5、太陽と炎が合わさる所頭が痛い。ガンガンと金槌で打たれた様に痛む。
結局、仕事になど行けなかった。でも誰も責めなかった。
少し休めと、優しい言葉をかけてくれるのだった。
「母さん…」
振り返れば息子がいた。
私に…いや、杏寿郎様によく似た息子だ。髪が黒い事以外、全てが瓜二つだ。
「やっぱり、あの人は俺の父親なんだね」
「……。違うわ。貴方の父親は死んだと話したでしょうあの人は赤の他人よ。」
「俺、ビックリしたんだ。初めて声をかけられた時、あんまりにも俺に似てたから…死んだ父さんが会いに来たんだって、思ったんだ。」
「陽、やめなさい。その話はしないで…」
低く、怒りを含んだ声に陽は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐにまっすぐに見据え、その漆黒の中に赤が宿る瞳に私を映した。
「俺、父さんの事もっと知りたい。父さんと話すと楽しいんだ。知らない世界が分かるんだ父さんは色々知っていて、それで、」
「やめてよっ!!」
ついには声を荒げ、拳を床に投げ下ろす。
バンと畳から鈍い音が響いた。
「死んだの!死んだのよ!!父親はいない!!私達には夫と呼べる人も、父と呼べる人もいないの!!だからっ」
「俺、父さんの所に行きたい。知りたい事、やりたい事があるんだ…」
「…………ぇ…」
時が止まる。
息が吐けない。
瞬きすら出来ないでいる。
乾き痛む目を見開き、息子の顔を見る。
その顔は真剣な面持ちだ。
捨てるのか
貴方も、あの日のように私を見捨てるのか
「だ、だめ、行かないで…お願い、母さんを一人にしないで…」
「母さんを一人になんかしない。きちんと帰ってくる。ただ、少しだけ知りたいんだ。父さんの意志が…」
「意志……」
「だから……行ってくる。」
息子は、陽は、そのまま駆け出してしまった。
狭く暗い部屋に静寂が響く。
行ってしまった…
私の息子が…
私の全てが
どうして
どうして
身体が動かない
頭も回らない
ただ息子が出ていった玄関を見つめるばかり
結局、私を心配した隣の奥さんが見に来るまで、ひとつも動く事が出来なかった。
なんでこんな事に
息子が知りたい事とは、やりたい事とは何だったのか
意志
そんな事を知ってなんになる
杏寿郎様も何故今頃になって…
そういえば、杏寿郎様は何故あんな身体になってしまわれたのだろうか
鬼殺の仕事はどうされたのか
あんな身体では、もう刀を握る事すら難しいだろう。
何故
でも、そんな事、誰に聞けば…
そこで、ふと思い出した優しい笑顔
しのぶ様…
そういえば、しのぶ様とも最近手紙のやり取りをしていない。
決して頻度が多かった訳では無いが、それでも必ず近況を知らせてほしいという手紙が来ていた。
最近では、しばらくその便りが来ていない。
会わなくては…
しのぶ様に
聞かなくては…
今まで何があったのか…
久しぶりに訪れた蝶屋敷には、花が美しく咲き乱れ、その花の周りを美しい蝶達が乱舞していた。
客間に通され、しのぶ様を待つ。
しかし、現れたのは髪を片方に結った美しい女の子だった。
「亡くなった…」
「はい。鬼との最終決戦で…」
知らなかった。しのぶ様が、あの優しくて美しいしのぶ様がお亡くなりになっていただなんて…
まだ何一つ恩を返しきれていないというのに…
またひとつ、心が重くなるのを感じた。
「炎柱ですが、上弦の鬼との戦いで傷付き、一度は前線を離れたのです。ですが、最終決戦で再び鬼との戦いの場現れ、今のような姿に…」
「そう…ですか…」
「師範…姉のしのぶは、貴方が炎柱の妻である事、あの子が炎柱の息子である事には気がついていました。」
「そう…」
あの時、あんなにも信じて欲しいと願っていた事を分かってくれていた人がいたとは…
余計にしのぶ様の死が悲しく感じる。
もう会えない事が辛い…
「それと…炎柱ですが…」
「そうですか…」
何故、今更になって…と思っていたが
そうだったのか…
その理由がなんとなく分かった…