あっさりしたのを書きたかった 突然だが、ここに恋人同士の青少年が二人いる。名は、トランクスと孫悟天。物心ついた時から、何の因果か家同士で仲が良かった。小さい頃から彼らは「大人になったら、ケッコンしような!」「うんっ」などと言い、親にもそんなようなことを伝えては微笑ましく見守られてきたのだが、何がどうして、気がついたら本当に付き合うようになって、今ハイスクール生である。なんと、互いの両親も公認の仲だ。偏見がない家庭なのは良いことだが、普通反対するだろと呆気に取られたのはトランクスの方だった。家庭を持った兄弟がいる悟天はともかく、自分はこのカプセルコーポレーションの長男なんだぞ。いいのか、母よ。
「仕方ないわよ、だってベジータの子だもの」
と、笑い飛ばす母には何も言えなかった。そうか、そうだよな。誰かに、特に孫家の者に執着して生きてしまうのは、完全に父の血だろう。そういうことにしておこう。トランクスの家の大黒柱はブルマだ。ブルマが良いと言うのなら、誰もが納得するしかないのだ。父のベジータは、最初は「よりにもよってカカロットと親戚だと!?」と騒いでいたが、問題はそこでは無い。そしてそんな彼は、ブルマに言葉巧みに丸め込まれていた。
対する悟天の家だが、言った通り兄が家庭を持っている事もあってか、次男である悟天の人生に難癖をつける人間は誰一人として存在しなかったようだ。それどころか、
「相手がトランクスなら安心だべ! しっかり勉強見てもらうだ」
と、むしろノリノリだったらしい。悟飯一家含め、いつ結婚するのだ、式はどこであげるのだ、どっちがウエディングドレスを着るのだ、など背中を押すような発言すらしていると聞く。何故なのか。流石は天然ボケ孫一家。我が家も一般家庭とは感覚がズレていると感じる事はあるがその比ではない。訳がわからない家族だ。
さて、前置きはそこそこに。その青少年たちは今、カプセルコーポレーション内にあるトランクスの部屋で適当に過ごしている。今夜は泊まりだ。家にはなんと、珍しく誰もいない。家族も、ピラフたちも。流石にお手伝いや研究者、従業員は何人か居るが。これはどう考えても、明らかに気を遣われている。恥ずかしいからやめて欲しい、とは言えなかった。
恋人同士の若い男二人が揃って、何事も起こらない訳がなく……なんて展開にはさせまいと、トランクスは躍起だった。何故なら、まだ自分たちは未成年だから。トランクスは、そういう事はハイスクールを卒業してからと決めていた。勿論話し合いもして、悟天の了承も得ている。渋々だったが。
それはもう物凄く渋々だったのだ。
「二人きりだね、トランクスくん」
パソコンをカタカタと手際よく動かして宿題を片付けているや否や、悟天はトランクスの背後を取り、ピタリと密着をした。バックハグだ。ご丁寧に気を消してまでして。可愛いと思わんでもないが、正直可愛いが、それを通り越して呆れ全開である。怒りすら湧いてくる。大人になるまで我慢だと言っただろう。
「離れろ、宿題してんの見えないのか」
「それってボクとどっちが大事?」
昔からトランクスに大事大事されてきた悟天は、自分より大切な事などこの世に存在しないと信じて疑わない節がある。この問いかけも、もう何度目だろう。いい加減学べ馬鹿。
「宿題」
「あ?」
「宿題」
「二度も言わんで宜しい」
「提出期限明日なんだよ」
「いつからそんな優等生になったわけ?」
「最初からだ馬鹿」
「じゃあ分かった。それ終わってからでいいから、ボクといい事しよ」
悟天はトランクスの頬を、指先でつんつんと突いた。可愛いと思わんでもない。可愛い。完全に惚れた弱みだ。だが、人の気も知らないでと苛々する気持ちの方が上だった。
悟天のハニートラップは、今に始まった話ではない。大人になるまでは清い付き合いを、を無理やり納得させた辺りから、彼は隙あらばまるでトランクスを誘ってくるような言動を、否、完全に誘っていた。長い付き合いだからわかるが、全て計算してやっている。昔からそうだコイツは。男らしくカッコよく、強くなりたいと言う割に、敢えて可愛いと言われる仕草をしてみたり、あざとい表情を作ってみたり。完全に自分の魅力を理解している。何がイチゴ大福が好きだ、男なら黙って肉を焼くが良い。
トランクスは盛大にため息をつき、キーボードを打つ手はそのままに口を開いた。
「お前さ、それオレのこと抱きたくてやってんの? それとも抱いて欲しいのか?」
「トランクスくんが抱きたいって言うなら抱かれるし、抱かれたいって言うなら抱くって感じ」
「あっそ。オレは抱きたい方だけど」
「いやん、すけべ〜」
「いやシねえから。お前、男としてのプライドとか拘りってねえのな」
「それで何が得られるの?」
ピタリ。悟天の言葉に、トランクスの手が止まった。悟天は気にせず続ける。
「プライドのせいでトランクスくんとエッチ出来ないなら、そんな物ボクはそんなものとっとと捨てるよ」
頬に硬い髪の感触がした。悟天が顔を寄せたらしい。
「大人になるまでなんて、待てない。ボク、トランクスくんが好きだよ。トランクスくんはそうじゃないの?」
ああ、もう!
