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    piyokko

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    piyokko

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    たぬき×リーマン その2
    家事のお手伝いさんとして働く為に都会にやってきた小さなたぬきの炭治郎が、普通のサラリーマンの冨岡さんと仲を(強引に)深めていくお話

    あなたの主夫になりたくて!その2- 6 -

    水曜日の早朝、薄く開いた窓がカララと全開にされ日が差し込む。その向こうからまるい何かが顔を覗かせた。

    「おはようございます冨岡さん!いい朝ですね、今週はよく晴れるそうですよ!そうだ、次の土曜日に一緒にお買い物しませんか?」
    「...玄関から入れ」

    寝起きの顰め面を隠さず、冨岡は起き上がり玄関に向かう。鍵を開け扉をゆっくり開けると小さな子供がニコニコこちらを見ている。

    「おはようございます!」
    「おはよう...」

    子供のような見た目の炭治郎は、体より少し大きいリュックを背負って元気よく挨拶する。冨岡が中に入るように指示すると小さな靴を揃えて脱ぎ、リビングへと進んでいく。

    これは水曜と土曜に行われる、炭治郎の仕事。多忙で私生活に乱れがある冨岡が依頼したのであった。
    炭治郎と出会ってからの冨岡は健康体そのもので、活き活きと仕事に打ち込んでいた。栄養のある食事を摂り温かい風呂に入る、炭治郎からコツを学ぶと効率良く家事ができるようになった。まだ弁当は作って貰っているが。
    口数が少ない為言葉にはあまり出ないもののとても感謝しており、炭治郎もそれを匂いで感じ取ると照れたように笑った。

    突然、炭治郎が一週間ほど里帰りをすることになった。なんでも、家事代行サービスは連休中も行っていたため別日にて休暇を取る事になっていたらしい。冨岡の方は、連日の休暇はあったものの呼び出しばかりで結局休めた気はしないのだが...。

    ほぼ毎日のように会っていたためしばらく静かな一週間を送ると考えていた冨岡。偶には早起きして弁当くらい作ってみようかななどと考えていた。
    しかし現実はなかなか厳しく、炭治郎が帰った翌日から忙しさが増していき弁当どころではなくなった。
    元々普通の中小企業で30人も居るかいないかの社員で仕事を回していたのだが、残暑による熱中症やら食中毒やらで数人がバタバタと倒れていってしまった。更にその中には大きな仕事を抱える社員もおり、それを引き継いで残りの人員が働くこととなる。
    冨岡も自分の抱える持ち分と両立して進めて言った結果、朝起きて仕事して深夜帰って寝るという大変不規則な生活を送っていた。後に残業代がきちんと支払われた事は救いである。

    炭治郎が冨岡の家を訪問した時には一週間と二日経っていた。戻ってきて早々に家事代行の急な仕事が入り対応していたのだ。余談だが、その時の利用者は熱中症で安静にしていたとかなんとか。
    冨岡の部屋はまあまあ惨事であった。主にリビングが荒れており、机に転がるカップ麺の空や脱ぎっぱなしのシャツ、靴下など。一週間でここまで...?鼻のいい炭治郎は少し頭痛を起こしたが、その辺の床で蹲り呻く部屋の主をぺちぺち叩き起して寝室に寝転がし掃除を始める事にした。
    幸いリビングや洗面所以外は荒れておらず、冨岡が目覚めた頃には夕飯が出来ていた。ストレスなどで負担がかかった胃に優しい食事を平らげ、炭治郎はにっこり笑いながら掃除の報告をする。

    「ひとまず、ゴミの分別と洗い物、洗濯はしておきました」
    「...すまない。助かった」
    「えへへ、俺も勝手にした事なので。...それで、あの。しばらくの間、家事のお手伝いしましょうか?今までは日曜日に遊びに来たついでに掃除とかやってましたけど、冨岡さんも明日からすぐ元通りに生活するは難しいでしょうし...。あ、俺の仕事ならお気になさらず!今週は昼の時間帯が多いので、朝夕は割と時間があるんですよ」
    「......それは駄目だ、悪い。ただでさえ、弁当とか作らせていたし...。本来なら払うべきものもお前は受け取らないし」

    頼んでもいないのに気が付くと貰ってばかりで、これ以上は流石に甘えてばかりではいられない。もう充分甘えたような気はするけれど。
    友達だから、と流され続けていた冨岡もここはきっぱりと断ることを告げた。

