名刺をコースターの脇に置く。
     『BAR 随便』と金の文字で書かれた真っ黒の名刺。下の方に小さく同じく金の文字で『魏嬰/無羨』と書かれただけで、地図も電話番号も書いていない。
    「内緒だけどこれ、滅多に渡さない名刺」
     口元に人差し指を当てて神妙な様子で告げてると、それを見ていた常連客に目敏く見つけられた。
    「あれ、マスター。珍しいね。その名刺は特別なんじゃないのか?」
     グラスを片手に、常連客が美男に近付く。客同士の触れ合いも自由にしている為止めはしないが、ほぼ初めての美男が嫌そうだったら何となく席に戻そうと思って視線を向けた。意外にも話を聞く姿勢だったので、大丈夫かと冷蔵庫を漁る。確か、熟したグレープフルーツがあったはず。
    「そ。特別。誰にでもあげるものじゃないからな」
     グレープフルーツを食べやすい大きさにカットする。常連客は美男の隣のスツールを陣取っていた。
    「初めて見た顔に渡してたら、常連としては嫉妬しちゃうな」
    「渡す時は初めてでも渡すし、渡さない人には何度来ても渡さない。俺は安くないんだって。はい、サービス」
     冗談めかして大袈裟に笑う。切ったグレープフルーツを皿に盛って、二人の前に出す。常連客は「ありがとう」と言ってから一つ手に取り食べ始める。美男もそれに倣ってグレープフルーツを食べ始めた。
     常連客と冗談を交えながらいつも通り楽しく話をする。美男はじっと、真っ黒の名刺を見つめていた。
     少ししてベルを鳴らしながら扉が開いた。美男の隣に居た客も、彼に挨拶をしてからグラスを持って自分の席に戻る。
     俺が落ち着くタイミングを待っていてくれたのか、美男は席を立ち会計を求めてきた。代金を受け取って、笑顔で送り出す。
     もう、義理は果たしたから来ないかもしれない。そう思ったら、何故か鼻の奥がツンとした気がした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💜😍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works