鈴音、ひとつ、おにい、さま。小さなちいさな震える手が、榛摺の瞳孔へと向けられる。
まだ目も開かない赤子の悲鳴にも似た泣き声が部屋中に響いているのに、何故かオボロにはか細く途切れそうな妹のそれだけが凛と響いて聞こえた。
「あかちゃんは、ハクオロ様の赤ちゃんは元気、ですか」
「ああ、とてもっ とても元気だっ なにも心配いらないぞ! とても綺麗で、お前によく似た、娘だ。だから、だから、ユズハ……」
「おにい、さま」
ひゅうっと息が漏れ聞こえた。
掠れた、地が遠くなるような、響きが付き纏う、けれど鈴を鳴らすような高く優しい、頼りないのに凜とした響きが。
「あかちゃん、かわいがってあげて、ユズハにしてくれたように、愛して、ね?」
「ユズ、ハ」
「ユズハのぶんまで、お兄さまが……ハクオロ様と、ユズハの分まで……」
「っっっ もちろん、だっ! 俺がきっと立派に育ててみせるっ 兄者が帰ってくるまでっ 皆と一緒にっ だから心配するな、ユズハ、俺は……」
「良かったぁ……」
握られた骨ばかりのからからの手から、するりと力が抜ける。
「嗚呼、でも、ハクオロ、さま」
もうすぐ帰ってきてくれますか、そう言いかけた音を置いて、鈴よりも美しい声は、常世(コトゥアハムル)の先へと旅立っていく。
「ユズハ、俺は――――っ」
言えなかった願いだけを飲み込んで、兄は奥歯を強く噛み締めた。