    「そ、そうですか...」

    炭治郎はしょんぼり、いかにも寂しそうな顔をする。
    とても珍しい、冨岡は少し目を丸くした。普段ならこのような状況でもめげずに訴え掛けてくるのだが。言葉だけでなく感情が匂いとして伝わりきっぱり拒否している事が分かったのだろうか。
    ......考えるのと同時に、えも言われぬ罪悪感により胸がきゅっと胸が締まる気がした。そのまま台所へとぼとぼ歩く様子に限界に達した冨岡は後ろ襟を掴んで引き寄せる。

    「......お前の所で依頼すればいいだろ」
    「...え?」

    こちらを向く大きな目は真ん丸で、冨岡の言葉が続くのをじっと待っている。

    「...週に二、三回。明日にでも依頼してみる。空きがあればお前に頼めるだろ」
    「......!!」

    一瞬光ったのかと思うくらい炭治郎の目が輝きを見せた。大変眩しい。

    「...あっ、でも仕事の方でですか?」
    「さっきも言ったが、本来なら金銭が発生する事だ。お前が受け取らないなら会社に支払う他ないだろ」
    「......分かりました!精一杯頑張ります!」
    「...まずは依頼できるかが先だな」


    翌日、冨岡は炭治郎の勤める事務所に電話を掛け、無事に契約を成した。
    と言うか冨岡の事はまあまあ知らされていたらしい。おっとりした口調の女性職員に「炭治郎くんから色々聞いてます〜」と言われ少々恥ずかしかった。
    それから水曜日と土曜日の二日、炭治郎が冨岡の家にやって来る。日程や作業の時間帯を調整する関係で数週間はこれまでの利用者を優先する事となり、暫くは何時に来るかも分からない。その為、予備として持っていた合鍵を渡したら炭治郎は舞い上がって小躍りしていた。たぬきの喜びの表現らしい、何がそんなに嬉しいのだろうと冨岡は首を傾げたのだった。


    そして今に至る。

    「冨岡さん、今日の夕飯はどうしますか?」
    「今日は...何事も無ければ定時に上がる......たぶん」
    「分かりました。ふふ、今日は冨岡さんの好物作っておきますね!帰る時に連絡してください」
    「!...行ってくる」
    「はい、行ってらっしゃーい!!」


    - 7 -

    「義勇さん」

    いつの間にか下の名前で呼ばれるようになった。とても自然に、流れるように呼ばれたため冨岡が気付いた頃にはもう数回呼ばれていた。
    ちなみに、炭治郎には初対面の時点で「炭治郎って呼んでください!たんじろうです!」と強く要求されたためそう呼んでいる。

    「なんで下の名前...」
    「えへ、えへへ...なんだか呼びたくなって」

    丸い頬に小さな手をあてて、もじもじと尻尾を揺らす化けたぬきの炭治郎。通常人に化けているが、割と体力を使うそうで二人で居る時は耳と尻尾だけ戻している。...なぜその二つなのかは謎だが、かなり楽になるらしい。

    現在、土曜日の午前8時を過ぎた頃。炭治郎は家事代行の仕事で冨岡の家に来ていた。冨岡が休暇の為これから二人で買い出しの予定である。店に出向くにはまだ早いと、朝食を取りながらゆっくり過ごしていた。

    「いい天気、小鳥のさえずり、朝食を一緒に食べる...夫婦ってこんな感じなんでしょうか...」
    「っ、げほ、」

    思わずコーヒーを吹き出しかけた、シャツが汚れるのを阻止するため無理やり飲み込んだ冨岡は噎せる。このたぬきはいったい何を言っているのだろう。

    「今日のお出掛け楽しみですね!へへ...これはデートですかねえ」

    器用につま先でくるくる回って見せる子供(大人)。夫婦の次はデートの発言、聞き慣れない単語が連続して追い付かない冨岡は少し呆れた視線を送る。すると炭治郎の足が段々とふらついているように見えた。

    「......炭治郎?」
    「ふふ、えへ......あら?」

    ぐらぐら、ぺしょり。
    突然尻もちをつく炭治郎に、冨岡は椅子から立ち上がり駆け寄った。

    「おい、大丈夫か」
    「だ、だいじょぶ...です、」

    何やら様子がおかしい。
    いつものハツラツとした姿は何処へ、ぽやぽや天井を眺めている。特徴的な丸い頬はいつも血色がよく赤みを帯びていたが、今はより赤く見えるし、顔全体が火照っているような気がする。冨岡は炭治郎の丸っこい額に手を当てる。

    ......ちょっと熱い。
    炭治郎を椅子に座らせてやり、引き出しから体温計を取り出すと電源を入れて差し出した。不思議そうな顔をしてそれを見つめる炭治郎に熱を測るよう指示を出す。

    ピピピ、ピピピ...

