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    dondadondadon

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    アゼエメ

    とある神話の始まり ラハブレアとエリディブスの魂を抱き深い深い狭間へと身を落としたあの日。何も言わずに離れていった、あれほど焦がれた魂は眩いばかりに抗って私の前で分かたれた。

    とある神話の始まり

     14の世界に分かたれたなり損ないの命たちは、そのほとんどが輝かしいあの時代を覚えてはいなかった。創造魔法を使うどころか僅かな魔力しか持たない彼らの中には辛うじて覚えている者もいたが、時の経過と共に皆一様にたった数日前に顔を合わせた私たちの事すら認識出来なくなっていく。
     あの魂の強度では覚えているだけでも命を削るようなものだろうからそれもまた仕方がないのだと、感情を見せないラハブレアが目の奥に悲しみをたたえていたことを指摘する者はもはや誰も居ない。立ち止まる事などできるはずも無く、残された我々は短い命数で散っていくかつての同胞たちを見送り歩み続けていた。
     足掻き続けて数十年、我々にとって瞬きのような時間の中でいよいよ同胞たちは皆死に絶え、星海へと帰っていった。家族も友人も、恋人の魂すら見送って。だから、目を逸らすつもりだった。最後に残ったあいつの魂が星へと帰るところなど。分かたれて以来見たことがない程に強く瞬かなければ、ここに来ることもなかったのだ。
     鏡像世界の中で幾分か文明の進んだそこで、アゼムは神の如く信仰されていたらしい。アーモロートには遠く及ばないが、この世界の中では一等上等な住居だとわかる建物の一室にほとんどエーテルを星海に還した男が側仕えに囲まれて寝かされている。何処かの誰かの体を使っている私の姿が見えているだろうに、感極まったように目元を潤ませて私を見るだけで、彼らは決して言葉を発さずただ主人を見守っていた。

    …年老いて張りを失った肌に、大樹のように悠々と艶めいていた髪には私の色が随分と混ざっている。その姿にかつての面影はなく、と言いたいところだが、うっすらと開かれた碧い目が雄弁に語るのだ。こいつはアゼムなのだと、私に。
     困ったように眉を下げて目尻を緩めるその姿は私の知る姿そのもので他人の心臓がどきりと跳ねた。粗末なベッドに腰掛けて前髪にかかる髪を梳かすと力のない皺だらけで、…傷だらけの手が私の頬をなぞる。誰を重ねているのか、私を知らないだろう年老いた男の手は確かめるように頬に目元に鼻に唇にとよく動く。
     あれほど焦がれた男の最後の望みだと好きにさせてやる。私を覚えていなくとも、最後に残ったアゼムを感じていたかったのかもしれない。気まぐれなのだと誰へ向けたのかも分からない言い訳を胸の内に落とす。

    「会いたかった」

    私のハーデス。

     絞り出したように掠れた声に感じ入るように瞑っていた目を見開いた。なり損なった人の身では到底辿り着けないであろう、アゼムだけの召喚式がその手の甲に浮かんでいた。
    今度こそ知らない心臓は動きを止めた。
     覚えているのか、どうして私とヒュトロダエウスを置いていったのか今まで何をして、…どうして。頭の中はグチャグチャで、言葉を失った口は無意味な開閉を繰り返し、薄れたと思っていた胸を焼く苦しみに息を詰める。鼓動の止まった体がどんどんと冷えていくのに、血液を送ることも出来ずただひたすらに目から雫を溢すばかり。
     「どうして会いにきてくれなかった」のだと、不意に出そうになる言葉を残った理性が噤ませた。会いに来られる訳がないのだ、次元を渡る術も命を見通す目も持たないそんな命しか持たないアゼムは。
     命すら使って、私を呼んだのか。慣れ親しんだ召喚式の刻まれた手を握る。流れる雫がアゼムの顔に落ちることも気にできず、ただひたすらにその瞳を見ていたかった。私も会いたかったのだと、傍にいたかったのだと伝えられたらどれほど救われただろうか。命の尽きかけた男へ送るには遅すぎる言葉が視界を横切り過ぎ去って行く。握るそばから通り抜けていく愛しいエーテルについには嗚咽が漏れた。
     いつもそうしていたように、アゼムの手は頬を覆い、耳を掠め目尻をなぞって、そうして薄い唇を撫でた。この上なく満足そうな顔をして、溢れんばかりの言葉を投げつけてくるのだ。

    「愛してる」

     輝かしい都市で囁かれたように、呼び出された先の雄大な山麓で叫ばれたように、慣れ親しんだ部屋で睦まれたように。ただ好きだと碧い目を緩ませた男に、呆れとも、憎しみとも、愛しさともつかない感情が湧き上がる。なんて自分勝手で、傲慢で。…私の愛したアゼムのままなのだろう。
    だから私も掛けるのだ。

    「私もだ」

    私を置いて死ぬ行くお前に、この呪いを。

     驚いたように星の瞳を見開くアゼムに胸の空く想いがした。それでも困ったように微笑んで、最後のアゼムは死に絶えた。
     召喚式の消えた手を頬に当てたまま、冷たい体の上に身を委ねる。心臓の止まった他人の体に引き寄せられ、意識が白む。何度こんな別れを繰り返すのか分からないが、それでもきっと取り戻す。私が私である限り、絶対に。瞬いた拍子に溢れた涙を最後にアゼムに寄り添う体はその役目を終えた。


    主人を取り囲んでいた側仕えたちはその姿を見て、ようやく声を出す。
    皆一様に嗚咽を漏らし、敬愛した主人が生涯願い続けた望みが叶ったことを喜んだ。2人の体は離されることなく埋葬され、文明の続く限り大切に祭られたという。
    とある世界の神話の始まりの事である。


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