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    斑猫ゆき

    @scarlet_phoneme

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    斑猫ゆき

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    9月に出す予定のキ学炭魘(たんたみ)本の進捗②。やっとたんたみっぽくなってきた。

    ウィーク・エンド・ロール(Ver.0.2.5)3 墓参りとみどりの駅のこと

     山の反対側に降り、ガードレールの脇に開いた舗装されていない道を西へ進むこと三十分。空を塞いでいた木立が、唐突に開けた。ほぼ同時に、ほんの僅かながら車体の揺れが穏やかになる。炭治郎達三人は、それを感じ取って一斉に窓の外を覗き込んだ。
     等間隔に立つ桜の木と均された地面は、明らかに人の手が入っていた。淡い黄色に変わりかけた葉が濃緑の中に散って、秋を主張する並木道。退色しきってかすれた『ようこそ』の文字が、半ば朽ちかけたアーチ状の看板に踊っていた。それをくぐり抜けてから五分ほどでゆるくブレーキがかかり、ほどなくして円筒形をした石造りの建物の傍らに停車する。
    「おし、もう降りて良いぞ」
     完全にエンジンが切れたのを確認してから、宇髄は後ろの席に呼びかける。待ってましたとばかりに扉を開けて飛び出した伊之助を筆頭にして、順番に降りていく。一番扉から離れたところに座っていた炭治郎が最後に出たところで、穏やかな風が渡った。濃密な緑の香と、その下から見え隠れする腐りかけた木材の匂い。打ち捨てられたひとの営みを覆い隠し、再び自然の元へと還す賦活の気配がそこにはある。炭治郎は思わず大きく喉を開き、息を吸い込む。
     傍らの建物は、どうやら交番の跡らしい。メッキの剥げかけた旭日章が、戸の外れた入り口の上に掲げられている。物珍しげに中を覗き込んでいる伊之助の後ろから、善逸もこわごわ続いていた。遠目から見れば内装は殆ど撤去されていて、ひび割れた壁だけが薄暗い中に浮かんでいる。それに背を向けて、炭治郎は座席下の収納スペースを探っていた宇髄に声をかけた。
    「宇髄先生、俺も準備やりますよ」
    「おお、悪いな竈門。じゃ、そこのクーラーボックスから墓参り用の花、出しといてくれるか。それと、水のペットボトル。五〇〇ミリの方な」
    「はい!」
     宇髄は既に地面に降ろされていた大きなクーラーボックスを指さす。快活に頷いた炭治郎が踵を返したのを確認してから、同じく荷物の整理をしていた煉獄と冨岡に呼びかける。
    「俺は先に墓参りを済ませてくる。あとでやると遅くなっちまうから……煉獄、冨岡。悪いがキャンプの設営を進めておいてくれ。バーベキューセットは夕飯の時やるから、虫除けとトイレの設置だけしてくれればいい」
    「ああ、承知した!」
    「わかった」
     頷いたふたりは、手早く荷物の中から簡易トイレの便座と虫除けスプレーを探り当て、作業に当たる。
     その間も、民尾は首から掛けたカメラを抱えて立ち尽くすばかりだった。何やら周囲を見渡してはふいと何かを手繰り寄せるようにしばし目を閉じる。けれども、それを咎めるものはもとよりいなかった。皆キャンプの準備に集中するか、初めて足を踏み入れた廃村の気色を探ることに勤しんでいる。唯一、炭治郎だけが、時折彼の方を気遣わしげに振り返るばかりで。
    「宇髄先生、これでいいですか?」
    「おう、サンキュ」
     炭治郎が仏花の花束と、小さなバケツに入れたミネラルウォーターを手渡す。それを受け取って、宇髄はおもむろに村の奥、北側に当たる方角を振り仰いだ。
    「あ、すみません。俺たちは……」
