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    しんのひと

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    しんのひと

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    夢幻山崎のあと

    瀬名と秀吉「ちょっと。」
    掛けられた声に振り向けば、瀬名が立っていた。
    話の邪魔をするつもりはありませんよ、と言わんばかりの後方の位置にいる家康が頭を下げたのに此方も返し。
    「官兵衛。一氏。悪い。」
    その一言で、左右にいた二人を下がらせた。
    頼まずとも人払いもしてくれるだろう二人の背を見送って、目の前の瀬名に向き直る。
    「さて、瀬名さん。」
    何の用で、という疑問は音になる前に素直に表情に浮かび、違うことなく瀬名にも届いたらしい。
    「いまあんたに言っとかなきゃと思って。」
    「ええっと、何をでしょう?」
    山崎まで引いてくる前は対毛利で中国にいたことを差し引いても、そもそも接点がろくにない。
    特に、言っとかなきゃ、の内容が思い浮かばず首を傾げれば、いいこと、と瀬名が言葉を続けた。
    「あたしはあいつ嫌いよ。」
    「はあ、まあ、そうでしょうね。」
    徳川でのごたごたの顛末は秀吉の耳にも届いている。
    既のところで回避されたとはいえ、危うく家族を失い、それどころか家康が腹を切らねばならないといった最悪の事態すら招きかねない事件だったのだから、好きになりようもないだろう。
    それはわかる。
    それはいい。
    (何故いま?)
    「何故いま、って顔ね。」
    「そりゃそうでは。」
    「いまだからこそ聞くのよ。あたしはあいつが嫌い。あんたはどうなの?」
    それは、と言い掛けて、止まる。
    山崎に引くまでの間に犠牲が出た。気のいい仲間たちだった。信長の救援が間に合わなければ秀吉自身もどうなっていたかわからない。それだけではなく、あの戦いも、その戦いも、どうやら裏で糸を引いていたということも明らかになっている。
    向こうにも言い分はあるのだろうが、無関係の他人を巻き込みすぎたそのやり方を肯定する気にも到底なれない。
    此処に集っている諸将は皆大なり小なり何かしらの目には遭っている。
    けれど。
    「…そうですね、おいらは、嫌いでは、ない、ですね。」
    行き倒れかけていたところを助けられてから、一緒にやってきた時間も間違いなく本物なのだ。
    嫌いになどなれようはずもない。
    「やっぱりそうなのね。」
    時間を掛けた秀吉の回答に瀬名が頷いた。
    あんな奴を嫌いではないなんて、という不快感などはない。ただ本当に、事実の確認といった程度のその口調に、またも秀吉は首を傾げる。
    「どうしてそんなこと聞くんです?」
    「あんたが似合わない神妙な顔をしているんだもの。誰を憚る必要があるの。泣いたっていいのよ。だって、好きな人がいなくなって悲しいのは当たり前なんだから。」
    真っ直ぐな視線でそう言い切った瀬名を見詰めて、見詰めて、見詰めて、突如ぐっと身体のうちから迫り上がってきたものを慌てて飲み込んだ。
    「…無茶言いますね。」
    「知ってるわよ。でも、あたしがどうしても言いたかったのはそれだけ。」
    じゃあね、と踵を返すと、言いたいことを言い切った瀬名は呆然とする秀吉を振り返りもせずに家康の元へと歩き出した。
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