    「...さんじゅーななど、はちぶ」
    「......、」


    熱以外の症状が見られない為、素人の判断だがひとまず寝かせることにした。昼になっても熱が引かないようであれば病院へ連れて行こう...人間と同じ病院でいいのか?
    風邪と言うより疲労の方が近いように思えた。最近では実家に帰省したり冨岡を含む利用者が増えたりと忙しい日々を送っていた炭治郎、更には実家と違ってこちらで暮らすには人に化け続けなれけばならない。精神はタフでも体がもたなかったのだろう。

    ごねる炭治郎を説得して寝かせるのは骨が折れた。熱のせいもあってか普段からはあまり想像できない頑固っぷりであった。「せっかく出掛ける日だったのに、微熱だから大丈夫なのに」とすんすん鼻を鳴らす。炭治郎の家に帰して看病しようとするとイヤイヤが止まらなかったため、冨岡の寝室で寝てもいいと言うと少し大人しくなった。

    万が一の時に、と冨岡の部屋に置いてあった炭治郎曰く「お泊まりセット」が活躍する日がこんなに早く来るとは。ぽやぽやしながら恥じらう炭治郎を相手にする事なく寝巻きに着替えさせ、布団に寝転ばせた。水と氷嚢を用意しようと台所へ足を向けるとシャツを引っ張られる、振り向けば不安そうに揺れる大きな目。

    「あの...すみません、義勇さん。俺、楽しみにしてたのに...熱なんか出して」
    「...昼に熱が引かなければ病院に連れて行く。......あと、お前はよくやっている。普段の買い物くらいは仕事帰りでも出来るが...、一緒に行くなら来週だ」

    精一杯、優しく話し掛けたつもりだ。これは冨岡の姉がよくしてくれていた事だ、体調を崩した日は不安定で何故か悲しくなる、ただの真似事だが炭治郎に届いただろうか。

    「...水を用意する、すぐ戻るから寝ていろ」

    小さな手を握るとそっとシャツから離して、今度こそ部屋を出る。小さく「ありがとう、」と聞こえた気がした。


    「義勇さんのおかげですっかりよくなりました!ありがとうございます!」
    「...よかったな」

    水を飲み頭を氷で冷やし、傍に居た冨岡に引っ付きながら昼過ぎまで眠った炭治郎は元気そうに立ち上がった。熱も下がって、きりりとした眉が体調の回復を語っているように見えた。冨岡が作った、殆ど味のしない卵粥も完食し、本調子ではないからと部屋でゆっくり過ごすことにした。

    「あ、あの...朝、ちょっと変なことを言っていた気がしますけど、おれ...」
    「...夫婦、とか。アレか」
    「...え、えへへ、あ、憧れるなぁって思っちゃって。」

    今朝よりも倍の速さでもじもじ体をくねらせる炭治郎。冨岡は少し引き気味だが元気そうで何よりだと頷く。
    そして炭治郎に結婚願望があると。見た目から想像が付かなかったが冨岡は案外すんなり受け入れた。普段まったく興味の無い話題なのに、なんだか嬉しかった。友人のような関係の炭治郎が将来家庭を築くのか、式には呼んでもらえるだろうか、フワフワと妄想が膨らみこちらまでそわそわしてしまう。誰かいい人はいるのだろうか。

    「お前の仕事だと、色んな家庭を見るだろ」
    「え?うーん、お年寄りや小さい子供がいるご家庭が多いですが」
    「そうか...誰か居ないのか」
    「えっ?ええ?何がですか...」

    あれ、何か想像と違う。
    もしかして、たぬきは同種族としか結ばれないのか...?

    「し、将来の相手は...気になる人とか、」
    「......、もしかして義勇さん、」

    ...何か勘違いしてしまったか?
    こんな話題でそわそわする浮かれた人間だと軽蔑されただろうか、冨岡の脳内は花が咲く晴天の背景から瞬時にぐるぐるとした暗い自己嫌悪に陥る。炭治郎はじっとこちらを見ている。頼む何か言ってくれ、「義勇さん、」からの続きが早く聞きたい。いやでもちょっと聞きたくない。

    「...気付いてないんですか」
    「......え?」
    「おれ、初めて会った時から気になっている人がいるんです」
    「は...い、いたのか」
    「普段は表情に出ないし匂いも分かりづらい人だけど、その人が少し笑うだけで胸がきゅってなるんです。その人はお仕事が忙しくてとっても頑張り屋で、でも他の事は不器用だから何かしてあげたくなるし、将来はその人と暮らしたい。種族とか関係なく、一緒にいたいんです」