     漸く、自分と伊之助以外のほぼ全員が準備に取りかかっていることに気づいたのだろう。善逸がおずおずと問いかける。宇髄はそれに村の奥の方へ向けて顎をしゃくって応えた。
    「ん、一緒についてきな。お前らは役どころも多いし、少しこの辺の地理を覚えておいた方がやりやすいだろう?」
     手にした花束をん、と掲げて、宇髄が苦笑する。
    「とは言っても、俺も学生の頃に来たっきりなんだがな」
    「はい、よろしくお願いします!」
     そうして宇髄と炭治郎、善逸、伊之助、それから民尾の五人は、墓参りに向けて歩み出す。交番のある広場からやや東寄りへ延びた道が、墓場へ続くものらしかった。進行方向と逆の方角には数軒の家屋と、ひときわ大きな二階建ての瓦屋根が見て取れた。その奥には小高い土手が築かれていて、傾いた木の看板がそこに流れる川の存在を教えている。宇髄の言うところによれば、あの大きな建物は温泉旅館なのだという。湯が枯渇する前は湯治客で賑わっていたのだというそれに背中を向けて、一行は小径に入っていく。
    「なーんか、変な感じのする山だぜ」
     頭の後ろで手を組んで宇髄のすぐ後ろをぶらぶら歩いていた伊之助が、ふと周囲を見渡して呟く。元々山育ちであるぶん、自然の中では一層感覚が鋭敏になるのだろう。林の向こうを見通すために目を細め、その上で寄せた眉がしきりにひくついている。
    「伊之助、何か感じるのか?」
    「ん、なんつうか……獣の気配が全然しねえんだ。まるで、誰かが追っ払ったみてえにな」
    「だ、誰かって……誰だよぉ……」
     善逸が引き攣った声を上げて問う。
    「知らねーよ……知らねえけど、ひでぇことしやがる」
     吐き捨てるように呟いた伊之助とその後ろを進む炭治郎の隙間に入り込んで、善逸がひぇ、と情けない声を上げる。そんな友人の肩を優しく叩いて宥めながら、炭治郎は右手に広がる林へと目を遣る。
     杉の木の間を埋める背の高い雑草が、視線を阻んで群生している。伊之助の言う獣の気配というのは分からないが、そう言われれば匂いにもどことなく動物特有の生臭さが含まれていないような気がした。耳の良い善逸も何かを感じ取っているのかも知れないが、呼吸を落ち着けるのに手一杯らしい。ひたすらに深呼吸を繰り返しながら、肩に置かれた炭治郎の手を握っている。
    「ああ、そうだお前ら。川渡った北西のほうに滝があるんだが、裏にある鍾乳洞は危ないから近寄るなよ。崩落の危険があるって聞いたからな」
     宇髄がおもむろに振り返る。その言葉に、平生のものに戻りかけていた善逸の顔色が、またも青ざめた。
    「えっ……鍾乳洞あんの? ほんとに八つ墓村じゃん……」
     カタカタと震え始める足取り。けらとからかうように、民尾が殿の位置で笑った。
    「君、怖がりのくせにそういう本には詳しいんだねぇ」
    「研究したんだよ! 探偵ものやるって言うからさぁ!」
     騒ぎ立てる声にも、森は動かない。飛び立つ鳥の一羽もない静寂が、辺りを包み込んでいた。
     少し進むと砂利道が途切れ、裸の土が現れた。それを見下ろして、先頭を進んでいた宇髄がふと立ち止まる。
     徐にしゃがみ込んだ地面には、タイヤ痕がくっきりと残っていた。数本の轍はどれも間隔が不安定で、おそらく複数台の単車が走り抜けた跡であることを予想させていた。付けられてからそれなりに時間が経っているらしく、進行方向を読み取ることは出来ない程度に風化している。宇髄の背中越しに、一行はそれをしげしげと見下ろす。
    「……誰か、来てんのか。他にも」
    「肝試しじゃない? お墓参りの人はバイクでなんて来ないでしょ。この辺は走り屋も多いみたいだし」
     こともなげに言い放ちながら、民尾はすたすたと先へと進んでいく。宇髄は舌打ちしてそれを大股で追い越した。他の三人も、慌ててそれに続いた。
