『積極性がない人間は嫌われる』
日課である新聞を読んでいたドクターの目に止まったのは、中年男性の離婚危機を回避したいという投稿だった。
相談内容は長年連れ添った妻から離婚を切り出されて参っているというもの。その回答は積極的に物事を熟さない人間は嫌われるという、辛辣な話だった。
この相談者と立場が逆でドクターは妻だが、身につまされるような気分になる。自分なりに仕事を頑張っていたという相談者を初手で一刀両断。
夫婦間での会話に気を遣い、家事を手伝うではなく、やるようにとあった。
「う~ん」
テーブルに新聞紙を広げ、腕を組んで唸った。夫であるエンシオディスは、想像よりも良くしゃべる。
正直なところ面倒に感じる事もあるが、この相談内容をみるに気を使って色々と話しかけているのかもしれない。
それと引き換え、自分はどうなのか。糖分過剰な甘い台詞付き音声を聞き流し、白雪姫も驚愕の好待遇を受ける日々。
当然ながらエンシオディスは夜も積極的で、余すことなく愛情を注がれている。
完全なる受け身。自分から進んで物事を起こさない。
新聞投稿にあった『このままでは離婚危機ではなく決定』の文字をみて、ついに起ち上がってしまった。
まだ新婚なのに、直ぐ離婚というのは泣くどころの話ではない。そもそもエンシオディスに離婚だと放り投げられたら、行く場所もない身のうえだ。
「う~ん」と再度唸りながら、ドクターはテーブルまわりをうろうろ歩き回る。何をしたら夫であるエンシオディスに捨てられないだろうかと考えを巡らせつつ。
◆
出来ることからスタートしようと思って、とりあえずエンシオディスの仕事を可能な限り手伝うことにした。
そこから空いた時間にチェスをしてみたり、夫婦だから何でも言ってくれと頼んでみたり。
作戦は功を制したらしく、エンシオディスから「嫁にして良かった」という一言が出た。この調子でポイントを稼いでいきたい。
そう思ったら夫から、部屋に戻ろうとお誘いを受けた。
少しずつ慣れてきた広大な寝室のベットで、フード下の頬を優しく触れられる。
あまり素顔に自信は無いが、ここも積極性をみせる為だとフードを外しエンシオディスを見上げた。
頬に触れる手にそれを重ね、もそもそと訊ねる。
「あの、もっとする?」
「もっと、とは?」と質問に質問形式で返され、早くもドクターの頬が赤くなってしまう。
積極性を出せと自分を言い負かす。
じゃないと離婚危機を回避できない。
「ひぇ、え、えっち…する?」
噛んだ、ここぞという場で。羞恥に早くも耐えきれず、エンシオディスの手から逃れようと後退しかける。
けれど腕を掴まれ、ぐっと引き寄せられてしまった。
「待て、我が妻よ」
逃がさないとばかりに抱きしめられた挙げ句、偏差値高得点な顔面を惜しげ無く寄せられた。「勿論するが」と温度高めの声で囁かれ、自分の耳先まで赤くなっているのがドクターには分かる。
エンシオディスのシャツを掴み、頷く事しかもう出来ることがない。
「私もお前に聞きたいことがある。良いだろうか?」
「…はい、なんでしょうか」
緊張が限界突破して、敬語で返したらクスクスと愉快そうに夫が微笑んでいる。
「ここ数日、私に対して積極性をみせているのは訳があるのだろうか」
普通にバレている。
もう隠す気も失せて、正直に白状した。
「新聞の投稿で、積極性がない人間は嫌われるってあったから」
「…私に嫌われたくないと」
「うん、そう。結婚したばっかりなのに、離婚したくないもの」
視界の端でエンシオディスの尻尾がゆらゆら揺れている。そうしてより力強く抱きしめられ、骨がみしみし唸っていた。
「いだだだっ、痛いっ!」
色気皆無の声で叫びながら、腕をばしばし叩く。ふと力が弱められ、体よくベットに押し倒された。
「すまない、少し興奮してしまった」
「少し―」と口にしながら、本気ではない事に安堵した。本気と書いてマジの力で抱きしめられたら、真っ二つにへし折れた未来がみえる。
「痛かったか?すまなかった」
銀髪のうえにある丸みがかった耳が横を向いていた。表情はさして変わらないのに、エンシオディスの耳と尾は正直で面白い。
「へへ、大丈夫」
クールな顔を越え、首に腕をかける。
「えっち、するんでしょ。早くしよ」
ずいと腰に尻尾が巻き付いてきた。
「早くも離婚回避とは、気が早いな」
「リスクマネジメントが得意なんだ、私」
やはり表情を変えず、エンシオディスは柔らかくドクターの唇を奪う。しだいに積極性という文字を考える余裕がなくなってきた。
つづくぅ~