一氏くんと秀吉「…あるじ。」
音になったのかも怪しい声は、しかし、正しく主に届いたらしい。
「うん?どうした?傷が痛むか?先生を呼んでくるか?水が欲しいとか?」
心配そうに此方を見下ろしながら、矢継ぎ早に掛けられる言葉を遮るように、口を開く。
「なを…。」
「な?」
ぐっと力を込める。
いま。どうしても。無性に。
「…手前の名を、呼んで、くださいますか。」
「一氏。」
何故、も何もなく、ただ主の声が己の名を音にした。
いま。どうしても。無性に。聞きたかったもの。
「…っ!一氏、おい、一氏。一氏!おいらは何度だって呼んでやるぞ!一氏!」
零れ落ちそうな涙を湛えた大きな瞳に真っ直ぐに見詰められて、何度も名が呼ばれる。
「一氏。一氏、一氏。名くらい何度だって呼ぶさ。いいか、一氏!」
ああ、そうだ。
そうなのだ。
主の声が改めて教えてくれる。
貴方が一氏と名を呼んでくださる。
「なあ、一氏。名を呼んでも返事がなけりゃ甲斐がないだろ。だから、無茶だけはしないでくれよ、一氏。」
それだけで命を懸けるには十分過ぎる程の理由なのだ。