     二〇分ほど歩き続けたところで、墓地へと辿り着いた。階段状に均された山の斜面に、墓石がぎっしりと密集している。杉林の重々しい緑に代わって、そこかしこに植えられた楓が色を変え始めた葉を誇示して景色の中に五指を伸ばしていた。墓石や柵の隙間からは彼岸花がまばらに顔を出し、穏やかな橙色の中に鮮烈な赤を添えている。『無数墓村……』とほんの小声で零された善逸の言葉は、誰にも聞かれることのないままに、地面を埋める落ち葉の隙間に消えていった。
    「っと、確か……あの辺りだったな」
     宇髄は斜面を見上げて、中程にある大きな五輪塔へと当たりを付ける。欠けた石段を注意深く登っていけば、ほどなくして目的の墓を見つけたらしい。ひとつの墓石の前に立つと、手に提げていたバケツにボトルの水を移し始める。土埃を被った墓を清め、線香と花を供えて合掌する。宇髄に追随しておそるおそる合掌する炭治郎の鼻孔を、穏やかな煙の匂いが擽った。手を合わせ終わって顔を上げた善逸が、きょろきょろと辺りを見回す。
    「なんか、ここも村の方も、思いの外のどかですね……そんなに荒れてないし」
    「墓が結構残ってるからな、俺の家みたいな遺族筋が定期的に来るんだ。多分、そういう人らが整備してくれてんだろう。もしかしたら、さっきのバイクもそうかもしれねぇ」
    「ここが、ダムの底に沈んでしまうなんて……」
     炭治郎が、感慨を込めてぽつりと呟く。
     ひとが暮らしていく以上、否応なしに世界は更新されていくものだというのは、頭では理解できる。けれど、それを仕方ないと流せるほどには、炭治郎は大人にはなりきれていなかった。改めて、群れ集う墓石のひとつひとつに視線を渡らせる。すっかり苔に覆われて端の方から風雨に浸食されたものもあれば、まだ枯れかけの仏花が崩れきっていないものもある。けれど、そのどれもがかつて此処で生きたひとたちの営みの証だ。それを二度と日の目を見ない水底深くへと葬り去るような行為を、いまを生きるものの当然の権利とは、どうしても割り切ることは出来なかった。
     そんなことを考えている内に、隣で民尾が乾いた笑いを零した。ふいと炭治郎がその横顔を仰ぎ見ると、その表情にはどことない険があるようにも見えた。
    「感傷でお腹は膨れないよ。この風景を踏みにじることで食っていける人がいる。それも事実でしょう?」
    「……それは、そうかも知れませんが」
     顔を伏せて、炭治郎は言葉を濁らせる。
     他人の迷惑を顧みず鉄道での迷惑行為を繰り返す割には、民尾にはどうにも現実主義のきらいがある。
     これまで何度も彼を捕まえるうちに、炭治郎はそれをなんとなく理解し始めていた。どこか諦観を含んだ投げやりな言葉は、けれど的確に状況を包み込んで炭治郎の胸を抉る。ひとつは単純に傷つけられて。もうひとつは、そんな言葉を吐く彼の中に、ほんの少しだけ悲痛な匂いを嗅ぎ取って。放っておけば良いと言われても何度だって彼を追ってしまうのは、そんな矛盾を孕んだ彼の態度の理由を知りたいという好奇も、多分に含まれているのかもしれなかった。
    「ああ、思い出した」
     唐突に、宇髄が苦々しげな声を上げた。奥歯を食いしばり、ゆるくかぶりを振って、吐き捨てる。
    「鬼舞辻なんたら言うやつだ。ここのダム計画を再始動させた政治家。ったく、余計なことしやがってよ」
    ふいと、民尾の気配が変わった。
     表情そのものは平生と同じような、ぼんやりとした気色だ。それでも、ほんの少しだけ瞳孔が収縮した深い水色の目が、剣呑な空気を漂わせていた。
     民尾は踵を返して、麓に向けて足早に階段を降り始めた。その背中に、宇髄は苛立った声を投げる。
    「おい、何処行くんだ」
    「……別行動。いいでしょ、すぐ戻るから」
     民尾は抑揚のない声で応える。その間にも足取りは止まることがない。
    「あっ……民尾さん!」