    知らなかった。そんな想い人がいるなんて。
    冨岡はショックで十秒ほど固まったが、辛うじて声を絞り出す。

    「...すまなかった、炭治郎。俺は全く知らなかった」
    「えっ、ぎ、義勇さん...?」
    「何かあったら言ってくれ、協力する」

    すてーん!
    炭治郎は芸人も目を見張る程ひっくり返って転んで見せた。大きなクッションの上だったため怪我は無いだろうが、冨岡はギョッと目を向けて慌てて抱き起こす。

    「だ、大丈夫か!頭は打ってないか、」
    「......義勇さんのにぶちん!なんで分からないんですかぁー!」


    - 8 -

    炭治郎のにぶちん発言の後、興奮するとまた熱が上がるからと高速ぽんぽんで寝かしつけ、翌朝念には念をと丸い体を抱えて病院へと向かった。
    冨岡は初めて、人間でも獣人でも対応可能な病院があることを知った。炭治郎の案内で着いた先は、一見病院と言うより何とも和を感じさせる民家である。

    「...ここで合っているのか」
    「はい、ここですよ。先生は...居ますね、入りましょう」

    お前の鼻は便利だな、と炭治郎を見詰めながら、呼び鈴の無い扉を軽く叩くとガタガタ音が響いた。奥から「はぁい」と声がし、足音が近付くと磨り硝子の扉の向こうに人の影が映る。ガララと横に開く音、出てきたのは女性だった。

    「はい、どうされました?」
    「珠世さん、お久しぶりです!」
    「あら、炭治郎さん。...そちらはの方は?」
    「...え、と」
    「友達の冨岡義勇さんです」


    「どうぞ、緑茶です」
    「ありがとうございます!」
    「...ありがとうございます」

    茶が注がれたグラスが窓から差し込む光に反射してきらりと輝く。薄い青色をした透明のそれは底に連れて細かな模様が入っており、手に取り角度を変えて眺めると緑色にも見える。つい見とれた冨岡に炭治郎は「綺麗ですねえ、ここでは色んなグラスや湯呑があるそうですよ」と教えた。

    炭治郎に珠世と呼ばれた者は和服を身に包み物静かな印象を与える女性だ。
    冨岡の住む街の建物とは違いこの木造はまるで祖父母の家を思い出させる、懐かしい気分になった。

    「今日はどうされたんですか」
    「えっと、昨日熱を出したんです。大丈夫だと言ったんですけど、義勇さんに念の為診て貰えって...えへへ」
    「あら、そうでしたか...。そうね、見た目が元気そうでも体の中は分かりませんから」

    それでは診察室へ、と珠世は茶を飲み終わった炭治郎の手を引いて奥の部屋へと入っていった。
    一人残された冨岡は残りの茶を啜り二人が戻ってくるのを待つ。何事も無ければそれでいい。


    「......誰だお前。患者か?」
    「え、」

    いつの間に入って来たのだろう、声の方へ視線を向けると、一人の少年が立っていた。現代ではまあちらほら見かけるものと感じが似ているが、頭のてっぺんは明るく、襟足になるにつれて黒い不思議な髪色をしている。

    「何とか言ったらどうなんだ?患者か?」
    「あ、いや...患者の連れだ。今、診てもらっている」
    「そうか。まあ普通の人間は此処に来ないか」

    周りから何を考えているか分からないだとか、頼りなさそうに見えても冨岡は一応大人の類である。しかし会話からしてこの少年は随分と気が強そうだ。

    「...此処の子供、か?」
    「......今なんて言った。俺が子供だと?」
    「えっ、」

    この感覚を冨岡は知っている、デジャヴと言うものだろう。...いや、この会話は前にもした記憶があるような。

    「俺のどこが子供なんだ!答えろ!」
    「す、すまない。そう見えたから...」
    「俺は立派な大人だ!お、と、な!その目は節穴か!?それにお前__」

    ぐわっと口を開けて威嚇する少年。その見た目で大人?そんな馬鹿な。...そういえば同じ事を言う子供のような奴がもう一人いた気がする...。

    「義勇さーん!お待たせしました」
    「あ、たんじろ...」

    そうだ、こいつだ。たぬきの炭治郎だ。少年の圧から逃げるように視線を移す。診察の為か耳と尻尾がたぬきのものになっている。

    「戻っていたのね。おかえりなさい」
    「珠世さま!ただいま戻りました!問題なく薬を届け終えました」

    先程とは違う喜びを含んだような少し上擦った声、冨岡は耳を疑った。

    「愈史郎さんこんにちは!」
    「患者はお前だったのか子狸。道理で...。診察とは言え珠世さまとお話が出来たんだ、光栄に思えよ。あと、お前の飼い主だか知らないがこの男!俺の事子供だって言ったんだ!失礼過ぎる!」
    「こら、やめなさい愈史郎」
    「だ、だって珠世さま...!」

