2、太陽と炎が合わさる所「母さん俺、遊びに行ってくる」
「その前に食べた物を片付けなさい」
「後でやる」
それから5年の月日がたった。
私は今、別の場所で息子と一緒に生きている。
そうなるまでに色々あった。
煉獄家を出た日。
まさか実家に帰るわけにもいかず、途方に暮れている私を助けてくれたのは、見ず知らずの女性だった。
女性はしばらく私を女性の屋敷で面倒を見てくれた。
「寝間着姿で赤子を抱えて立っていましたから、幽霊かと思いましたよ。」
女性はクスクスと出会った時の事を語る。
私も今考えれば無鉄砲だったと思う。
でも、あんな所にいるよりも外に出た方が何倍もマシだと思ったのだ。
私にとっても
息子にとっても
「ふふ、息子さんは太陽の様に笑う子ですね。」
精神的にも体力的にも回復した事で、乳がパンパンに張るようになった。息子はそれを良く飲む子だった。ひとしきり飲み終えると、満足してへにゃりと笑う。
だから、私は息子に「陽」と名付けた。女性が言うように、太陽の様に笑うからだ。
「気が済むまで居てかまいません。ここはそういう場所です。」
女性は優しく美しかった。
こんな私達を、何も聞かずに受け入れてくれるのだから。
でも、私は彼女の事を…しのぶ様の事を知っている。
いや、しのぶ様の事は知らないが、しのぶ様が着ているお召し物については知っている。
鬼殺隊の制服だ。
世間とは狭いものだと改めて実感した。
だから、どんなにしのぶ様が良しとおっしゃっても長いする訳にはいかなかった。
もし、杏寿郎様に知られたら気分を害されると思ったからだ。
「床上げが済んだら、何処か別の場所に行こうかと…」
「そうですか…」
首も座らない我が子を抱えて独立ししなければならない。その恐怖と不安は底知れぬものだった。
「ならば、働き場所を紹介しましょう。大丈夫です。鬼殺とは縁もゆかりも無い所です。」
優しく微笑むしのぶ様。しのぶ様は私が鬼殺隊の関係者である事に気がついていらっしゃった。
それでも尚、何も聞かずに優しくしてくださるのだった。
しのぶ様が紹介してくださった仕事はなかなかの重労働ではあったが、やり甲斐があった。
そして仕事だけでなく住む場所まで探してくださった。
皆、同じ場所で働く人達が住む長屋。
壁は薄く、部屋も狭い。
だが、私にとっては極楽のような場所だった。
皆、親切で優しい方々が住まう場所。
慣れない子育てを一緒にしてくださった。
慣れない仕事を一緒にやってくださった。
誰も彼もが親切で優しく、荒々しく快活で、気持ちのいい人達だった。
暖かい人達と一緒に住む事が出来たのだった。
あの煉獄家とは雲泥の差だったのだ。
そんか日々が5年経ったのだ。
息子は背が伸びた。
やんちゃで手の掛かる、可愛い子だ。
変わらず髪は漆黒で、ツンと上向きの鼻とえくぼがある、太陽の様に笑う子。
私に似たのだ。
そう、なんて事じゃない。
ただ、私に似た息子なのだ。
息子には父はいないと伝えてある。
そう、この子に父親はいない。
父親に似た所等、何一つ無いのだ。
ただ漆黒の髪の先に、最近赤が混じり始めた。
瞳にも、よく見れば赤が混じっている。
それを見ると少しだけ不安にかられた。