調子外れに2人きり オキーフの部屋には年季の入った木製のオルゴールがある。時たま機嫌が良さそうにメロディを鼻で鳴らすので一夜を共にしたついでに出処をせがんだら棚の奥から現れたのがそれだった。
特に大事にしている様子もないが、手に入れてからそのままだと言う箱を開けて中を見ると何かが立っていたのだろう台座と埃で汚れた鏡だけがそこにあった。
ひっくり返してかろうじて巻けるバネを壊さないよう慎重に回すと、ところどころ音が揺れるがしっかりとしたメロディが面白みのないオキーフの部屋を満たしていく。
2人して盛大に汚した体を最低限拭っただけで、衣服も身につけないまま裸足の足で立ちメロディに聴き入るラスティにいつ取ってきたのかオキーフは布を放って寄越す。片手でいつも腰の下に敷かれている馴染みのタオルを受け取りながら意識は目の前のアナログなオルゴールに縫い止められたままで、興味から音が止まる度に何度も何度もネジを巻く。
いい加減飽きたのか1人離れてベッドに腰を落ち着けたままタバコに火をつける彼がそれでもとあるフレーズだけ、部屋に満ちるメロディに合わせて歌うのが面白かった。
もちろんルビコンで聞いた事のない曲ではあったけれど、オキーフが見せる珍しい姿に気がつけば同じように口ずさむラスティが居た。
1度覚えてしまえば癖になってしまう様で機嫌がいいと知らず知らずその音が鼻から抜けるように霧散する。
「ラスティ君、その曲オキーフに教わったんじゃないかな」
鼻歌交じりにスティールへイズのメンテナンスデータを弄っていたラスティに楽しげに微笑むホーキンスが近づいて来る。
「すごいなホーキンス、どうして分かったんだ」
「その曲のメロディだよ、彼ね音が幾つも外れてるんだよ」
ほら、これが元の曲だよ。とホーキンスはタブレットを手渡してくる。地球圏では今もあると言う音楽ディスクのバッケージだったのか、女性が一人背中を向けて立つ姿が映し出されていてそこから流れるのは聴き馴染みの…あるような、無いようなそんな曲だった。
「これは…」
「思ったよりも違ったでしょ。オキーフも同じ顔してたよ」
何度か聴いてたみたいだけど、結局あの音の外し方は直らなかったねえ。手渡されたタブレットを受け取ったホーキンスが朗らかに笑うのと、心臓がどくどくと喜びに跳ねるのはきっと同時だった。
オキーフが歌うあの曲は私しか歌えない。この世でたった2人だけが奏でるメロディだ。古巣に戻ることになれば、もしくはここで私が果てれば、何度抱き合ったとて何一つ残らない彼の熱を存在を、一欠片手に入れた心地だった。
頭の中でオキーフの勤務をはじき出す。大豊絡みで情報局に篭もりきりになっている彼だが全隊長がスネイルに呼びつけられ16時間後のブリーフィングのために1度部屋に戻るはずだ。そこであの調子外れのメロディを子守唄としてでも歌ってやろう。にやけそうになる頬を噛み留めながら、ラスティは手を振って去るホーキンスをぼうっと見つめていた。