    ゆしろう、と呼ばれた少年は珠世と同様に炭治郎と知り合いのようだ。再び冨岡に対しての怒りを爆発させて「この男」と指を差す、冨岡は少年の言うことがどういう事か察したものの、どう対処してよいか分からず口を開けなかった。

    「この人は冨岡義勇さんです!飼い主じゃなくて俺の大切な友人です!この男なんて言って指を差さないでください!」
    「名前とか関係なんか興味無い!こんな奴に指差して何が悪いんだ!」
    「愈史郎!やめなさい」
    「ハイすみません珠世さまぁ!!」

    冨岡は口をあんぐり開けながらそれでも何も言えずに見ていた。炭治郎がフォローしてくれたのは大変嬉しいのだが、愈史郎が癇癪を起こしたと思えば珠世の一声で急に聞き分けが良くなった。

    「ごめんなさい炭治郎さんに冨岡さん...。この子、愈史郎には後で厳しく言っておきます」
    「...い、いえ。俺もその...勘違いをしたので」
    「それも無理はないわ。この子は炭治郎さんと同じだから...」

    同じ。やはりこの少年は炭治郎と同じく「大人」なのか。

    「珠世さま!コイツと同じにしないでください」
    「大まかに言うと同じだと言ったのよ。種族等が違う事は分かっています」
    「そうでしたか!流石は珠世さま...!」

    愈史郎は目を輝かせうっとりした目で珠世を見つめる。随分と彼女を慕っているらしい。

    「もう...。あ、炭治郎さんの診察、異常は無いようです。お話頂いたように疲労からきたものでしょう」
    「そうですか。それなら良かった」
    「えへへ、ご心配お掛けしました」

    愈史郎の衝撃が強くて目を逸らした冨岡には、傍に寄ってきた炭治郎が何だか癒しの存在に見えた。頭を撫でてやると嬉しそうに尻尾を振った。

    「疲労に効く漢方を出しましょう。それで今回の診察は終了です」
    「ありがとうございました!」
    「さっさと帰れ!珠世さまとの時間が減る!」
    「こら愈史郎」
    「すみません!」

    「お大事に、気を付けて帰ってね」
    「はい!」
    「もう来るなよ、珠世さまは忙しいんだ」

    そう言ってそっぽを向く愈史郎に、珠世は溜息を吐きながらこう言った。

    「もう...少しは素直になりなさい。本当は炭治郎さんが来て嬉しいの、知っているのよ」

    一瞬、周りから音が消えた気がした。
    愈史郎は目を見開いて大口を開けている。数秒経つと首から上が赤くなっていき、ぷるぷると小刻みに震え始める。

    「ぇ、は...!?そんなこと!」
    「貴方いつもはもっと大人しいんだから...興奮するのは構わないけれど、人を傷つける事は許しません」

    慕っている人から諭すように叱られるのはこっちも恥ずかしい、これが共感性羞恥というものだろうか...。愈史郎は汗を垂らしながらパクパク口を開け閉めするだけで何も言えない様子だ。

    「...愈史郎さん!今度遊びましょう!」
    「はぁ...!?だ、誰が遊ぶか!病人じゃないなら来るなよ!」
    「それは良いわね、たまには歳の近い子と遊びなさい」
    「た、珠世さままで...!?」


    「病院なのに楽しかったですね、へへ」
    「...静かな場所だが、賑やかだったな」
    「今度、愈史郎さんを誘って三人でお買い物しましょう!楽しみだなあ」
    「え、俺も...?」


    その日の晩のこと。
    そう言えば、と。愈史郎は冨岡のことを事を思い出す。口に出しかけたが炭治郎が入ってきて邪魔をされたのだ。

    「...あいつ、すごく狸臭かったな」

    きっと、炭治郎とずっと一緒に居たのだ。やはり奴の飼い主なのか?