その寂しそうな声だって、全部計算のうちのくせに。至近距離で、愛しい人のそんな言葉、絆される。
もう無理だ。我慢の限界だ。これまでずっと堪えて来たけど、誠実な男でいようと頑張って来たけど、目の前に用意されたご馳走を指を加えて見ているだけなんて、これ以上出来ない。
トランクスは目にも止まらぬ速さで、振り返って悟天の肩を掴み、壁に押し付けた。
「うわっ!? び、くりした……! え、き、急にどうしたのさ」
「オレだって、お前が好きだ」
「へ?」
そして心のままに、浮かんだ言葉を口にしていた。あとで冷静になったらきっと恥ずかしくて死にたくなるだろうが、今気にならなければ良いのだ。
悟天の肩に置いていた両手を、壁が壊れないように加減しながら、そっと彼の頬横に移動させる。そしてトランクスは、顔をグイッと近づけた。普段だったらこんなこと恥ずかしくて絶対無理だが、今トランクスのテンションはやたらとハイだった。もうめちゃくちゃに盛り上がっていた。
「本当に良いんだな、抱いても」
「あの……えっと、」
「不誠実な奴になりたくなくて、ずっと我慢してた。けど、誘ったのはお前だ」
「ち、近い」
「近づけてるんだよ」
色々キャパオーバーになったトランクスは、なんかもうフィーバーしてそれはもうパーティーって感じだったと、後に語る。故に、気付かなかったのだ。この時悟天も、色々な意味でキャパオーバーだったことに。そうとは知らず、ゆっくりと、しかし確実に顔を近づけていくトランクス。もう残り数ミリでキスをしてしまう距離だ。別にキスは初めてでは無いが、こんな気分でキスをするのは初めてで。やたらと自分の心臓がうるさいのを感じた。
そして、事件が起きた。
「う、うわああああああ!!!!!!」
悟天が奇声を上げながら、力一杯トランクスの胸板を押したのだ。ハーフサイヤ人の加減無しのそれに、無防備だったトランクスは当然、壁が抜けて廊下まで吹っ飛ばされた。
「がはっ!?」
何でだ!
オレじゃなかったら死んでるぞ、と心の中で悪態をつきながらなんとか起き上がった。頭がクラクラする、後頭部を打ったらしい。
「あっやば! と、トランクスくん、生きてる!?」
「な、何すんだよ悟天……いちちっ」
慌てて駆け寄って来た悟天の顔色はもう真っ青で、どうしよあとあたふたしていた。視界はぼやけているが、これはわざとでは無かったなという事だけは分かる。吹っ飛ばされた意味は分からないが。
悟天はうまく立ち上がれないトランクスに手を差し伸べた。好意に甘えてその手を取る。引き上げる悟天の力を借りて、漸く自立出来た。
「ごめん……びっくりして」
バツが悪そうに、斜め下を向いて謝る彼を見ると、なんとなく怒る気にはなれなくて、トランクスは悟天の漆黒をポンポン撫でてやる。こいつは昔からこうしてやると安心するのだ。ほら、おずおずとだがゆっくりと顔をこちらに向けた。
「別にいいよ」
痛かったし、部屋はめちゃくちゃだが。悟天はホッとしたように、息を軽く吐いた。
吹っ飛ばされた時は意味わからんと思ったが、そうした理由は何となくわかる。
「お前さ、恥ずかしいならやるなよ」
「うう、だって……」
「だっても何もあるかバーカ」
この孫悟天とかいう生き物は、こう見えてかなりのシャイボーイだ。ハニトラを仕掛けておいておかしな話だが。自分から迫るのは平気だったが、いざ迫られたら緊張と羞恥でいっぱいいっぱいになった結果のアレだったのだのだろう事は、想像に容易い。マジで馬鹿なんじゃねえの?
しかし、悟天は悟天で、確固たる理由を持っての行為だったのだ。極々小さく、ポツポツと呟いた。
「魅力無いのかなって、思って」
「……は?」
「男同士だし、ゴツいし、だからあんなこと言ったんだって、思って」
「え、嘘だろ。お前オレの話聞いてなかったって事かよ」
「ち、ちゃんと聞いてたよ! でも、それは建前でしょ?」
「はぁ〜!?」
この馬鹿は、何をどうしたらこんな勘違いに思考回路が傾いてしまうのか。この思い込みの激しさは誰に似てしまったんだ。母親だろうな間違いなく。トランクスは、悟天に魅力が無いなど一っ言も放っていない。思ってすら無い。むしろ逆だ。こんなに魅力的な人間、宇宙中探して何処にいるというのだ。魅力的だからこそ大事にしたかっただけの話であり……。ええ、何でそうなった。もう混乱と困惑とショックと呆れとで頭が痛い。
つまり何か。悟天は、魅力が無いからと捨てられたくなくてあの行動に出た、ということか。例えお天道様が西から上って東に沈もうと絶対に起こり得ない事象の為に、不安や羞恥と戦いながら。一人必死に?
本物の馬鹿だ。なんて馬鹿で、それでいて健気で魅力的なのだろう。
「お前の言わんとしてる事はよくわかった。それはお前の勘違いだ」
「勘違い?」
「ああ。それも大いなる、だ」
「大いなる」
「もっと言うと、ただの被害妄想だな」
「ひっどい! 何だよその言い方、こっちは真剣に悩んでたのに……!」
「ほら、来いよ悟天」
トランクスは両腕を大きく広げる。オレの胸に飛び込んで来い、の体制だ。