     炭治郎は咄嗟に民尾のあとを追いかけようと踵を返した。けれど、墓の足下から飛び出した草むらに歩みを取られて、よろけてしまう。そうしているうちに、民尾との距離はどんどんと開いていく。焦りを含めながら喉を滑る息。あまりに突然の成り行きをぽかんと眺める善逸と伊之助の隣で、宇髄が怒鳴り声を上げた。
    「竈門、ほっとけよ!」
    「ほっとけませんよ! 山の中をひとりでなんて!」
     ふいと炭治郎は振りかえった。向けられた赤い瞳はあまりにひたむきで、思わず宇髄は怯んでしまう。すぐに姿勢を戻して駆け出した背中に、やれやれと首を振って、今度は明朗な声で激励する。
    「……一時間経ったら、戻って来いよ! 撮影あるんだからな!」
    「はい!」
     既に民尾は階段を降りきって、その背中は小指ほどの大きさに縮んで見えていた。行きにはそれと分からなかったが、斜面の上から見れば、元来た道から南東側に枝分かれした細い道がある。そこへ入っていく民尾の姿を追って、炭治郎は二段飛ばしで石段を駆け下りていく。
     民尾の歩みには迷いがなく、草を掻き分ける速度はそれ程ではないとはいえ、ともすればけもの道の中で見失いそうになる。頭上に茂る杉林は陽の光を遮って、薄暗い空間に凝集された森の匂いを沸き立たせる。そんなふたりの道行きを、彼岸花の赤がぽつりぽつりと道の脇から見守っていた。
     しばらく進んだところで、民尾の足取りが止まった。これを好機と一気に距離を詰め、炭治郎は叫んだ。吸い込んだ息がみどりの匂いを肺に含んで、ほんの少し咳き込みながら。
    「民尾さん……っ!」
    「……ああ、ついてきたんだ。炭治郎」
     民尾がゆるりと振り返る。どうやら、これ以上進むつもりはないらしい。それを気取って炭治郎は、あとほんの数メートルというところで、いちど呼吸を整える為に立ち止まる。民尾は身じろぎもせず、ただ景色の中に佇んでいた。
    「そんなとこに止まってないでこっちにおいでよ。いいもの見られるから」
     民尾が手招きする。白い手の先に咲いた青みがかった色の爪がゆると揺れるのを見て、炭治郎は一歩を踏み出した。そのままそろそろと進んで、ほどなく民尾の隣に並ぶ。そうして、見た。民尾が見ているのと、同じ景色を。
     それは一見、蔦の塊のようにも思えた。
     けれど、群がる蔓植物の隙間に見えるみどりの、そのまた隙間から多孔質の岩肌が覗いていて、それが人工物であることを暗に示している。横長の巨大な石の上に、穴だらけのトタン屋根が、絡みつく葛のつたと溜まった落ち葉に吸い付かれながらも佇む。その手前には、砂利の上に敷かれたレールが、赤錆びた身体をまるで巨大な蚣の死骸のように横たえている。中央辺りには、何に使うのかは分からないが凹凸が無数に刻まれた鉄の棒がレールと平衡に敷かれていた。横木を避けて砂利の隙間から咲く彼岸花が、まるで鉄錆から生まれ出でたかのように、静かにその紅の線条で出来た花を湛えている。
    そうしてやっと、炭治郎は目の前のものの正体に気づく。
    「これは……」
     炭治郎は嘆息する。
     森の中に打ち捨てられた駅は、その吐息すら掠め取って、凍らせてしまう。息すら一緒に止まってしまいそうなまでに、動かなくなった時間。その流れを再び解放するように、民尾はカメラを構えた。
    「ここが湯治場だったって話はあのパーカーの先生が言ってたでしょ。で、湯治客のための観光路線がこれさ。国鉄藤襲線」
     かし、と軽い音がして、シャッターが切られる。誰にも知られない凍った時間が、カメラの中で客体としての想い出にいま変わっている。民尾が、変えた。ファインダーを覗き込む民尾の横顔を眺めながら、炭治郎は漠然とそんなことを思う。
     線路の終点辺りに階段があり、民尾はそこへ伝ってホームの上へと登っていく。炭治郎もそれに続いた。線路を挟んでホームの向かい側に、何かの機器を納めていたらしい鉄の箱が立っている。半開きになったそれをすれ違いざまに覗き込んでみたけれど、溜まった杉の葉で奥までは窺えなかった。巨大な苔むした石の上まで登り切ったところで、先程の言葉に改めて応える。
