ダイナミクス。Domは信頼の証にSubを支配し、Subは信頼の証にDomに支配される。支配する/されるの細かい内容は個々によって違うが、それは欲求として人間に存在しているものであり、言ってしまえば睡眠や食事と同じだ。満たされなくては、体を壊す。このD/Sというのは、どういうわけか地球人にもサイヤ人にも等しく振り分けられた、ある種の性別だ。
DomのGlareと呼ばれる、Subを支配せんとするオーラや眼光のような何かがSubに触れると、SubはそのDomに跪きたくて仕方がなくなってしまう。心がどんなに拒否をしようと、本能がそうしたいと叫ぶのだ。反対に、相手がSubだと認識すると、Domは己の本能のままに支配下に置きたくて仕方がなくなる。そうなっている。しかし、これがまた不思議なことに、どんな種族でも戦う時だけはその本能はグッと抑えられるようで。まあ戦闘中にそれが罷り通ってしまったら武術大会などは成立しないわけなのだが。一体その仕組みは何故なのか、科学で未だ解明されていない。
さて、前置きはほどほどに。動植物だらけで人気の無いパオズ山に在わすは、ハイスクール生程の年頃をした少年たちだ。そう、トランクスと悟天である。トランクスは生まれながらにしてDomであり、悟天はSubだ。ダイナミクスなど強く意識していない頃から側にいる彼らは、無意識のうちに互いで欲求を満たしていた。その事に二人が気付いたのは、十を過ぎた辺りからだろうか。普通、こういうシチュエーションの場合は「このままではいけない」と距離を置いたりするのだが、生憎彼らは普通では無い。彼らはお互い心惹かれる者同士でもあった。愛していたのだ。故に、「通じ合ってる上に、DomとSub同士とかもうこれ付き合わない理由がない」という結論に至った。融合までする仲だ、ナチュラルに心で通じ合っている二人は、それを言い出すタイミングも全く同じで、大爆笑したのは記憶に新しい。そして彼らの親族も、反対する者は誰一人いなかった。むしろ歓迎された。子どもたちの感覚が普通ではないのは、周りの大人たちが普通ではないからだろうか。
遠くに滝の音が聞こえる。マイナスイオンが出まくっているのか、気温よりずっと涼しい。西の都から見るよりも、空が遥かに広く、高く見えた。
「ねーえ、トランクスくん」
座って後ろからトランクスにハグされている悟天が、顔だけをトランクスの方に向ける。ミディアムショートの黒髪が、陽に照らされて眩しかった。
「ん?」
「……やっぱいいや」
「どうしたんだよ」
「何でもなーい」
「なんだよ、言えよ」
「やーだよ」
この様子は恐らく、トランクスの目の届かない所……例えば学校で、何かあった。
悟天は、意外にもよく隠し事をする。トランクスはそれが少々気に食わない。トランクスを気遣って言わないようにしているのは分かっているが、悟天のことなら何でも知っておきたいのがトランクスなのだ。
「『言え』ってーの」
仕方がないので、命令をする。悟天はあかさまに心底不愉快そうな顔をした。
「ねえそれほんと狡い」
「うっせ。隠し事するのが悪い」
「あーあ、いいな〜! ボクもDomになりたかった〜」
「お、おま、それじゃオレとパートナーになれないだろ。ちょっと傷ついたぜ……」
「あはは。だってさ、Domとか、それかSwitchだったら、やられっぱなしで嫌な思いしなくて済むじゃん?」
「……誰にされた」
「未遂だよ。ボクはトランクスくんだけのSub。トランクスくんの物を汚させたりなんてしない。そこは、信頼して欲しいな。それに、言ったらその子のこと殺しちゃうでしょ?」
「殺しはしねーよ、流石に。そんな事したら家に迷惑かかるし」
「ほらー! 守る物がなかったら殺しちゃってるじゃん! あーやだやだ。ほんと、サイヤ人って野蛮〜」
「お前もサイヤ人だろが!」
「わはは、やーめーろーよー!」
うりうりと、悟天の頭をわしゃわしゃと強めに撫でると、悟天は嬉しそうにはしゃいだ。意味もなく、楽しそうだった。同じようにトランクスも笑う。だって、悟天が楽しそうにしているのだから。
この野郎、相当無理をしやがって。分からないとでも思っているのか。
誰に何を言われたのか。どんなことを……どこまで、されたのか。どうやって抜け出せたのか。悟天が話さない限り、トランクスは想像や予測をすることしかできない。何が彼の身に起きたのか、もっと詳細に話してもらおうか。そういう命令を出すことそれ自体は簡単だが、目に見えて傷ついている彼に、追い打ちをかけることはしたくなかった。
そんな事より、一刻も早くケアをしてやりたい。悟天には心から笑っていて欲しい。自分の隣で、まっすぐ生きてくれれば、それで良いのだ。トランクスのDomとしての欲求は『庇護下に置いておきたい』というだけのソフトな物だったが、庇護下に置かれた者が幸せでない事が、何よりもストレスだった。
撫でていた手を止め、今度はぎゅっときつく、後ろから抱きしめた。
「悟天〜、お前は偉い奴だよ」
「何、突然。怖いんだけど。言えって命令上手くこなさなかったんだし、むしろ怒られるべきじゃないの?」
「バーカ。ずっと一緒にいるのに、オレのこと全然分かってねえのな」
「いや、キミが怒る人じゃないのは分かってるけど。なんか、Domってほら、普通は何かと理由つけて、お仕置きしたがったりするじゃない。パートナーじゃない人にもそういう欲向けたりするでしょ? それがパートナーならさ、尚更そういうもんでしょ」
「不特定多数のモブDomたちと一緒にされたくねえな〜オレ」
「………………ありがと」
「別にぃ。オレがしたくてしてるだけだし」
トランクスの腕にそっと手を重ねて、悟天は小さく呟いた。漸く、彼の表情から作り笑顔が消えてくれた。
「頑張ったな〜、よしよし〜」
「子ども扱いしないでよ。というかそれ、馬鹿にしてるよね」
「してないって」
「絶対してる」
「してないしてない」
悟天のSubとしての欲求、それは『褒められたい』である。そして、彼が一番ストレスを感じるのは、お仕置き・力付くで無理やり支配されること。世の中には、Subの事を何か勘違いしているDomも多いと聞くが、大方そういうDomと何かあったのだろう。
何をしたかは知らぬが、悟天にした事は許しておけない。相手を特定するのはトランクスにとっては簡単な事なので、それは追々。今は、こいつのことを本当に分かっているのは、自分だけなのだという優越に浸ろうじゃないか。何せ物心つく前から一緒なんだ。
口では不満を漏らす悟天に、懲りずに絶えず褒め言葉を浴びせてやる。強張ってしまった心を、ゆっくりと解すように。そうすると彼は、呆気なく主導権をトランクスに渡してくるのだ。