    「あら、どうしたの。考え事?」
    「は、...珠世さま。いえ、何でもありません」

    そうだ、奴らの事を考える時間など必要無い。自分は珠世とさえ一緒に居られればそれで良いのだから。

    「...そう言えば、炭治郎さんのお仕事は家事の代行サービスだとこの前話したでしょう?今日一緒に来た冨岡さん、彼も利用者の一人なんですって」
    「はあ...そうなのですね。飼い主ではなかったのですか」

    彼女の口から男の名が二つも。愈史郎は面白くなさそうに、しかし顔には出さない様に頷いた。

    「とても仲が良さそうだったわね。お互い休日でもほとんど一緒に居るって言っていたわ。......だからかしら、近付かなくても炭治郎さんの気配を感じたのは」
    「遠くからでも分かるなんて流石は珠世さま...!あの男、狸臭くて敵いませんでしたね」
    「あの匂いは...もしかして炭治郎さん、」

    珠世は少し考える振りをしたが、すぐにやめた。

    「...誰が誰を想うなんて、私達が考えるまでも無い事。愈史郎、その道具を片付けたら今日はお終いです」
    「...?はい、分かりました」


    - 9 -

    「冨岡さーん!」

    昼休憩が終わる頃、多忙と疲労感でどんよりとした社内の廊下に、似つかわしくない明るい声が響く。

    「...?」
    「冨岡さんお疲れ様です!これ、この前旅行に行った時のお土産!よかったら食べてくださいね!」

    桜餅のような色の三つ編みを揺らし駆け寄ってきたのは、冨岡の後輩である甘露寺だった。

    「...いいのか、貰って」
    「ぜひぜひ!あぁ、よかったわ。冨岡さんなかなか見付からなくて、渡しそびれていたんです。遠くで見かけても近付いたら居なくなっちゃうの、まるで忍者みたいでかっこいいわ...!」

    急に赤らんだ頬に手をあてて悶え始めた甘露寺。彼女は可愛いもの、格好いいもの、素敵だと思うものに対して感情を昂らせる事がある。カッコイイ要素が己の何処にあるのだろうかと考えつつ、いつもの光景なので冨岡もあまり気にしないようにしている。

    「探していたのか、すまない」
    「いえいえ、渡せてよかったです!...あ!!」

    思い出したかのような声と、ぱん、と両手を合わせて響く音に冨岡と周囲にいた社員は目を丸くした。
    甘露寺は内緒話をするように手を口の横にあてて喋る。

    「ねぇねぇ冨岡さん、この間ね、冨岡さんと小さい男の子が街を歩いていたのを見たの!あれってもしかして...もしかして!」

    途中から口元にあった手はパーからグーの形に変わり、声も大きくなって内緒話ではなくなってしまった。
    周囲も何事かとこちらに視線を向けている。
    冨岡は直ぐに炭治郎のことだと分かった。休日は二人でよく出掛けている為見られる事もあるだろう。

    「それは__」
    「もしかして、お子さんがいるのかしら...!?」

    しんと静まる廊下。

    「......えっ、ちが、」
    「この前から思っていたの...!冨岡さん最近肌ツヤがよくって、恋人がいたのかしらって噂していたんです!そうしたら小さい子と一緒に歩いているのを見掛けて...!奥さんが居らしてたんですね!全然知らなかったわ!」

    静まった後に継ぐ爆弾発言は効果テキメンだ、周囲がざわついている。冨岡は慌てて否定する。

    「ち、違う甘露寺、それは誤解だ」
    「えっ?......あ、あっ!ごめんなさい!もしかして...まだ籍を入れていらっしゃらない?」

    冨岡は膝の力が抜けたようによろけてしまう。甘露寺は発想豊かで、彼女のアイデアはこの職場にとって大事なものだ。しかし、この手の話題ではやめて欲しかった。

    「違う...!あいつは俺の子供じゃない」
    「まぁ...!連れ子!? 」

    口下手が甘露寺に叶う筈もなく、更に誤解を招くだけであった。

    「ハイハイそこまでだお二人さん。休憩も終わるってのに、なぁに盛り上がってんの」

    ポンと肩を叩かれて振り向くと、大柄な男がにやりと笑っている。

    「あら、宇髄さん!」
    「冨岡に春が来たって聞こえたもんでね。本当かぁ?」

    肩に腕を乗せニヤニヤとした顔で話し掛けて来る同僚の宇髄が、冨岡は少し苦手であった。悪い奴では無いし、仕事での作業スピードはずば抜けていて非常に優秀な人材だ。
    しかし大きな体格に劣らない派手な事を好む性格で、時に無理難題な大企画を持ち込んでは上司や冨岡達を困らせている。これがまた大成功するからセンスがあるというものだろうか。