    「藤襲線って……今もありますよね。藤襲山駅が終点ですけど」
    「そう、これが本当の、藤襲線の終着駅。村がなくなる数年前に既に廃線になってた、まぼろしの駅さ」
     民尾は線路の向こう、かつて列車を迎えていたであろう側へとカメラを掲げた。シャッター音がまた緑の中に消える。既に雑草と木々が無秩序に生え揃ったそこは数メートルも行かないうちに視界を緑で埋め、その奥を見通すことはできなかった。もう、電車も、ひとも、行き来することのない道。
     それを認めて、ほんの少しだけ炭治郎の胸が疼く。それが寂しさなのか、おそろしさであるのかはわからないけれど。
    「よ、っと」
     線路の上に足を投げ出す形で、民尾はホームの端に腰掛ける。そうして今度は線路に向けて、俯き加減で大ぶりなレンズを提げる。炭治郎も続けて隣に腰を下ろし、民尾と目線の高さを合わせた。苔生した石積みのホームはほんの少し湿り気があったが、不快とまではいかない。ひんやりとした感触が、体熱で次第に温んでいく。それが肌に馴染んできた頃に、漸く民尾はカメラを下ろし、炭治郎の方を見た。
    「ダムの底に沈んでしまう前に、ってね。それが、君らの撮影に乗った理由のひとつ」
     唇の端に浮かんだ僅かな微笑み。民尾が零したそれを、炭治郎は見逃さなかった。ぶらりと宙へ降ろした足を揃えて、柔らかく笑う。
    「民尾さん……民尾さんはやっぱり、鉄道が好きなんですね。忘れられた駅へ、最後に会いに来てあげるなんて」
     その言葉に、民尾は驚いたように瞼を見開いた。木立を通して降り注いだ薄い日射しが、その頬に薄いみどりの影を落としている。
    「……別に、物珍しくて来ただけさ。他の撮り鉄もそうそう来ない穴場だし。自慢できるってだけ。アプト式のラックが放置されてる場所なんて、そうそうないし」
     それだけ言って、またぷいとそっぽを向いてしまう。顔が背けられる一瞬前に見えた民尾の横顔は、ほんの少しだけ頬が赤く染まっていたようにも思えた。森の緑に遮られても清かに見えたそれを脳裏にありありと浮かべながら、炭治郎は民尾の方へ向けてほんの少しだけ、身を乗り出す。
    「……民尾さん、素直じゃないですね」
     炭治郎は笑う。混じりけの無い朗らかな顔で。
     民尾が眉を顰めようが、それは一毫たりとも変わらなかった。
    「はぁ? そんなの、なんでわかるの?」
    「匂いで分かる……って言いたいところですが、それよりも」
     小馬鹿にしたような民尾の声に対して、炭治郎の言葉は尚も温かだった。ふたりの間に手を突いて、ほんの少しばかりの距離を飛び越えるようにして、埋めて。
    「どうでもいいものを見る目じゃなかったですよ。さっき、民尾さんがレンズを覗いたときの目は」
     ほんの少し潤んでひかりを渡らせた勿忘草色の瞳。朽ちていく情景を想い出に変えて、シャッターを切る指。あのときの民尾の姿には、ひたむきなまでの歓喜が滲んでいた。
     それが、炭治郎にはどうしようもなく嬉しかった。掴み所の無い彼の、ほんとうの心の一端に、触れられたような気がして。
     民尾はしばらく呆けたように炭治郎の顔を見ていた。梢を渡る風が、さわと二人の周囲をかき乱す。屋根の支柱に絡まった葛の葉が、大仰なほどに揺れ動いて。
    「……わかったようなこと言っちゃって、クソガキ」
     かぶりを振って、民尾は徐に立ち上がる。観念したような笑顔は、けれどもどこか寂寞としたものを含んでいるようにも見えた。
     そうして、炭治郎のシャツの肩辺りをくいと引っ張った。
    「ほら、戻るよ。映画撮るんでしょ」
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