    「俺は結婚もしていないし子供も居ない。恋人も居ない」

    冨岡はキッパリと言い放った。これで誤解は解けただろう。

    「やっぱ居ないの。つまんねぇな」
    「えっ、違ったの...!?ごめんなさい冨岡さん!勘違いしちゃって恥ずかしいわ...!ごめんなさいぃ!」

    ペコペコと必死に頭を下げる甘露寺。彼女に悪気が全く無い事は分かっている為、冨岡は止めようとした。このまま彼女が頭を上げないともっとややこしくなる__

    「おい貴様、甘露寺に頭を下げさせているとはどういう事だ」

    ややこしくなってしまった。
    冨岡は頭を抱えたくなった。
    何処から聞き付けたのか廊下を瞬足で走り蛇のように睨み付けてくるこの男は、甘露寺と同じ部署の伊黒である。彼はやたらネチネチと長時間、鋭い言葉で攻撃してくる事で有名だ。仕事でトラブルを起こすと辞めたくなる程ねちっこく説教される。
    甘露寺に想いを寄せているため、彼女が入社してからは比較的落ち着いたかと思えば、甘露寺関連で何かトラブルが起こるとすっ飛んで来て相手を非難するのだ。今回の被害者は冨岡のようである。

    「言ってみろ。どんな言い訳も通用しないが聞いてやる」
    「...それは言う意味があるのか」
    「伊黒さん、今日もそのキリッとしたお顔が素敵......ううん待って!私が勘違いをして冨岡さんを困らせたんです。冨岡さんは何も悪くないです」
    「甘露寺......なんて良い人なんだ」
    「ハイハイそこ感動しない解散解散〜仕事するぞ〜」



    「まあ!あの男の子ってお手伝いさんだったんですね!あんな小さな子がお家のこと手伝ってくれるなんて、とっても素敵だわ〜!!」
    「...子供じゃなくて大人らしい」
    「え、成人?でもそんなに小せぇのか。冨岡、写真は?」
    「...ん、」

    仕事が終わり、直ぐに帰ろうとした冨岡は宇髄達に半ば無理矢理に飲み屋へと連行された。
    本日は華の金曜日。偶にではあるがこうして食事に連れて行かれる事がある。炭治郎が来るのは明日だから良いものの、冨岡は元々酒を好んで飲む方ではない。いつも通り勝手に注文されていたビールをちびちびと口に含みつつ甘露寺達の話を聞くつもりが、話題はずっと冨岡と炭治郎の事で質問責めにされていた。そして宇髄が炭治郎の写真は撮っていないのかと聞いてきた。冨岡はポケットから携帯を取り出し、カメラのデータを覗く。

    「......撮ってない」
    「はぁ!?」
    「い、1枚もないんですか?」
    「無い」

    炭治郎に強請られて二人で写真を撮った記憶があるが、この携帯には保存されていなかった。冨岡のではなく炭治郎の携帯で撮ったのかも知れない。

    「...まあ、その子と冨岡さんは仕事上の関係ですし、写真が無くても不思議じゃないですよ」
    「そうかしら...。私、あんな可愛い子ならいっぱい撮っちゃうわ」
    「ふふ、冨岡さんの携帯から小さな男の子の写真がたくさん出てきた方が不自然ですよ」

    甘露寺の隣に座る胡蝶はフォローになっているような、なっていないような発言をした。冨岡の後輩であり、甘露寺の後輩でもある。このメンバーでは一番若手だが、同時期に入社した社員の中ではかなり優秀だと言われている。柔らかな口調は自身の姉を手本にしているらしいが、決して怒らせてはならない。無口かつ言葉のキャッチボールが苦手な冨岡は、そのハッキリしない物言いで何度かやらかした事がある。その日は退勤するまでニコニコした顔でチクチクと小言を言われ続けていた。

    「うーん、でも見たかったなあ〜!あの時は遠くからだったけど、とってもとっても可愛かったの!」
    「おい冨岡、今すぐ撮って戻ってこい」
    「ド派手に無茶言うねー伊黒くんよ。...そういや、連絡先くらいは交換してんだろ?メールとかは?」

    宇髄はふと思い付き冨岡に話し掛ける。連絡は割とこまめにしている為、こくりと頷いた。

    「自撮り写真、送って貰えよ」
    「その手があったわ!」

    甘露寺が目を輝かせる。冨岡も同じように目をぱちくりと瞬かせた。
    トークアプリを開いて炭治郎にメッセージを送る。

    『今いいか』
    「お前地味過ぎんだろ、もう少しなんか打てよ」
    「短い文で会話が出来るのは親しい証拠なんでしょうけど、相変わらずですねぇ」

    二人は携帯を覗きながら冨岡の背中を言葉でチクチクと刺す。刺された本人は胃が痛くなる前に食べてしまおうと目の前の料理に箸を伸ばした。
    タイミングが良かったのか1、2分待つと返事がきた。

    「お返事きましたか!?見たい見たいっ...『こんばんは!義勇さんからメッセージなんて嬉しいです!どうしましたか?』きゃ〜っ、義勇さんですって!嬉しいですって!名前で呼ぶなんてとっても仲良しなんですね」

    甘露寺はにっこり笑いながら、山のように積み上げられた唐揚げを食べていた。隣の食の細い伊黒は顔を青しながら、甘露寺にいい所を見せようとちまちま食べている。

    「炭治郎くんって言うんだあ。アイコンは写真じゃなくて...たぬき?」
    「イラストだと可愛いですね、本物は少し遠慮しますが...」
    「本物はもっとふわふわしてて可愛いわよ?」
    「うわあ...遠慮します」

    毛の生えた動物が苦手だと言う胡蝶は力なく首を振った。
    そういえば、炭治郎が完全にたぬきとなった姿を、冨岡は見たことがなかった。耳と尻尾を触ったがふわふわだった...全身柔らかい毛で覆われているのだろうか。

    『今、飲みに行っていて、同僚がお前の写真を見たいと言っている』

    先程の反省を込めて、少し長めに打ってみた。冨岡以外の人間が見ると伝えていれば、炭治郎は耳と尻尾を出さず人の姿で撮ってくれるだろうと信じて。決してそれを人間に見せてはならないと言う訳では無さそうだが、以前の冨岡のように混乱させてしまうかも知れないと考えての配慮だ。

    『あら!いいですね!義勇さんはお酒飲まれるんですか?それなら明日はシジミのお味噌汁を作りますね』

    『あの、ちょっとはずかしいんですけど!どうでしょうか!?』

    こちらを気遣う文章と、3分程経って勢いで文字を打ったのだろう平仮名だらけの文章。それと共に画像が送られてきた。
    片手でピースサインをした炭治郎の姿であった。二本の指はピンと伸びており、まん丸の顔は頬が真っ赤になっていて「むんっ」と聞こえてきそうなほど強く意気込んでいるような表情だ。口元は笑ってはいるが緊張しているのだろうか、カチコチに固まっている。
    冨岡の心配が届いたのか、耳は人間のもので尻尾は出ていない。安心して見せられる。

    「...写真、」
    「きた...!?きたのね!?」

    唐揚げの山を数分で平らげた甘露寺が目を爛々と輝かせて画面を見る。

    「キャーッ......んぐ、うー...!!」
    「甘露寺さん、お店の中なので声のボリュームを落としましょうか」

    叫び声を上げる甘露寺の口を胡蝶が素早く手で塞いだ。どんな時も笑顔を絶やさずやってのける彼女に、一同は素直に感心した。伊黒も今回ばかりは頷いた。

    「ご、ごめんなさい大声出しちゃって...。でも、とってもとっても可愛いわ...!」

    胡蝶の手が離れ、甘露寺は両手で頬を抑えながら小さく叫んだ。そして炭治郎のまん丸の頭や、大きな目や紅葉のような小さな手などを褒めていく。学生時代は美術を専攻していたらしく、表現がやや専門的であり写真を拡大して隅々まで眺めていた。

    甘露寺が冨岡の携帯を離さないため、彼女の携帯に写真を送信してそちらを見るよう促した。待っていた宇髄達に炭治郎の写真を見せると、甘露寺と同様にかわいいやら、こんなに小さいのに働いているのは凄いやら褒めていた。その様子を見て、冨岡はなんとなく気分が良かった。口に出したことは無かったが、確かに炭治郎は可愛いと言われる部類に入ると思う。可愛くて、とてもお節介焼きで、家事に関して頼もしくて。大人と言うには子供みたいに小さくてまん丸で...。

    そして、昔話に出てくるようなたぬきの種族である。これは、今ここに居る人間の中では冨岡しか知らない。なんだか擽ったくなるが、悪い気は全くしない。酔いが回ったか、口許の緩みを指で隠した。


    一方、その頃のたぬきと言えば、そわそわと飛び出た尻尾を器用に抱きかかえながら送信した写真の反応が気になっていた。明日の朝には冨岡に会える、その時にどうだったか聞いてみよう。むず痒い気持ちは眠るまで続いた。
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